封印されしもの、その34~魔王の棲家②~
後方にいたキバヒョウの群れが、突如として下から何かに突き上げられて跳ね上がった。不意を突かれたキバヒョウたちはうまく着地したものよりも、天井に叩きつけられ、あるいは下から噴出された土塊に押しつぶされたものが多かった。無残にも肉塊を晒すはめになったキバヒョウたちの血肉が舞い散るなか、下から出現した『それ』は姿を現したのである。
「なんだこれは!」
「土虫・・・? いや、違う。これも魔王か」
レイヤーは相手の奇怪な姿を見て、魔王と判断した。まず大きさが土虫などとは比べ物にならない。ダロンも一飲みにできそうなその太い胴回りは、黒光りする鉄のような鱗に覆われていた。一つ一つが小手のように長いその鱗を持つ生物は、見たところ松笠のように見えなくもない。ただ、頭らしき先端からはだらしなく涎のような粘液が流れ出ており、その生き物が常に腹を空かしていることを容易に想像させた。
目やその他の感覚器官がどこにあるのかもわからないその生き物は、一度動きを止めると、辺りを見回していた。動きを止めたことを悟ったヴォルスが一つ吠えると、周囲のキバヒョウたちが一斉に跳びかかった。いかに得体のしれない相手であろうと、恐怖におびえていようと、長であるヴォルスの命令は絶対だ。
「馬鹿め。俺たちの中心に出てくるなど、的だ!」
ヴォルスは半ば勝利を確信した。氷竜の鱗も切り裂くキバヒョウ達の自慢の牙が、魔王に襲い掛かる。
だが魔王の体が突然うねったかと思うと、とびかかっていた十体近いキバヒョウ達は瞬間的に八つ裂きにされた。黒光りする小手のような鱗から血がしたたり落ち、八つ裂きになったキバヒョウたちの返り血が雨となって降り注いだ時、何が起きたのかをヴォルスとレイヤーは察したのである。
「鱗を開いて、回転した?」
「なるほど、これが地面が抉れている理由か。一点に深く穴をあける時と同じ要領か!」
「その通り」
レイヤーがこの魔王の特性に気付いたとき、背後から声がした。いつの間にそこにいたのか、そこには黒いローブに身を包んだ醜い老人が立っていたのだ。いやに甲高い声は、まるで少年のようなだけに気味悪い。
少年は少々大仰に、しかし恭しく礼をしながら粘性の笑みを浮かべていた。
「お初にお目にかかる。この工房の主、アノーマリーと申します」
「お前が――」
ヴォルスが問い返す前に、レイヤーは弾かれたように飛び出してアノーマリーに剣を突き立てようとした。だが剣はアノーマリーの手のひらを貫くにとどまり、そこで固定されてしまう。レイヤーの膂力をもってしても、ぴくりとも動かなかった。
「せわしない子だ。判断はとてもよいと思うけど」
「(なんて力だ、ダロンよりもはるかに上か。見た目どおりじゃないな)」
レイヤーは冷静に考えながら、これ以上の攻撃を一時停止した。見切られている気がしたし、背後を魔王にふさがれた状況で今動くのは得策ではないと考えたからだ。
アノーマリーは続ける。
「その子は『採掘屋』。ボクが工房の拡張工事をするために作り出した魔王だ。休みを欲しがらない貧乏性だから、少々工房が大きくなりすぎてしまった。知性が低いのもいただけない。何せ、ある程度掘り進んで何も獲物が見つからないと、適当にその辺のヘカトンケイルなんかを襲ってしまうどうしようもない子だ。敵味方の区別がつかないんだよね。
だが強さは保障するよ。まだその子の突進を止めた魔王は存在しないからね」
「別にそいつを倒さなくてもいい。お前を倒せば、それで目的は達成できるはずだ」
「いきなり大将首を取りにくるその発想は立派だけど、そう簡単にいくかな? もう君たちは、獲物として認識されているぞ?」
レイヤーの後方から、耳障りな回転音が聞こえてきたかと思うと、後方には黒い竜巻のようなディッガーがいた。鎌首をもたげるようにしてレイヤーとヴォルスの方を向くと、ディッガーが全力で突撃してきた。
続く
次回投稿は3/10(火)13:00です。




