封印されしもの、その33~魔王の棲家①~
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だがアルフィリースがアノーマリーの工房なるものを知る前に、既にその工房に足を踏み入れた者がいた。幻獣たちとレイヤーである。
工房の入り口は、魔王そのものだった。雪の下に隠れた巨大な魔王は、地下にある工房と外をつなぐ巨大な口のような魔王だったのだ。ヤマゾウの群れが口の中に突っ込みできた隙間を縫って、レイヤーやオロロンが突撃。魔王の核となる部分を叩くと、魔王の口は二度と閉じることなく、だらしなくあんぐりと開かれたまま魔王は絶命していた。
だがその口が開いてもおよそ垂直に降りる必要があり、また魔王の口であった入り口は粘液でずるずると滑り、まるで奈落の底に落ちると永久に出られないような感覚を幻獣たちに与えた。それでも彼らは前進を止めようとはしなかった。彼らは死んだ仲間たtの牙や爪を肉壁に突き立て、足場としながら下って行った。ヤマゾウ達だけはその巨体から降りることができなかったので、長たるヴィターラが人間へと幻身し、下に降りることになった。
人間の姿となったヴィターラは武骨な巨漢だった。ただその目だけは元のまま優しい光をたたえ、共に戦う精鋭たちを見守っている。
「さて、趣味の悪いところに出たが」
「広いな」
幻獣たちが降り立ったのは、開けた場所である。おおよそ500以上の獣が一堂に会しても余りある空間からは、いくつもの小道が伸びていた。
明らかに人工的に作られた迷路のような場所には、それぞれの入り口には松明がともしてあった。だが奥の道はぼうっと怪しく薄緑に光るだけであり、その先は大きく口を開けた魔物のように、不気味な暗闇が待っているだけである。
「どの道から行くか」
「少数に分けて同時に探索するか?」
「いや、その先の道がさらに分かれていないとも限らん。ここはある程度まとまった数で一つ一つ攻略し、何もなければ道の上に印でもつけていくとしよう」
「いいだろう」
幻獣達の決断は早かった。彼らはそれぞれが100程度の群れに分散すると、風のような速さで小道に入っていった。レイヤーは自分が参加する群れは本能で選んだが、たまたまヴォルスが率いる群れと行動を共にすることになった。
「おう、小僧。こっちに来るのか」
「たまたまね」
レイヤーはキバヒョウと同じ速度で走り始める。夜目のきく彼らはうねる道を迷いなく進み、分岐ではヴォルスが顎で指示した分だけ、素早く分かれて探索を行った。一見無軌道に疾走しているかに見えて、彼らは遠吠えを使って互いの場所を認識しているらしく、合流し、また細かく分かれ、迷うことなく探索を進めていた。
一刻程度も疾走しただろか。ヴォルスが三叉路で一度群れをまとめて小休止とした。レイヤーとヴォルスは自然と鼻を突き合わせ、相談を始める。
「ふーむ、広いな。まだ全体すら見えてこない」
「他の群れは無事だろうか」
「まだこちらも敵と遭遇せんから何とも言えんな。それより何か気付いたことはあるか?」
「ああ。この通路、奇妙だと思わないか?」
レイヤーに言われたヴォルスは自分達の通ってきた通路を見た。通路はほぼ円形をしており、筒のような形がある程度うねるように作られていた。地面は平たいわけではなく、壁も、天井も小さな溝のような構造が見える。
ヴォルスは奇妙な感覚にとらわれたが、レイヤーの表情はもっと深刻そうだった。
「何が言いたい?」
「これだけの広さ、誰が作ったと思う?」
「お前が言った、ヘカトンケイルとかいう鎧の軍団ではないのか」
「確かに彼らも通るだろうね。そこかしこにの壁がぼうっと光っているのは、彼らが何らかの塗料をまいたのだろう。夜目が効くとは思えないし、彼らが使うためにあれらの塗料はまかれたものだ。だけど彼らが疲れを知らない連中だとしても、これだけ広い通路を何本も作るのは妙な話じゃないかな」
「だから、何が言いたい?」
「何かの通り道みたいだなと思ってね。たとえば、土虫みたいなね」
レイヤーの指摘に改めてヴォルスが周りを見渡す。この大地に土虫はいないわけだが、土虫は巨大なもので人間の三倍ほどであり、胴回りは人間の背丈とほぼ変わらないくらいになる。主食は土に含まれる昆虫や草などであり、魔王に率いられでもしない限り巨大なものでも人間を進んで襲うことはまずない。ギルドに討伐依頼が出るとすれば、新規の開墾地に土虫の群れがある時だった。土虫がいるということは土壌はかき回され肥えているのだが、新たに作物を植えても掘り返されるため、非常に迷惑だからだ。
だが今ヴォルスが見回す場所は、土虫が掘り返せるような柔らかい土ではない。しっかりとした地層である。人間なら耕作器を使っても、相当苦労しそうな固さだった。
「これだけの場所を通るとなると、どれだけ大きな土虫なのだ?」
「あまり考えたくはないね」
「だが出会ったら排除するだけだ。さて、そろそろ休憩もよかろう。次に進むとしようか」
ヴォルスがそう言った矢先、ごごご、と何かを掘り進むような音が聞こえた。踏み出しかけた足が、ヴォルス、レイヤー共に止まる。
「・・・なんだ、今の音は」
「近づいているね」
レイヤーが警戒心を上げたが、レイヤーが睨む三叉路の一つ、はるか先の空間で何かが通った。レイヤーは夜目が聞くからこの程度の灯りでも苦労はしないが、ヴォルスはそこまで見えないらしい。
「なんだ、何か通ったのか?」
「ああ、さっき僕が来た方向だ。だけどおかしいね、『縦に』何かが通ったんだよ。そんな脇道はなかったはずなのに」
「まさか、この道を作った『何か』か?」
「そうかもしれない」
レイヤーが後を追って正体を確かめようとした、その時である。
続く
次回投稿は、3/8(日)13:00です。




