封印されしもの、その32~テトラポリシュカ⑩~
「殺しはしません。上位精霊を弑するほど私も愚かではありませんが、おしゃべりなのは嫌いです」
「貴様ぁ!」
激昂したテトラポリシュカと、氷のような表情のまま迎え撃たんとするティタニア。二人が激突するまさにその時、ティタニアの足元で魔法陣が起動した。
「! なるほど、そうきた――」
虚を突かれたティタニアが何か言い終える前に、転移の魔法陣はティタニアの姿を此方へと消し去っていた。とびかかろうとして肩透かしを食らったテトラポリシュカは、ピートフロートをぎろりと睨みつけた。
「邪魔をするな、ピート!」
「熱くなるのはそこまでだよ、ポリカ。冷静になってくれ。戦士としての君に問おう。今の女剣士と向き合って、本当に勝てると思ったのかい?」
腹を押さえながらのピートフロートの問いに、テトラポリシュカは言葉に詰まった。それは戦ってみなければわからないと喉元まで出かかったが、本能は全力で警鐘を鳴らしていたと、テトラポリシュカ自身は認めざるをえなかった。特に戦士としてどうかと問われれば、そこは口ごもるしかなかったのだ。
「やっぱり嫌な奴だ、お前は。反論のしようがない」
「そこで言い返さなくなっただけ、丸くなったじゃないか。彼女と戦うならいくら君でも命がけだ。相手は魔人にすら一目置かれる存在なんだ。全盛期の君ならいざ知らず、封印が解けたばかりの君では、適うべくもないだろう」
「魔人?」
テトラポリシュカはひっかかる言葉を聞き返したが、ピートフロートはあえて無視した。
「それに、今ここでイルマタルとティタニアを合わせるわけにはいかないんだ。真竜の本能は非常に優れている。特にイルマタルは別格だ。その彼女が自分の親を殺した人間と面と向かったら、どうなるか。今の君みたいなことになるかもしれない」
「だったらどうした」
「彼女が無事に育てば、グウェンドルフをはるかに上回る真竜になる素質を持っている。そして彼女は御子であるアルフィリースを自分の親として認識しているんだよ。これが一体どういう意味を持つかはわからない。だが、僕はこの可能性に賭けた。
いや・・・違うな。見てみたいんだ、古竜やシュテルヴェーゼ、オーランゼブルすら諦めた運命に対して、まだ何かできることがあるのか。だからイルマタルをここで失うわけにはいかない。もちろん、アルフィリースもだ。そうなると――」
ピートフロートはすっと掌をテトラポリシュカに向けた。その行為にテトラポリシュカが憤怒の表情でにらみつける。
「ピート、貴様」
「我慢してくれ、テトラポリシュカ。君ひとりの犠牲で済むならやすいものなんだ。それに必ず死ぬって限ったわけじゃない」
「他人を盾にして助かろうとするさまは、昔と変わらないな」
「今度は自分のためじゃないんだよ、ポリカ。それに、君にだって娘がいるだろう?」
娘と聞いてテトラポリシュカの表情から、怒りが一部抜け落ちた。
「・・・お前は本当に嫌な奴だ」
「ごめんね、ポリカ。僕はこういう奴なんだよ」
ピートフロートは転移の魔法陣を起動させ、テトラポリシュカの姿を消し去った。斬り裂かれた腹は思ったよりも深手ではなく、ピートフロートはすぐさま魔術で塞ぎながら立ち上がった。
「これでティタニアとテトラポリシュカの戦いに、アルフィリースやイルマタルが巻き込まれることはないだろう。ティタニアのあの剣・・・確か『干渉剣』とか言ったかな。空間を斬り裂いて距離を潰すとは、なんとも恐ろしい剣だ。あの剣がある限り、どんなに離れてもティタニアは対象に追いつくことができる。
それにどうやっているのかわからないけど、あの正確な追跡術・・・もうテトラポリシュカと一緒にはいられないな。さて、そうなるとこの氷原を引き払うのが一番賢いやり方だけど」
「そんなことをアルフィリースがすると思うのか、テメェは」
ピートフロートは驚きもせず、背後にいるラインを振り向いた。
「さすが副団長。気づいていたの」
「お前がこそこそしていたのはなんとなく知っていたがな。特に俺たちの邪魔になりそうもないし、どっちかというと俺たちを守っていると思っていたから放っておいただけだ。何も好んで危険に突入したいわけじゃない。
だがアルフィリースの意志に反するってのなら話は別だ。この団はどうあれ、あいつの意志に同調する連中の集まりだ。テトラポリシュカがいなくなったことに対して、お前は嘘をつき通せると思うか?」
「無理だろうね。少なくとも、納得のいく結末を見届けるまでは彼女は一人でもこの大地に残り続けるだろう」
「そんな団長を置いて俺たちが撤退するわけねぇだろが。お前は肝心なことがわかってねぇ」
「ノーティス様と同じことを言うんだね、君は。不思議な人だ」
ピートフロートが呆れたように腰に手を当てたが、だが鋭い問いかけをラインに返した。
「それだけわかっている副団長だから聞くけど、この戦いはどうすれば収まると思う?」
「・・・何を言わせたい?」
「腹の探り合いはなしだよ、ライン。テトラポリシュカ一人が犠牲になれば、ほとんど全て丸く収まる。ティタニアは引き下がり、アルフィリースはこんな危険な土地にいる理由を失くす。クローゼスもこの土地に縛られることもなくなり、おそらくアルフィリースの元に来るだろう。違うかい?」
「結果はそうだろうさ。だが過程が重要なんだよ」
「結果が同じなら、過程で危険を冒す必要なんてないはずだよ。君たちはどれだけ自分たちが重要な存在なのか、まだわかっていないようだ」
「お前は上位精霊らしいが、そんな大層な存在も俺たちのことをちっともわかっていないようだから教えておくぜ? 糞食らえなんだよ、お前らの事情なんざ。俺たちは自らの足で立って、自らの意志で歩む。その結果どうなろうが、お前らに口を出されるいわれなんてない。
だいたい、お前達古い種族や精霊どもが、下手に人間に干渉しようとして今のような形になったんじゃねぇのか、ええ?」
ラインの言葉に、ピートフロートは目を丸くした。その言葉に聞き覚えがあったからだ。
「・・・君は本当にただの人間なのかい? 昔、古竜の長が全く同じことを言っていた」
「そんなこと知るか。俺たちは今を生きているだけだ。お前が俺たちのことを案じてくれているのは感謝する。だが、必要以上に干渉するな。最後に不幸な結末になったとしても、俺たちの意志は曲げられないぞ、決してな」
ラインのまっすぐに見据える目をしばしみつめ、ピートフロートはため息をついて視線を外した。
「わかった。君達の意志を尊重しよう」
「そうしてくれ。俺は今起きたことをアルフィリースに話し、テトラポリシュカを探しに行く。どこに転移させた?」
「それは僕にもわからない。とりあえず急いでいたからね。だがこの氷原のどこかだろう。それほどの魔力を込めたわけじゃないから、そんなに遠くには行っていないはずだ」
「よし、ならリサとクローゼスでなんとかなるか」
「ひょっとしたら、僕が教えた方向に行ったかもしれない。行き先を絞っていない転移っていうのは、かけられた対象の意志も介在することがあるからね」
「そこには何がある?」
「おそらく、魔王の工房が」
ピートフロートの言葉に、ラインが険しい表情をした。
「魔王の工房だと? なんだそれは」
「聞いてのごとく、魔王を作っている場所だよ。それもかなりタチが悪い。踏み込むつもりなら、それこそ命を賭けないとね。その決意を・・・アルフィリースはするだろうね」
「ああ、聞くだけ無駄だろうな」
ラインとピートフロートは互いにやや心配そうな顔をしたが、全ての判断をアルフィリースにゆだねるべく、彼らは歩き出した。どのみち、魔王の工房とやらには行かなければならない気がすると、互いに思ったことは口に出さなかったが。
続く
次回投稿は、3/6(金)13:00です。
 




