封印されしもの、その31~テトラポリシュカ⑨~
「言いたいことはわかった。ならば私はどうするべきだと考える?」
「何も。とりあえず、あまりしゃしゃり出ないことが肝心かもしれない。力と影響力がありすぎる君がアルフィリースの仲間になるのは、黒の魔術士を刺激するだけな気がするよ。大戦期ほどじゃないけど、この時代にも強者はいる。スピアーズの四姉妹も生きているし、一つの集団が力をつけすぎるとより大きな存在を警戒させるからね」
「なるほど、もっともなことだな。だがスピアーズの四姉妹とは懐かしい。まだ生きているのか、あいつらは」
「憎まれっ子は世にはばかるらしいよ。彼女たちは僕たちからも他の魔獣や魔王たちからも疎まれていたね。だからこそ、生き残ったともいえる。それに彼女たちの不死身の秘密を、誰も解き明かしていない。周期的に長女キュベェスが深い眠りに入るから大暴れが止まっているけど、そろそろ目覚めるころだ。彼女の機嫌次第では、惨劇が際限なく繰り返されることになる。
それに他の連中も結構生きているよ? なんだかんだ言って、強い連中は生き残る手段にも長けているみたいだね」
「ふん、生きていても何がしたいのかさっぱりわからん連中だ」
「それ、昔の自分に言ってあげなよ。今はみんなそれなりに理由があるみたいだよ」
くすくすとピートフロートが笑ったのは、魔王の中でも一番好戦的だと言われたテトラポリシュカの昔を思い出したからだが、もはやテトラポリシュカは以前のことなど正確には覚えていないのだろう。些末なことにこだわらない大雑把な性格だからこそ、彼女はピートフロートとも話ができるわけだ。
ピートフロートはもっとこの旧友と話していたいと思ったが、何を感じ取ったのか、ぴくりと反応して遠くを見やった。そしてテトラポリシュカを促したのだ。
「ポリカ、君とはもっと話していたいけどそうもいかないみたいだ。ここから目標までは遠いのかい?」
「いや、この辺から敵が湧いてきたと精霊たちは伝えているが、どうも要領をえないな。ただ包み込むように探索範囲を狭めているから、そろそろ何かあってもよさそうなものだ。敵の姿はおろか、幻獣たちが率いる獣どもの姿も見えない。そういえば、氷竜もいないな。少々こちらとしても不安になっていたところだ」
「そうか。本当はこんなことはやってはいけないんだが、どうやら急いだ方がよさそうだ。僕が指さす方向に、一直線に行くといい。そこに目指すべき災厄の原因があるだろう。ああ、ただし危険な場所は避けてくれよ? あと、僕が何か言ったことも内緒だ。そうしないと、アルフィリースにばれてしまうからね」
「どういうことだ? 上位精霊が誰か特定の味方をするなど禁忌じゃないのか?」
「ノーティス様がいたら怒られるだろうね。ただ、元々反則をしているのはオーランゼブルの方だ。多少肩入れをするくらいなら、どうってことないと思うんだけどね。それに君とアルフィリースがゆっくりと語らいながら、訓練をしながら進むのが最も良いと思っていたけど、厄介なのが二人来た。
一人はあっさりと僕の仕掛けた結界を排除したよ。この大地にしばらく誰も寄せ付けないために仕掛けておいたのに、まさかこんなにあっさり排除するなんてね。
そしてもう一人は君に縁のある――何っ!?」
ピートフロートが驚きの声を上げた。それもそのはず。ピートフロートはアルフィリースたちがこの大地に入ってから、本当の意味での危険な者をひそかに排除してきた。アルフィリースたちが遭遇すれば全滅の危険性のあるような生物は、ピートフロートが遭遇しないように手を打っていた。
時に相手の気を逸らし、あるいはアルフィリースたちの行き先を調節しながら。アルフィリースたtの通った痕跡を消したり、あるいはリサでさえ気づかないように広範に結界を張ったり、罠を仕掛けたりもした。その中には、アルフィリースたちの後にこの大地に入る者がいれば、自動的に追尾するような仕掛けもあった。ピートフロートは何もしないふりをして、闇の上位精霊としての力をひそかに行使し続けていたのである。
そして、ピートフロートが追尾しているのは二人。一人はアルネリアの者だと推測している。結界を排除する手並みを想像するに、上位の巡礼者だろうと予想する。そしてもう一人は、ピートフロート以上にテトラポリシュカが良く知っている人物だった。正確にこちらを追跡してくるものの、歩いて大地を横断していたから完全に油断していたのだが、歩いて数日あるはずの距離が、何の前触れもなく一気に詰まったのだ。そう、目の前に突然出現するほどに。
一陣の風が雪を舞い上げ、再び収まると同時に風の向こうからその者は現れた。
「驚きました。アノーマリーのところに行くとばかり思っていたのですが、まさか貴女方に会うとは」
「まずい、まずいぞこれは」
「この女は・・・見覚えがあるな」
テトラポリシュカがいぶかしげに見たのは、背中に大剣を二本背負った黒髪の女。その面影にはどこかしら覚えがあるものの、さて、どこで会ったのかはとんと思い出せないと感じたが。
女の方は氷原に似つかわしく無表情で、凛としたたたずまいと崩さずに問いかけた。
「私のことを覚えていませんか、テトラポリシュカ」
「さて・・・どこかで会ったような気もするが。思い出せんな」
「なるほど、確かに私はあなたの記憶には薄いかもしれない。髪も当時は短かった。ならば、この剣はどうです?」
女が抜いたのは黒と黄金の大剣。背中の大剣を抜いたとき、テトラポリシュカの表情は一気に青ざめた。
「その剣は・・・貴様、『剣を奉じる一族』か!」
「やはり自分を追い込んだ剣は覚えていましたか。そう、あの時私は兄様たちの背後にいたのです。当時の私はまだ戦う役ではありませんでしたが、あの時兄様がやり残した仕事に出会うのも運命。ここで任務を完遂することにしましょうか」
「ふん、貴様の兄たちでどうにもならなかったものを今更どうにかしようと――」
「ポリカ! やめろ、ティタニアとは戦うな!」
ピートフロートの必死の叫びに、テトラポリシュカが疑惑の目をちらりと向けた。ピートフロートが叫ぶところなど、テトラポリシュカは見たことがない。
「なんだ、私はこれでも剣を奉じる一族の最強二人を退けたのだぞ。その時の怪我が元で大魔王の座からは追われたが――」
「やめろと言っている! その女は黒の魔術士だ。そして剣を奉じる一族の歴代最強の人間だ! 強くなりすぎて剣を捧げる相手すら見つからなくなった女なんだ! イルマタルの親をやったのもそいつだ!」
「なに・・・真竜を殺した、だと?」
「人の事情をぺらぺらとよく喋る精霊だ。邪魔ですね」
ティタニアの黒い大剣が一振りされると、離れた場所にいたピートフロートの腹が横一文字に斬られていた。何が起こったのかわからずその場に崩れ落ちるピートフロートと、一瞬動じた後、殺気を放って戦闘態勢に入るテトラポリシュカ。
続く
次回投稿は、3/4(水)13:00です。