大草原の妖精と巨獣達、その13~大草原の秘密~
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それからしばらくカザスは単独でも洞窟を探検するようになった。朝起きてご飯を食べると、昼食を持って出かけていく。そして夜は遅く戻り、時には帰ってこないこともあった。
その様子を全員が心配したが、ミランダだけは、
「研究者としての顔が出たんだろ。ほっときな、研究者ってのはそういうもんだ。熱中したら周りの声は耳に入らないのさ」
とそっけなかった。ミランダ自身も研究者だから、彼の心境がわかるのかもしれない。
そうして何日かが過ぎたある日、カザスが何事かファランクスと話していた。そしてその後全員を呼びだした。
「皆さん、少しお時間をよろしいでしょうか?」
カザスの表情は見たことも無いくらい真剣だった。その表情にただ事ではないなにかを感じ、全員がカザスに促されるままに集められた。
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そして馬を駆けておよそ10分ほど。修行に明け暮れていたアルフィリース達はここに至ってこの洞穴の広さに驚いたが、カザスとユーティには今さらであった。そしてある場所で止まると、カザスが壁の一部を示す。
「ここです」
カザスが示したのは壁が崩れた場所、いや、カザスが崩したのだろう。土や木の根、さらには岩盤まで崩したような跡がある。そこからは乳白色、いや、銀色のような淡いか輝きを発する壁が見えていた。そのややもすれば妖しい光景に、真っ先に質問を投げかけたのはミランダだった。
「カザス、これは?」
「さあ?」
だがカザスは質問を疑問で返した。カザスの素っ気ない返事に、全員が目をぱちくりとさせた。
「おいおい、自分でも何かわかってないモノをアタシ達に見せようってのか?」
「わからないから。というのもありますが、これが何なのかわからないことでわかったことがあります」
「なぞなぞか?」
「いえ・・・少しフェンナさんにも調べて欲しくて」
「私ですか?」
フェンナが自分を指さして不思議そうにしている。
「ええ。ただなんとなく結果はわかっているのですが、確認のために。この壁の分析をお願いできますか? 土・金属性の魔術を操るフェンナさんならできるかと思いまして」
「分かりました」
そういうことならとフェンナが壁に手を当てて何か調べ始めた。そうすること数分。徐々にフェンナの顔が険しくなり、額に汗が出始めている。さらに数分して、ふぅ、と一つため息をついて調べ終えたフェンナが振り返る。
「どうでしたか? 何の金属か、わかりましたか?」
「いえ・・・何の金属かさっぱりです。こんなことは初めてです、申し訳ありません」
「やはりそうですか・・・」
「この結果をカザスは想定できたのですか?」
「ええ。何せ火薬でも焦げ跡1つつかない金属でしたから」
いけしゃあしゃあとカザスはとんでもない告白をするが、思わずミランダが突っ込んだ。
「ちょ、洞窟で火薬とか、なんて危ないことを・・・」
「ちゃんと量は考えてありますよ」
「ねえねえ、どういうこと?」
たまりかねたアルフィリースが尋ねる。その質問にはフェンナが答えた。
「いいですかアルフィ、私は鉱石の魔術を操る一族です。シーカーの王族はもとよりそういった練成術に長けたものが多く、私も含め鉱石には非常に詳しいのです。ところがその私が解析できない金属がここにあります」
「宝石の偽物には騙されるけどね」
「うっ・・・」
「それは個性の問題でしょう。ちなみにこれと同じものがここ数日で調べた8か所全てで見つかっています。方向・距離はどれもばらばら。すなわち、高い確率でこの洞穴全体がこの金属で覆われていると考えてよいでしょう」
カザスが続ける。ミランダはなんとなく話の内容を察したようだが、他の仲間にはさっぱりだった。
「ですがここから先は語ってよいものかどうか・・・ファランクス、よろしいですか?」
「・・・いいだろう。いつかは明るみに出るものだろうからな。この人間達になら話しても構うまい」
「恐れ入ります」
カザスが一間おく。表情には期待と緊張の色が隠せない。
「僕の専門は考古学です・・・その最大の命題は『生命の起源を解き明かすこと』だと僕は考えています。まず僕が学問突き詰める上で不思議だったのは、遺跡の中には誰が作ったのか不明な物が時に見られる、といったことでした」
「不明?」
「ええ。ドワーフ、エルフ、巨人・・・人間より古い種族である彼らも遺跡は作りますが、その建築様式は種族ごとに似通っていて、それぞれ特徴的なのでわかりやすいのです。ですが調べるうち、彼らでさえより古い物として崇め奉る神殿、神剣・魔剣の類いがあることがわかりました」
「・・・そうなの?」
「はい。となると彼らより古い種族としては竜種しか現在では確認されてないため、そういった類の物は竜によるものだと考えられていたのですが・・・」
「違うってのか?」
ミランダが真剣な表情になっている。これは彼女にとっても興味深い話題なのだろう。
「違うでしょうね」
「根拠は?」
「この遺跡は大きすぎます。先ほどファランクスに聞いたところ、この道は東西に200km、南北に100kmはあるそうです。しかも僕は確認してないのですが、おそらくは地下もかなり深くまであるのではないかと疑っています」
「実際にカザスの言うとおり地下はあるが、ワシが封印した。なんせワシの爪も炎も効かぬ者達が徘徊していたのでな。余りの危険さゆえに地上に出てこぬように封印したのだ。そもそもあまり出てきそうな気配もなく、近づいた者を攻撃するような習性の持ち主たちだったが」
「ならば余計にそうですね。人語を解す竜と言うのは現在では10頭も世界に残っていないとされています。労働力的に、10頭でこの遺跡を作るのは無理があるのではないでしょうか?」
カザスの仮説は大胆で、学会などでは荒唐無稽な話として一笑にふされるだろう。だが300年という時を生き、一般的な学者より『世界』というものに接してきたミランダには、カザスの仮説は妙に説得力があるように聞こえた。
「なんてこと・・・でも一説には現在の飛竜は竜が退化したもので、以前は全ての竜が人語を解したとされているじゃないか? もしその通りなら、竜が総出でやればなんとかなるんじゃ・・・」
「確かにその可能性は否定できませんが、他にも説があって、現在の人語を解す竜と、飛竜など人間が行使する竜は生物として全く別の種だという説もあります。これは生物学的に人語を解する竜の標本がないので、なんとも言えませんが。確かに有力なのはミランダさんが言った説なのですが、学説として信憑性が高いのは後者だと僕は考えているのです。もし後者が正しいとして仮説をさらに立てると・・・かつて神と呼ばれるような、全知全能の生物がこの大陸にいたのではないかと私は考えます」
「神って・・・」
大きくなった話に全員がぽかんとしている。だがファランクスはその答えをなんとなく予想していたようだ。
続く
恒例の日曜二話投稿。本日17:00です。