封印されしもの、その30~テトラポリシュカ⑧~
「ふう、この姿なら目の高さも合うかな。この姿の方が、君とはよく馴染んでいるものね」
「ピートフロート・・・生きていたのか」
「生きていたとはご挨拶だ。僕は君と違って、征伐されるようなことは何もしていないつもりだったのだけど」
「よく言う! お前が口先三寸で起こした戦いがどのくらいあったと思う? ある者は疑念にかられ、ある者は夢見て、ある者は絶望し、そしてそれら全員が戦いに駆り立てられた。お前は無自覚だったのかもしれないが、なお質が悪い!」
「だから最後はノーティス様に止められたのさ。生き物は生死を賭けた場面でこそ、その真価を発揮する。その発想は今でも変わらないけど、命を試すような真似をするのはさすがにやめたよ。
効いたんだよ、あの言葉。『まずお前は何も知らないことを悟れ。そして、失うと知れなくなることも悟れ』だってさ。愛しいなんて感情は僕にはなかったけど、失って還らないものの大切さはこれでも学んだつもりだよ」
ピートフロートは肩をすくめて反省の色を示したが、その仕草が道化じみていたし、何よりピートフロートの過去の悪行を知っているテトラポリシュカには、いまいちピートフロートの真意がつかみづらかった。
「とても信じられん」
「そう言われても仕方ない。ただ僕のことはどうでもいいけど、君には一つ言っておかないといけないことがある。オーランゼブルのやろうとしていることと、アルフィリースの関係についてだ」
「? それは私に関係があることなのか?」
「大有りだ。君が『教官』と呼んでいる人物のことも無関係ではないのだから」
「! なぜそれを!」
「僕のことを忘れたのかい? これでも闇の上位精霊で、上位精霊の中では最も古株の一人だ。それに闇とは、知識の深奥を司ることも意味する。僕に知らないことを求める方が難しいね」
「ただの覗きたがりが偉そうに」
「うわあ、なんて世俗的にまとめてくれるんだ」
ピートフロートは多少がっくりとうなだれながらも、ノーティスが調べて知ったことと、自分の考察を告げてみた。表情を変えずに黙って聞いていたテトラポリシュカだが、最後まで聞き終わるとその場に腰を下ろし、目を閉じたまま考え込んでいた。おしゃべりなピートフロートもまた、その沈黙に付き合って座っていた。
やがてテトラポリシュカがすっと目を開けた。
「・・・いずれはこんな時が来るだろうとは思っていた。いや、我らの長老が言っていた。年若い私はなんのことだか意味が解らなかったが。そうか、そういう時が来たのか」
「そういうことだ。古竜たちが眠ってしまったのも、シュテルヴェーゼが隠遁を決め込んだのも、オーランゼブルが一人で動いたのも全ては一つにつながるんだ。そしてどうしてオーランゼブルがアルフィリースに目をつけたのかも」
「彼女が『御子』か。そうだな?」
「おそらくは。だが御子とはオーランゼブルの手にさえ余る。本来地上の生物が干渉できる存在ではないのだから。ましてまっとうに成長して顕現したとなると、果たして何百年ぶりのことか」
「だがそうなると、アルフィリースがやろうとしていること、それにアルネリア教会なるものがやろうとしていることは無駄どころか、害悪にしかならんのではないか? そこまでわかっているのならば、どうして告げてやらぬ?」
「そうだね・・・そこがノーティス様も悩ましかったのではないかと思う。だが僕は、一つだけ別の可能性を考えている」
「別の可能性?」
「発想の逆転だよ」
ピートフロートはにこりと笑い、生徒にでも教えるような口調でテトラポリシュカに語り掛けた。
「確かにオーランゼブルの行動は『正しい』。だけど唯一無二の正解とは限らない。仮にオーランゼブル以上の正解が導き出せるなら、誰もがそちらを望むのではないだろうか。僕は万の屍の上に積み重なる悲しみに打ちひしがれた美しい花も趣があると思うが、勇気づけられるのは陽の当たる草原に咲き誇る武骨な雑草ではないだろうか?」
「またよくわからない喩えを・・・『真実の解放』と『世界の救済』以上の正解があるというのか?」
「寿命が長く、先のことを考えすぎる僕や君では導き出せない答えかもしれない。だけど、人間なら。精霊に縛り付けられない彼ら人間なら、その可能性があるかもしれない。その中でもアルフィリースは特に自由な発想をする人間だ。見ていて僕も楽しいから、この傭兵団にいるのだし。それに、オーランゼブルの行動が全て上手くいくとは限らない。今回のことがそうだ」
「何が?」
「おそらくは今回の事態はオーランゼブルにとって予想外の事態だ。彼は魔法使いだが、万能の存在ではない。それに配下――おそらくは操っているだろう人物たちは、彼でも操りきれる相手ではないと思う。
特に最近失策というべきか、彼の行動は各所で目立つようになってきている。数百年誰にも気づかれずに行動してきたのにも関わらず、だ。時期が思ったよりも差し迫っているから焦ったり雑になったりしているのかもしれないが、オーランゼブルでも気づかぬほどの小さな綻びを、少しずつ広げている存在がいる。僕にはそんな気がしてならないな」
「どうしてわかる?」
「僕が昔よくやった手口だからだよ。物事を破綻させるときには、それと気付かぬほど小さなことから手をつけるのが一番いいのさ。綻びは自重でどんどん大きくなり、放っておいても破綻する。どんな綿密な計画でもそんなものだ」
「・・・今日一番、説得力のある言葉だったな」
テトラポリシュカが呆れたように顔を上げたが、その表情は険しいものではなかった。ピートフロートと話すうち、昔のような仲間と語らった日々のことを少し思い出したからだ。
続く
次回投稿は、3/2(月)13:00です。