封印されしもの、その27~枷②~
「妙な表情をするね、ドゥームの思惑通りにいったのにさ」
「確かにね。君をこちらに寝返らせ、向こうからの連絡を遮断させる。孤立した工房では、暴走したもう一体のクベレーが好き勝手をやり、焦ったアノーマリーは黒の魔術士を裏切って・・・そんな可能性も考えたけど、まさかこんなに上手く行くなんてね。せいぜいアノーマリーが求めている『生命の書』がなんなのか知ることができればいい。そのくらいに考えていたんだけど。これじゃあアノーマリーは死んでしまうな」
「やりすぎなんだよ。ちなみに誰が追手になったの?」
「ティタニアさ」
「うわあ・・・」
クベレーもティタニアのことを知っていたので、思わず目を細めて自らの父に同情した。魔王の性能を調べるための実験にティタニアは何度もつきあってもらったが、どれほどの自信作を用意してもティタニアに傷一つつけたためしがない。あまりに歯が立たないので、自信を失くしたクベレーやアノーマリーが頭を抱えて落ち込んだほどだ。
ドゥームも心底残念そうに語る。
「これでも僕は、アノーマリーのことを良い友達だと思っていたんだ。死んでしまうなんて残念だ」
「まだ死ぬと決まったわけじゃない。父さんの本当の実力は、ぼくだって知らないんだ」
「確かに。どれが本体なんだかいまだにわからないしね。と、いうより、本体はしょっちゅう入れ替えているんだろう? あるいは群体なのかどっちかだね」
ドゥームの言葉にクベレーは驚き、思わず彼の周りに槍状の触手を何本も突きつけて、脅迫していた。元々ドゥームを信頼したわけではないクベレーだが、その言葉に看過できないものがあった。ある意味無駄な行為と知りながらクベレーがそのような行動をとったのは、奥底で抱いていた警戒心の表出であった。
「どうしてそのことを知っている?」
「同じ立場なら僕も考える可能性の一つだからさ。本体を定期的に入れ替えることで、正体を絞らせない。それに、劣化した個体を捨てて新しい個体に。そうすることで不死身に近い体を手に入れることが可能だ。僕は悪霊だから寿命なんてないけど、肉を持つ身としては寿命からは逃れられないからね。どんな個体でも寿命を迎えるのは恐ろしいはずだ。まして、アノーマリーには願望がある。まっとうな生き物なら、とても寿命の内にはかなえられなような願望が。
それにアノーマリーが考えた非常時の対応だけど、連絡がクベレーにしか届かないことも不自然だ。それほど重要なら自分に連絡が来るようにすればいいんだよ。そうできないのは、何かしら理由があったと考えるべきだけど、体を度々入れ替えていたとすれば納得もいく。加えて、彼はオーランゼブルの洗脳から逃れていた。ティタニアやライフレス、ブラディマリアすら逃れられない洗脳から、アノーマリーは逃れていたんだ。だけど、洗脳された個体が死んだのなら可能性はあるだろうね。これは彼自身が話していたことだ。
さて、今度は僕からも質問だ。君は『生命の書』が何なのか知っているかい?」
「知らないね。知っていても言いはしないさ、君みたいに油断ならない人には」
「その油断ならない人に協力を求めたのは、どこの誰なのさ。まあ生命の書がなんなのかっていう見当はもうついている。確証は北の大地にあるだろうけど」
「なんだって?」
反射的にクベレーは槍を突き立てたが、ドゥームには無駄なことだった。霧状に体を変形し、別の場所で元に戻ると、余裕たっぷりに説明を続けた。
「僕の調べによると、アノーマリーは自身が人造生命体だ。つまりは彼自身も誰かに製作された魔王なのさ。確か――ファーマスとか言ったかな。魔術協会に反旗を翻し、隠遁した狂人。彼の記録によると、どうやら彼は『究極の生命』なる発想にとりつかれていたらしい。つまりは、今いる自分たちを作ったであろう、より素晴らしい生命がこの世には以前存在していて、それを神や精霊と呼んだのだというのが彼の主張だ。そして人工的にその生命を作り出せないかと考えたんだろう。
理論的に破綻した話さ。神や精霊から劣化したのが我々なら、どうして起源に行き着くことができようかって話だよね。仮に作り出せたとして、自分たちより優れた者が自分達の言うことは聞くはずがない。もっとも、狂った彼にはそんなことはどうでもよかったのかもしれない。
だが、そうして作られたのがアノーマリーだ。魔術士は自らの寿命を察して、半永久的に生命の起源を探ることのできるキメラを作りだすことに成功した。究極の生命を作り出すのなら、もうちょっと見てくれを考えればよかったのにと思うけど。
だけどその頭脳は本当に優秀だった。アノーマリーは数百年をかけて、その答えの一端にもうたどり着いている」
「・・・究極の生命は、完成していると?」
「それはどうだろう。だけどこの前行った遺跡が一つのきっかけになったのは間違いない。だけどあれからあまりに時間が立っていなさ過ぎる。時間が足りたとは思えないし、もし完成していたとしたら、自分から黒の魔術士を裏切っているさ。彼にはそもそもオーランゼブルの洗脳が効いていないのだから。
さて、そろそろ僕もアノーマリーを追いかけるとするよ。北の大地では面白いものが見られそうだからね。僕はアノーマリーほど転移がうまくないから、追いつくのに時間がかかってしまう」
「ドゥーム! 約束は守ってもらうよ?」
素っ気ない態度を見せたドゥームに向けて思わずクベレーは叫び、振り返ったドゥームは楽しそうに微笑んだ。
「わかっているよ。アノーマリーが死んだら、君に足を作ってあげるさ。君にかかっている意識的な制限は、僕なら外せる」
「本当だね?」
「もちろんだ。何のためにアノーマリーと行動を共にしていたと? 約束は守る。その方が世の中面白いからね。だけど君も業な存在だ。自らが自由に歩く足を得るために、生みの親を殺すとは」
「ぼくに自由な意思を与えながら、動くだけの自由を与えなかった父さんが悪い。外の世界を自由に歩いてみたいと思うのは、当然のことだ」
「同感だね」
ドゥームは力強く頷くと、心配そうな目つきのクベレーを後にした。そしてその場を去った後で、ぼそりとつぶやいたのだ。
「枷さえ外せば、僕の力を借りずとも君は自分で足を作るだろう。だけど、足を得て君は一体何がしたいのかな? どうせ君の欲望なんて、より優れた生命を作り出すこと以外ありはしないのに。未来への希望も展望もないのに父親を殺すなんて、絶対にろくな死に方をしないぜ、君も。
まあいいか。こんなことは悪霊が心配することじゃないだろう」
ドゥームは楽しそうに嗤うと、アノーマリーの後を追ったのだ。
続く
次回投稿は、2/24(火)14:00です。




