封印されしもの、その26~枷①~
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「クベレー、いるか!?」
「・・・うるさいな、父さん。いるに決まっているじゃないか。ぼくには動くだけの足がないのだから。『移動する』というのは禁則事項だ。それはぼくが作られた時に父さんが刷り込んだ命令じゃないか」
「さあ、どうだかな。お前なら何かしら解決方法を見つけ出しているのかもしれない」
アノーマリーは多少優秀すぎる自分の作品であるクベレーをぎろりと睨むと、苛立たしげに早足で歩き出した。その先にはアノーマリーが工場を稼働させるための端末がある。アノーマリーは自らの手を二つの穴に差し込むと、工場の中枢へと命令を下し始めた。そこからは、大陸各所に作った工房、あるいは工場へと命令を飛ばすことができる。
アノーマリーが接続している情報はクベレーにも理解できるが、その命令先を知ってクベレーもさすがに驚いていた。
「父さん、どうしたんだ。大陸全ての工房に命令を出すなんて、一体何があったんだ?」
「黒の魔術士と縁を切ってきた」
「ええっ?」
クベレーが驚きの声を上げた。さしも冷静で膨大な知性を持ち合わせ、アノーマリーの片腕たる魔王クベレーも驚きを禁じ得ない。
「そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないだろう。今頃ボクには追手がかかっているはずさ。そうだな、おそらくはティタニアかライフレスが来るだろう。ボクの命運は尽きたも同然だな」
「そんな他人事みたいに・・・解決策はないの?」
「策はある。だがお前に教える義理はないな。そもそも誰のせいでこうなったと思っている?」
アノーマリーの目はクベレーに対する不信に満ちていた。振る首のないクベレーは目を左右に動かして否定をする。
「ぼくを疑っているのならはっきりさせておくけど、北の大地の管理とぼくは無関係だ。北の大地の管理を行っているのは確かにぼくと元は同じ姿形をした個体だけど、だからこそ互いに連絡が取れないように父さんが調整したはずだし、思考過程がそもそも全然違うじゃないか。ぼくは大量生産のために効率の良い作業形態を。あっちは独創性に富んだ、新しい個体を開発することに執着しているんだ。そんなことは父さんが一番よく知っているはずだよ。確かにぼくは自由な意思を持った個体として創造されたけど、向こうは父さんへの反抗ができなように何重にも防衛策を敷いたって言ったじゃないか」
「ああ、だからこそあちらの工房はオーランゼブルにさえ知られてないんだ。ボクの本当の研究は全て、あちらにあるんだからね。そして半月ごとの定時連絡と、火急時にもお前に連絡が行くように調整した。たとえば、向こうの工房から誰かが無断で出ていく、とかね。変化があった時にボクにお前が連絡をする機能は、最優先事項に設定している。
なのにあちらの分身が連絡してくるまで、お前からの報告がまるでなかった。記憶を共有してからわかったことだが、向うに派遣しているボクの分身が自殺してボクに報告するまで、数か月間ほったらかしになっていたことになる。これは一体どういうことだ? 向こうは既に魔王たちが好き勝手に暴れまわり、あろうことかテトラポリシュカの庇護下にある連中にまで手を出したそうじゃないか。これではテトラポリシュカや、あの土地に住んでいる幻獣たちが黙っていないだろう。あそこにはとびきり強力な魔王を護衛に残してあるが、仮にも大戦期を生き残ったテトラポリシュカが相手だ。ボクの工房の最深部にたどり着かないとも限らない。
致命的な失態だぞ、クベレー。さて、申し開きができるのならしてもらおう」
アノーマリーから殺気が立ち上る。クベレーは恐怖から体温が冷えていくのを感じたが、言い訳もなくその場で非を認めていた。
「・・・申し開きはないよ。だって、本当に何の連絡もなかったんだから。向うにいる連中が何かしたとしか思えないんだ。もしこの答えが気に食わなくてぼくを処分したいのなら、そうすればいい。恨み言は言わないよ」
「ふん、そうできるのならそうしている。だが仮にお前が無実だった場合、お前を処分するとボクの貴重な生産経路が一つ失われることになる。仮にオーランゼブルと戦争するとして、現在ある工場や工房の能力は貴重だ。これだけの戦力があれば、いかに彼らが強力だとてしても、一息にこちらを潰すことはできないのだから。
さて、そうなるとボクが現地に赴いて調べる必要があるな。その間の留守を任せる。せいぜい名誉挽回するんだな」
「わかったよ。でも黒の魔術士が来たら?」
「敵対するだけ無駄だ、好きにさせておけ。奴らは生産した魔王を自分たちで使えると思っているのだろうけど、そうは簡単にはいかないさ。いざという時の保険くらい準備しているんだ。ボクを切り捨てたことを、せいぜい後悔するがいいさ」
アノーマリーは言うが早いか、転移でその姿を消した。クベレーはアノーマリーが完全にいなくなったのを確認すると、部屋の一画の闇に向かって語り掛けた。
「もう出てきてもいいんじゃないかな?」
「読み通りだったね。得ておくべきは友人かな?」
「相当肝が冷えたけどね。それに、ぼくは君の友人になったつもりはないけど」
「つれないねぇ」
闇からドゥームが姿を現す。その口元には得意げな笑みと、同時にやや物悲しげな表情があった。クベレーがその表情を指して、疑問を投げかけた。
続く
次回投稿は2/22(日)13:00です。