封印されしもの、その25~雪原の幻獣達②~
「いや、このまま決着をつけよう。彼らの大半には知性がないはずだ。彼らの大半に知性があるのなら、こんな戦術を完璧に実行するのは不可能だからね。指揮官となるべき連中は、数体しかいないはずだ」
「そうだとして、その数体を的確に仕留めねばならん。どうやって行う?」
「ちょっと待って」
レイヤーが意識を集中する。敵の中心となるべき個体を、高い場所から探す。ルナティカが言っていた。敵の大将は必ず目立つと。大将は優れた者がなるのが普通だから体格も大きく、そうでなくとも味方を鼓舞するために一際派手な格好をすることが多い。それに大将が倒れると戦は一気に形勢が逆転するから、必ずと言っていいほど堅固な場所にいる。
だがヘカトンケイルは普通の人間とは違うし、必ずしも当てはまるかどうかは不明である。魔王の背にも、数体から多いもので十体近くが騎乗しているものがある。一見して見分けのつかなかったレイヤーは、剣を握りなおすと覚悟を決めた。
「僕が背後の騎馬軍団に仕掛けてみる。オロロンたちは正面の敵を頼む」
「なんと? 一人で斬り込むつもりか」
「その方が集中しやすいと思う。一度敵の正面から突っ切って、背後に出るだけだから大丈夫」
言うが早いか、レイヤーは敵に向かって駆け出した。単騎で突撃してくるレイヤーを歯牙にもかけないヘカトンケイルたちは、そのままの押しつぶそうと突進してきた。レイヤーは敵の勢いが弱まらないことを察すると、逆にこれ幸いとばかりにすれ違いざまに一撃を繰り出した。
まずは先頭を走る魔王の、六本足のうちの一本を斬り落とした。姿勢を崩した魔王が勢いのまま倒れ、そこに後方から何体もの魔王が激突する。レイヤーは同じく群れの前を走る魔王たちの足を狙い、剣を繰り出す。すると、群れの前面はたちまち崩れた。
だがそれしきで止まる魔王たちではない。倒れた同朋を踏み潰し、次々前に進み出る。レイヤーがもはやどこに行ったのかはオロロンですら見失ったが、確かに魔王たちの出足は鈍っていた。その中で、一際大きい個体が倒れた仲間を踏みつけて前に出ようとした時、レイヤーが踏みつけられた魔王の中から飛び出て、一撃を加えたのである。
レイヤーが狙ったのは柔らかい腹。一撃を咥えられてのけ反り、背に乗ったヘカトンケイルが思わず手綱にしがみついたところを、一息に首を刎ねてみせた。
その直後、群れの動きがぴたりと止まった。無人の野を行くがごとく疾走していた魔王たちとヘカトンケイルは、雪崩を起こしたかのように潰走したのだった。
驚いたのはオロロンたち。
「やったのか?」
「ああ、どうやらあの小僧。敵の大将を潰したらしいぜ」
「大したものだ。だがどうやって敵の大将がわかったのかな」
「・・・勘だろう。我々よりも、よほど獣らしいのだから」
「違いない」
幻獣たちはそれぞれの言葉でレイヤーの功績を称賛しながら、敵の追撃に移った。獣でも棲家を追われれば恨みも積もる。彼らは恥も外聞もなく逃走するヘカトンケイルや魔王たちに、思い思いに牙と爪を容赦なく突き立てていた。
だがここでも冷静なのがレイヤーである。
「敵を追撃しつつ、一部が必ず逃げ切れるようにしてくれるかい?」
「なぜだ?」
「敵の本拠地をそのまま襲おう。彼らが出てきた場所があるはずなんだ。いくら魔王だからって、突然湧いて出てくるわけじゃない。必ず生まれた場所、拠点とでも言うべき場所があるはずだ」
「なるほどな。徹底的にやってしまおうという腹か」
「禍根は根元から断つに限るさ」
「・・・ならばヤマゾウの一隊に追わせよう。ユキオオカミやキバヒョウでは足が速すぎるからな。我々で丁度良い」
ヴィターラが吠えるとヤマゾウたちは体勢を変え、魔王たちを追い立てるように走り始めた。追い立てられる魔王たちを、幻獣たちは一定の距離を開けて追撃に移ったのである。
レイヤーはその様子を確認してから無言で追撃に移ったが、オロロンには一つ気になることがあった。
「(俺たちの呼びかけに氷竜どもは加わらなかったな・・・奴らは我々よりもはるかに強いから棲家を追われていないのかもしれないが、誇り高い奴らはあのような魔王が闊歩することを良しとすまい。まあ気難しいゆえに我々に加わらないのかもしれないが、それにしても何の動きもないのは気になるところだ)」
オロロンは自問自答をしながら追撃に移ったが、群れの中から誰かを走らせて氷竜たちの行動を確認しようとまでは思わなかった。オロロンにもし現代の戦のやり方を学ぶ機会があったならば、このような見過ごしは決してしなかったろうが、いかに知性の高い幻獣といえど、そこまでの発想はなかったのだった。
続く
次回投稿は2/20(金)14:00です。




