封印されしもの、その22~テトラポリシュカ④~
「母上の勝ちでしょう。あのまま続けていたら、アルフィリースは右足を失い再起不能。ゆえに止めました」
「そうだな。だが危うく残り二つの魔眼を使うところであった。それでも勝っていたかはわからんな。アルフィリースが足から放とうとした魔術が、何であったかにもよるだろう」
「は? 足から魔術を?」
「ああ、確かに足に魔力が収束していた。さて、何の魔術であったか。それ次第では形勢逆転もあったのかな?」
「・・・」
ウィクトリエは答えない。足から魔術を放つなど聞いたこともない。テトラポリシュカが何を言っているのかまるで理解ができなかったが、冗談ではないと悟るとウィクトリエには黙るしかなかった。
そしてテトラポリシュカは湯から上がる時、こんなことを言ったのだ。
「ウィクトリエ、私はあの戦い方を知っているのだ」
「同じような戦い方をした戦士がいたということですか? あのような独創的な戦い方を?」
「うむ、だがもう随分と昔のことだ。私も久しく忘れていたが、もう随分と昔の――だがあんな自由な戦い方をする戦士が、二人といるのだろうか」
テトラポリシュカの目つきが昔を懐かしみ、そして不意に険しくなった。
「確かめねばなるまい。ウィクトリエよ、私はアルフィリースなる人物に興味がわいてきたぞ」
「ふふ。母上のお眼鏡にかなうとなると、彼女も大変ですね」
「母を厄介者のように言うでない」
「ですが、いつもそれで父上は困っていたではありませんか。気に入った人間にはまとわりつくのが母上ですから」
「それは旦那殿だけだ。それに、そんなにいちゃいちゃしたつもりはない」
「説得力がありませんよ。一緒に氷漬けになるほど仲の良いところを、50年おきに見せ付けられたのではね」
同じような背格好をした母娘は、親しい友人のように笑い合いながらその場を後にした。
***
その夜、アルフィリースたちは早々に睡眠をとった。ここまでの強行軍で疲労していたし、翌朝よりさらに奥地に向けて出発するという。ウィクトリエ、テトラポリシュカが直々に案内をしてくれるとはいえ、奥地の気候はさらに過酷であると告げられ、彼らは体力の温存に努めることに誰も異論を唱えない。
だが誰もが寝静まったその夜、アルフィリースの寝所をそっと訪れる者がいた。女性と男性は別々の部屋に分かれて思い思いの場所で雑魚寝をしているのだが、アルフィリースはイルマタルとエメラルドにまとわりつかれるようにして眠りについていた。そこに音もなく忍び寄る者は、テトラポリシュカだった。
イルマタルとエメラルドにのしかかられるようにして寝ているアルフィリースをテトラポリシュカは見つめたが、やがて意を決したように声をかけた。
「アルフィリース、起きられよ」
だが返事はない。アルフィリースの眠りは元来深いが、私室にいないときのアルフィリースは緊張状態にあるため、些細なことでも目を覚ます。リサが言うほどに彼女は鈍いわけでもないのだが、今はテトラポリシュカが眠りの魔術を周囲にかけながらアルフィリースに声をかけるという作業を行っているため、誰も気づくことがない。
睡眠の魔術をかけながら起きるように声をかけるとはなんとも矛盾しているが、テトラポリシュカには一種の確信があった。
「アルフィリース、起きられよ・・・いや、それとも『教官殿』とお呼びした方がいいのか?」
「・・・ふふ、その呼び名も懐かしい」
アルフィリースの目がぱちりと開いた。ようやく歩くことができるほどの月明かりの中、アルフィリースの目だけが別の生き物のようにテトラポリシュカの姿を捕えた。その人を奥底まで見通すような視線に、テトラポリシュカはやはり覚えがあった。そして、この寒冷地にありながら、さらに温度が下がるような威圧感にも。
「やはり教官殿でしたか。先ほどの戦い方に覚えがあったので、そうではないかと思いましたが。まだ生きていらっしゃったとは」
「それはこちらのセリフよ。よくもまああれだけの敵に追撃されながら、生き延びたものだ。わが不肖の弟子ながら、そのしぶとさだけは褒めてあげましょう」
「教官殿に褒められたのは、これが初めてかもしれません」
「それはそうね、あなたは出来の悪い教え子だったもの。強い者は他にも沢山いたわ」
「その強い者たちを、いかがされたのです?」
「殺したわ。私が自らの手で」
ニタリとしたアルフィリースではない何かの笑みに、テトラポリシュカはぞくりとした。ああ、思い出した。この人の笑い方はこうだったと、テトラポリシュカは千年も前に遡ったような気分を味わっていた。
アルフィリースの影であり、教官と呼ばれた存在は続ける。
続く
次回投稿は、2/14(土)14:00です。




