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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その21~テトラポリシュカ③~

「なっ――そんな馬鹿な!」


 千を超えるであろう戦いを潜り抜けたテトラポリシュカをもってして、戦場で無意味な言葉を発するのを止められなかった。振り返ったその先には木偶。土塊で作られたアルフィリースらしき形の木偶が、まるで人間のように話したのだ。

 話すということは、人間と同じ発声器官を持つ木偶を魔術で編んだということである。木偶を魔術で作る方法は数あれど、人間のように話す木偶を作るとは、テトラポリシュカですら思いもしなかった。

 そして木偶はテトラポリシュカが振り返った瞬間、爆ぜてテトラポリシュカに襲い掛かった。至近距離で爆発すると、反射的に急所をかばう。テトラポリシュカも思わず目を閉じ、身を守ってしまった。同時に、アルフィリース他の者が見失うばかりの速度で動いていた。人間にあるまじき速度と跳躍で飛び上がると、剣を抜いて上段から襲い掛かる。

 アルフィリースが頭上から体重を乗せた一撃を放つのがテトラポリシュカにも気配でわかっていたので、当然迎撃の態勢をとる。右手の魔眼を自分の体に押し付けると、その能力を解放した。

 硬度操作。睨んだ対象の硬度を自在に変化させるその魔眼は、自らに使えば万能の盾となる。敵を睨んでも相手の硬度が正確に理解できない状態では魔眼は効力を有さないため、テトラポリシュカは役に立たないと踏んでいたのだが、自らに使用することで初めて効力を発揮することに気づくまで、能力の発現からおよそ百年かかっていた。

 アルフィリースの剣を防ぐために硬度を上げたテトラポリシュカの体が、真っ向からアルフィリースの体を受け止めた。だが、そこでまたしてもテトラポリシュカの誤算。


「ぐあっ?」


 感じたのは異常なまでの重さ。巨人が十人がかりでのしかかってきたような重さに、テトラポリシュカの足は地面にめり込んでいた。アルフィリースは重力制御で自らの体を極限まで軽くすると、次に極端に重くしてテトラポリシュカに襲い掛かったのである。

 テトラポリシュカの体が軋み、体中の骨が折れてしまいそうなほどの衝撃を受ける。その最中、投擲される炎の塊。


「(魔術――)」


 炎の魔術が目の前に出現したテトラポリシュカは額の魔眼を放った。精霊の強制ギアスを行使する魔眼は、使用次第で相手の魔術を跳ね返すことも、無効化することも自由である。目の前の炎の魔術を防ぐためにテトラポリシュカは思わず魔眼を解放したが、炎の球が消えた後にはなんと短剣が残っていた。

 魔術付加。アルフィリースが一年以上前から取り組んでいた、魔術の使用方法の一つ。テトラポリシュカの表情がこわばり、首をひねって躱したものの、短剣は薄く彼女の頬を斬り裂いていた。だが血が流れて痛みを感じるより早く、腹部に鈍い衝撃が走る。アルフィリースがテトラポリシュカの腹を蹴飛ばしたのだ。

 多数の魔眼を同時使用することは、多目天でも困難である。多目天の弱点をアルフィリースが知っていたわけではないが、人に近いと言うのなら、集中力の問題としてそうではなかろうかと検討をつけていた。

 アルフィリースの足を抱え込む形で、アルフィリースとテトラポリシュカの瞳が交錯する。その瞬間アルフィリースの目を見て、テトラポリシュカはその意図を知った。一瞬驚愕に見開かれ、直後テトラポリシュカの瞳が凄然たるものに変化した。


「そこまで!」


 テトラポリシュカが手刀をアルフィリースの足に振り下ろそうとしたところで、ウィクトリエが勝負を止めた。裁定の一喝に、その場にいた全員がぴたりと止まる。テトラポリシュカに背後から剣を振り下ろそうとしていたラインも、同様だった。

 テトラポリシュカはしばしアルフィリースと睨み合っていたが、やがてアルフィリースに語り掛けた。


「いつまで私の腹に足を置いているのだ?」

「あ、ごめんなさい」


 思い出したようにアルフィリースが足をどかす。そしてテトラポリシュカが無言でアルフィリースを見つめていたので、アルフィリースの方から話を切りだした。


「あの、それで私たちの実力はどうかしら?」

「む? ああ、そうだな。合格と言ってよいだろう。こちらから正式にお願いしよう。私の依頼を受けてくれるか?」

「もちろん。それでこそここまで来た甲斐があったというものね。では早速報酬の件を相談したいのだけど」

「うむ、それもわきまえておる。そなたらは傭兵なのだからな。この土地には珍しい動物の素材、食材、それに鉱物も取れる。それらをウィクトリエに提示させるゆえ、好きにするがよかろう。こちらの我儘を聞いてもらい、生活圏を救ってもらうのだ。惜しむようなものではない」

「そうね――それもそうだけど、あなたから黒の魔術士について知っていることや、大戦期のことを沢山聞きたいわ」

「私の話を? 変わったやつだな、大昔の話にそれほどの価値があるのか?」

「情報は時に、金に換えがたいものとなるわ。特に、書物に残っていない時代の話となればなおさらよ」

「・・・わかった。私の知っている範囲でよければなんなりと話してやろう。話し相手もいなくなって久しいしな。それより、少し私は休みたい。調子に乗って力を振るいすぎたかもしれん。まだ封印が解けたばかりゆえ、な」

「そうなの。残念、もう少し手合せ願いたいのに」

「稽古ならまたつけてやるさ。今回の依頼が終わったらな」

「約束よ?」


 アルフィリースはくったくのない笑顔を見せると、テトラポリシュカが退室するに任せた。テトラポリシュカが去った後、アルフィリースと交渉をまとめたウィクトリエが引き返すと、温めた薬湯で体を癒しながら思案顔をするテトラポリシュカを見たのだ。

 ウィクトリエは湯の温度を見ながら、テトラポリシュカの体が癒えるように薬を足していく。だがその間も変わらぬテトラポリシュカの表情が気になってしょうがない。


「どうされましたか、テトラポリシュカ様」

「二人の時くらい母と呼んだらどうだ」

「では母上。浮かない顔をされていますが、何か気にかかることでも」

「先ほどの戦い、お前の目にはどう映った?」


 テトラポリシュカの真意を掴みかねたが、彼女は嘘やごまかしを嫌う。ウィクトリエは感じたままを告げた。



続く

次回投稿は、2/12(木)15:00です。

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