大草原の妖精と巨獣達、その12~炎獣の憧憬~
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嵐の季節が始まってから16日目の晩こと。アルフィリースが何気ない疑問をファランクスにぶつけたことが会話の始まりだった。
「そういえばファランクスってさ、どうして人間に親切なの? ファランクスみたいな強い魔獣にとって、人間なんて適当なエサみたいなものだと思ってたわ」
「ふむ・・・」
ファランクスは少し言葉を探しているようだが、エアリアルとアルフィリース以外のその他全員は凍りついていた。それは全員が一度は考えつつも、流していた疑問である。わざわざ蒸し返すことで、「ではやはり食うか」とファランクスが思い直せば、アルフィリース達に抵抗するすべは無い。
ミランダはアルフィリースに目配せをするが、アルフィリースは気づきながらも無視してファランクスの返事を待っている。
「そうだな。弱肉強食の掟に従えば、ワシの行動はおかしな話だ」
「そうよね、だからずっと引っかかってたの。エアリアルの話を聞く限りでは、人間を襲ったことはほとんどないんでしょう?」
「そうだ。この大草原の秩序を過剰に乱す場合を除いてな」
「でも他の魔獣は餌にするのよね」
「そうだな」
「なぜ?」
ファランクスとアルフィリースはじっと見つめ合う。他のメンバーははらはらしながら見ているが、ふっとファランクスがミランダの方を突然見て微笑した。
「昔・・・ワシは人間に助けられたことがある。そう、そこのミランダのようなシスターにな」
「え、アタシ?」
ミランダは突然話を振られたのでびっくりしている
「そうだ・・・あれはまだワシが生まれて間もないくらいの頃、この大草原においてワシは捕食される立場だった。群れの仲間も全滅し、ワシの命も風前の灯という状況で、そのシスターは突然ワシと敵の前に現れた」
「・・・」
「そして一瞬で魔獣を神聖魔術で捕縛し、内臓が飛び出るほどの重傷だったワシを瞬間的に治癒した。ワシは心底驚いたよ」
「そのシスターの名前は?」
アルフィリースが問いかける。だがファランクスは首を横に振るだけだった。
「残念ながらわからん、ワシはその時人語が解せなかったからな。ただそのシスターはかなり身分の高いものだったらしく、周囲には騎士やら僧侶やら沢山の人間が従っていた。それだけで只者でないことはわかったよ。そしてワシはそのシスターに拾われ、傷が完治するまで面倒を見てもらった。まさにワシにとって母代りだったともいえる」
「それで人間を襲わないの?」
「ああ、そのシスターの周囲の人間も良い者ばかりでな。よく一緒に遊んでもらったよ・・・草原をかけたり、一緒に寝たり・・・ワシが言葉をわからないと知っていても、懸命に話しかけてくれた。その経験を経てワシは人間の言葉が知りたくなった。せめて彼らに一言お礼を言いたかったのだ。だがそれはかなわず、彼らは大草原を去って行った。それから可能な限り人間を助けるようにし、なんとか人間と触れる機会を多く作って言葉を覚えるように努力した。実に200年ほどかかったがな」
「そっか・・・」
「もはやあのシスターは生きてはいまい。ワシの人生において、ただそのことだけが心残り・・・」
「・・・そのシスターの外見は覚えてる?」
ミランダが話に入ってきた。全員が意外な様子でミランダを見るが、リサはその意図を感じ取ったようだ。
「金の髪に緑の瞳だった。美しい・・・非常に美しい女性だった。魔獣であるワシが人間の外見を褒めそやすのも不思議な話だがな。だがそう思ったのだ・・・まるで人間ではないかのような美しさだった。聖女とはああいった者を指すのだろうな。だがそれがどうかしたか?」
「いや・・・(きっとマスターだ・・・!)」
その事に思い至るのはミランダとリサだけだったろう。そしてその時はそのまま何事も話さなかったが、晩御飯が終わり、寝静まった頃に再びミランダはファランクスの元を訪れた。
***
「ファランクス」
「やはり来たか・・・」
「話があるんだけど、勘づいてた?」
「ああ、何か知ってそうではあったからな」
「そう・・・多分アンタの話のシスターは、まだ生きてる」
ファランクスの目が驚きの色に染まる。思わず身を乗り出しかけるが、思いとどまり、ややあって落ち着きの色を取り戻した。
「それはなぜ・・・いや、話せる事情ならあの場で話しているな。聞かぬ方がよいのか」
「アンタは本当に賢いね。心配しなくても、アンタの存在を伝えたら向うから来るかもしれない」
「それは朗報だ。感謝するぞ、娘」
「ああ、ファランクスには世話になってるから、それだけは言いたくてね。・・・アンタ、寿命があんまり長くないんじゃないのか?」
またしてもファランクスの目が驚きの色を帯びるが、今度はすぐに元に戻る。
「・・・鋭い娘だ」
「エアリアルはそれを知って?」
「ワシから直接言ってはいないが、気づいてはいるだろう。あれも賢い娘だからな・・・もうワシも寿命が近いのだよ」
「そうか・・・例のシスターに何か伝言でもあるなら伝えてもいいけど?」
「そうだな・・・だが礼は自ら言いたいから、そのうちそちらに伺うと伝えてくれ。何、まだ後十数年は生きるさ」
「アンタが街に来たら大騒ぎだ」
「ククク、それもそうか。人生とはままならんな・・・」
「ああ、そうだね・・・何か他には?」
「1つだけ・・・そのシスターの名前はなんという?」
「本名かどうかは知らないが・・・ミリアザールという」
「ミリアザールか・・・良い名前だな。力強く、そして優しい」
「ああ、そういう人物さ」
「そうか・・・」
そのままファランクスは目を閉じた。ミランダは彼の睡眠を邪魔しないようにそっとその場を離れる。今夜はきっと良い夢をファランクスは見ることだろう。
***
翌日。最近カザスとユーティは暇だった。全員が訓練に明け暮れているせいで、彼らにはやることがなかったのだ。ファランクスの話もだいたい聞き終え、本格的に2人にはやることが無くなってしまった。訓練を見るだけの毎日など、身体的にも精神的にも不健康だと言わざるをえなかった。
そういうことで、彼らはファランクスの住処の探険をすることにした。もちろんファランクスには許可をもらってある。なにせこの住処の奥はかなり広く、馬で駆けても全く問題がなかった。実際カザスは馬を出しており、エアリアルの愛馬シルフィードではないが、彼女の副え馬の1頭である。
「さて、こちらには何があるのでしょうか?」
「にしても広いよね~。どこまで続いているんだろ?」
「さあ。でもそれを想像するだけでもワクワクしますね。僕は別に半刻程度で行き止まりでも構いませんよ」
「そうそう! このワクワク感が大事だよね?」
「気が合いますね、ユーティ」
「いやいや。カザスが気があるのは、ニアでしょう?」
意地わるそうにユーティが笑う。だがカザスは動揺を見せず、堂々と対応した。
「ええ、僕はニアさんのことが好きです」
「まっ・・・臆面も無く、よくそういうこと言うわね~」
「事実ですから」
「・・・からかい甲斐のない男! 皆に言ってやろうと思ったのに」
「それはどうも。言ってもいいですけど、その場合ユーティがファランクスを初めて見た時、驚きのあまりちょっとチビったこともばらしますよ?」
「うげっ、なぜそのことを・・・」
そんなとりとめもない話をしながら馬を進めるカザス達である。意外とこの2人は私的な場面で気が合った。非戦闘員という連帯感もあったのかもしれないが、妖精として書物にはないユーティの知識はカザスにとっては斬新で、カザスの考察力もユーティには興味深かった。
だが恋愛話が大好きでやたら人間臭いユーティの話にはカザスは興味は無かったのだが、それでも黙って話を聞いていた。彼は大学に戻ればとっつきにくい変人教授ばかりの中で、まだ親しみがある人間として人気がある部類に入っていたのである。ミランダあたりが聞いたら真っ向から反発しそうな事実ではあるが。
「・・・で、ニアのどこが好きなのよ~?」
「全てです」
「そんな答え面白くないわ。特にどこがイイのよ?」
「いや、仕草とかが女性らしくて可愛らしいですよ。性格もまっすぐだし。それに僕には無い物を沢山持っています」
「ふ~ん、じゃあミランダはどうしてダメなの?」
「彼女は美しいですし根は優しいけど、気が強いし口が悪いので、僕とは毎日ケンカになるでしょうね」
「今でもしてるけどね・・・フェンナは?」
「お嬢様は僕には合わないですよ。なんせ僕は結構貧しい平民出身ですから」
「それならアルフィリースとかはどうなの?」
「彼女も素敵な女性ですが、僕では彼女の邪魔をしかねないですよ」
「それはどうゆう・・・」
「それより」
ユーティの疑問はカザスの強い言葉によって遮られた。ユーティがカザスを見ると、表情が険しく変化している。そして馬から飛び降りたカザスは壁を調べ始めた。
「どうしたの、カザス?」
「変だと思いませんか、ユーティ。もう僕達はそろそろ1刻以上も馬を駆っているのですよ?」
「え、そんなに経った?」
「ええ、計ってましたから。なのに洞窟は全く狭くならず、むしろ分岐がどんどん出てきている・・・これは予想以上の大洞窟なんじゃないでしょうか? 下手をすると大草原全体に広がるような・・・」
「まっさかぁ!?」
ユーティが信じられないといった表情をするが、カザスは腕組みをし、真剣に考えている。
「確かに細かいことはわかりませんが・・・もしそうだとすると、これは天然の洞穴ではない」
「じゃあなんなの?」
「遺跡の類いですね」
「こんなデカイ遺跡、誰が作るってのよ!?」
「それは・・・ん?」
その時壁を探っていたカザスが何かに気付いたのだった。
続く