封印されしもの、その19~テトラポリシュカ①~
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「ほほう、ではアルフィリースはグウェンドルフに育てられたのか」
「うーん、ちょっと違うけど、よく遊んではもらったかな」
「あの暴れん坊で面倒くさがりの真竜が、よく人間の子どもの面倒を見たものだ」
「その話、ちらほら聞くんだけど本当なの?」
「当時は非常に有名な話だ。何せ大戦期があったのは奴の怠慢が原因だと揶揄する者もいたくらいだ」
「ええ? そんなにひどかったの?」
「そうだな、他にも――」
テトラポリシュカが別室にてアルフィリースたちと戦おうと申し出、全員で移動中にアルフィリースとテトラポリシュカは戦闘で他愛のない話に熱中していた。全員はこれから待ち受ける試練にげっそりと、あるいは非常に緊張していたのだが、アルフィリースだけはどこ吹く風だった。そして今も、テトラポリシュカと世間話に熱中しているのだ。
そして間もなく開けた場所に出ると、テトラポリシュカは全員を中央に誘導した。
「ここは多少空間を捻じ曲げ、広く見せてある結界の一種だ。ここなら少々暴れても建物には影響ないし、存分にやってもらって構わん。ここでお前たちの実力を見せてもらおう」
「戦いの条件は? 殺し合いになるようなら本末転倒ですが」
「お前たちは何の武器を使ってもよいことにしよう。私はこのままだ。なんなら全員でかかってきてもいいぞ?」
「冗談でしょう? こちらはそれなりに魔王討伐でも実績を挙げた人間が――」
リサが反論しかけて、その言葉を途中で飲み込んだ。テトラポリシュカから立ち上る威圧感が、リサを黙らせたのだ。
「勘違いしないでもらおう、手加減してやると言っているのだ。これでも大魔王と呼ばれるからにはそれなり以上に理由があってな。人間を含め、他の勢力と戦うこと数百余。私はそのほとんどの戦場で勝利したのだ。剣帝すら何度も退けてな。いかに封印から目覚めたばかりとて、おぬしらごときがどうにかできるような私ならば、とうの昔に滅んでおるわ」
「剣帝って・・・」
「では、遠慮なく行かせていただきましょう」
アルフィリースがテトラポリシュカの言葉に質問をする前に、一番手として飛び出したのはヤオ。放たれた矢のように最後尾から突撃した彼女は、テトラポリシュカにその蹴りを止められるまで、何が起きたか誰も理解していなかった。
「ほほう、速いな」
「なんの、まだまだ」
一度離れた両者が間を取り、テトラポリシュカは楽しそうに悠然と構え、ヤオは歩調をとりながらその周囲をゆっくりと回る。徐々に足さばきが早くなると、緩急を付けながらその動きが複雑になっていく。すると、ヤオがまるで数人いるかのように残像が出現していた。
「珍妙な足捌きだな、面白い」
「止めれるものなら、どうぞ」
ヤオの姿が掻き消えると同時に、テトラポリシュカの周りで何発もの炸裂音がした。おそらくは攻防があったのだろうと見えなかった者も推測したが、二人の表情を見る限り何があったかは明らかだった。
驚きが隠せないヤオと、表情を変えないテトラポリシュカ。ヤオの攻撃は全て防がれたようだ。
「――!」
「中々速い。だがお主より速い者を、私はあと5人は知っている」
「くっ」
ヤオの攻撃はさらに速度を上げたが、その変幻自在な攻撃にもテトラポリシュカはなんなくついていく。呆然とするアルフィリースたちだったが、傍観者に徹するほど周囲も大人しくはない。
ヤオの攻撃の間をぬって、ニアの拳が割って入った。曲線を描くヤオの攻撃と、一直線に伸ばされるニアの攻撃。符丁はぴたりと合いながらも調子の違う攻撃に、テトラポリシュカの防御が開いた。
「隙あり!」
「ヤオ! まだ早い!」
隙と見て攻勢を強めたヤオだが、テトラポリシュカの姿が一瞬消えたかと思うと、ヤオの背後から当身をくらわせてヤオを地面に叩きつけていた。気絶こそしなかったが、全身に電撃のような衝撃が流れたことで、ヤオの動きが完全に止まってしまった。
「か、はっ」
「ふう、全力ならば瞬間的にはそなたの速度を上回れるか。昔はもっと楽に動けたのだが、流石に年か。年は取りたくないものだが、そなたは若すぎる。この程度の隙を作りだしたくらいで乗ってくるようでは、まだまだ」
テトラポリシュカがヤオを見下ろすが、その姿がなんとも似合うとニアは感心してしまった。やられたのは妹なのだが、このくらいで心を乱していては戦えないと、ニア自身も自分を戒めていた。
テトラポリシュカがニアを見て、興味深そうに問いかける。
「最近の獣人は自制心が強いのか? 目の前で仲間をやられて様子を見るなど、以前はそなたのような者はいなかったが」
「強くなるのは己の無力を知ってからだとゴーラ老に教わった。私もそう考えている。誘いの単に乗るほど愚かではないつもりだ」
「冷静よな。しかし、ゴーラとな。あの狸爺、まだ生きておるのか」
「健勝だよ。それに、勝利するには私自身が勝つ必要はないと考えている」
「ふむ。で、これか」
テトラポリシュカとニアを取り巻くのは、炎の獣と闇の蛇。それぞれミュスカデとラーナが作り出した魔術を展開した。足元にいるヤオはよいのか、とテトラポリシュカが言いかけて、突如炎と闇が牙をむき出しにして襲い掛かってきた。
予想外の攻撃にテトラポリシュカが目を剥いた隙を逃さず、寝ていたはずのヤオがテトラポリシュカを蹴飛ばして体勢を崩す一方で、自分はその場を離脱する。攻撃が通るかどうかはさておき、直撃は免れない。ミュスカデとラーナはそう確信したのだが。
続く
次回投稿は、2/9(月)15:00です。




