封印されしもの、その18~狭まる包囲網③~
「あ、すんません。さっき黒の魔術士とおぼしき連中が打ち合わせた料亭で、記憶を探ってきたんですわ。さすがに痕跡を消すような魔術を行使されていたんで全部再現するってわけにはいかんかったけど、一部再生には成功してますわ」
「アタシが見れる形で再現できる?」
「現場に行けば」
「では行きましょう。先に行って準備しておいて」
「ほなすぐにでも。あ、結構驚きの内容かもしれませんよって」
「楽しみね。メイソンは次の仕事があるわ。隔絶された大地に行ってもらいます」
「・・・確かピレボスの一部に、氷原の魔女が封印で通行規制を敷いて大魔王テトラポリシュカを封じたとかなんとか。封印が解けたとでも?」
「アルフィリースたちが動いたからには間違いないわ。アタシも今回は何も聞かされてないから、事実を探ってきてほしいの」
「仮に――テトラポリシュカと戦うことになったら?」
メイソンが鋭くその可能性を指摘した。その言外の意味をミランダも察したのだ。
「判断は現場に任せます。仕留められそうなら仕留めなさい、たとえアルフィリースたちの意に反するとしてもね」
「本当にいいので? 無二の親友だと聞きましたが」
「アルフィリースがこちらに何の連絡も寄越さないのが悪いのよ。アタシだって全てを把握できもしないし、庇えもしないわ。アタシにも秘密にしたいことがあるのかもしれないけど、テトラポリシュカはアルネリアのとってはかつての仇敵よ。彼女のせいで、どのくらいの人間が死んだと? 最終的には大人しくなったといっても、いつ心変わりするともわからない。黒の魔術士に対抗するには、不確定要素は可能な限り消すに限るわ」
「ではそのように」
戦いの予感に口元をゆがめたメイソンが一礼をして去った後で、アルベルトが二人になったことを確認してミランダに話しかけた。
「ミランダ様、よろしいのでしょうか」
「何が?」
「全てが、です。アルフィリース殿の件もそうですが、今メイソンをテトラポリシュカのところに派遣せずとも。彼の実績と実力は申し分ないですが、何をしでかすか本当にわかりません」
「それはアルフィリースも同じだわ。アルベルト、私が懸念するのはね。アルフィリースがもしかしたらテトラポリシュカを味方にしてアルネリアに連れてくる、なんてことをするのではないかと思っているのよ」
「大魔王を仲間に? まさか」
「ありえないと言い切れる?」
アルベルトはかつて共に戦ったアルフィリースを思いだす。その後、何度か深緑宮でアルフィリースとは面識があるが、確かに自由闊達な人物ではあったが。ミランダと親友になり、ミリアザールと平然と渡り合うあたり、確かにその心配は否定できない。
「ない・・・とは言い切れませんね」
「でしょう? だけどテトラポリシュカをもし仲間に引き込むようなことがあれば、さすがにアルネリアの関係者は黙っていないわ。間違いなくラペンティや、あるいは別の勢力が機を得たとばかりにアルフィリースを排除しようと動くでしょう。私と最高教主も、立場上静観を決め込めない。ならば最初からメイソンにぶち壊してもらった方がよほど平和的だわ。メイソンだって馬鹿じゃない。まさかアルフィリースを殺しはしないでしょう」
「そう、言いきれますか?」
聞き返されたアルベルトの質問にミランダは少し目を閉じ、やがてすっと見開いてアルベルトをはっきりと見た。深青の瞳が一層深くなったように見える。
「もし死んだのなら――それはそれで諦めるわ。ここで死ぬようなら、所詮その程度。オーランゼブルや黒の魔術士など相手にできるはずもない。その前に私の手で死ぬことになるのだから、むしろ慈悲よ」
「迷いませんか?」
「そうよ。文句ある?」
「いえ」
アルベルトは一礼して謝辞を述べた。ミランダは頭を下げたアルベルトを置いて歩き出す。
「さて、これからさらに忙しくなるわ。メイソンの報告が上がってくれば、状況に応じて各地の教会や口無したちと連絡を取るようになるでしょう。並行して、アルネリア記念式典の準備や統一武術会も行うのよ。あなたは私の補佐に専念できるのでしょうね?」
「獣化の調整は今少しかかりますが、安定させるだけです。日常業務には支障がないかと」
「魔晶石はとりあえず、現行の神殿騎士団の分は完成したわ。深緑宮に届き次第、各団員に慣れさせなさい。あれの使用には神殿騎士団といえど訓練が必要だわ。統一武術大会までに間に合わせるのよ」
「統一武術大会に、ですか?」
「黒の魔術士が何も仕掛けてこないと思っているの? 戦の趨勢はそれまでに何をしたかで決まるのよ。今から準備をしてしすぎることはないわ。もし黒の魔術士どもがのこのこ現れるようなら、私とあなたで捕えるのよ」
「二人で、ですか」
「今のアタシたちならできるわ。日に日にアタシの力が強くなるのを感じるの。修行の成果が出てきているのでしょうけど、こんなことならもっと早くに真面目に取り組んでおけばよかったわね。自分でもこんなに素養があったのかと不思議に思えるくらい――」
それからミランダは何事かをぶつぶつとつぶやき始めたので、アルベルトはそっとしておいた。ミランダが独り言をつぶやくときは、たいてい新しい作戦などを考えている。その後には良案が浮かぶことが多いため、アルベルトはその思考を妨げないことにした。ただ、その背中に畏怖を覚えるのはなぜだろうと、最近では考えるようになっている。
季節は冬が深まろうとする頃、もうすぐ初雪が降るだろう。アルベルトはアルネリアの準備が着々と整うことを実感していたが、既に北方では動きが起こっていようなどとは思いもよらなかった。
続く
次回投稿は、2/7(土)15:00です。




