封印されしもの、その17~狭まる包囲網②~
「だがヒドゥンが釣れたのは、でかかった。特にこのタイミングは」
「もう標的化を終えたの?」
「ああ、これでこの大陸にいる限り逃がしゃしねぇ。どこにいようが、その居所が俺にはわかる。地の果てまで追いかけることも可能だ。そして、奴がこれから何をしようとしているのか、突き止めることも可能になるだろう、でしょう」
「それに、奴がスコナーを咥え込んでいたというのがわかったのも大きいわね」
「! ミランダ様!」
その現場に現れたのは、アルベルトを伴ったミランダ。ミランダの声を聞くなりメイソンは片膝をついて最上級の敬意を表し、ポランイェリは軽く会釈をしただけでその場に立っていた。
ミランダはメイソンの様子を見るなり、内心で盛大にため息をついた。現在の巡礼者の中で最強と呼ばれるメイソン。長らくアルネリアに戻ることすらなく、ひたすらに討伐任務を繰り返す男がいると聞いてどんな男かとミランダは調べてみた。
討伐実績は比肩する者なし。二番手のラペンティですら比較対象にすらならず、ミランダが300年近くかけて積み上げた討伐実績と比較しても遜色ない討伐数。だが一方で一般人を巻き込むなどの問題行動も多く、その面談には細心の注意を払ったのだが。
面談室に剣呑な、あるいはふてぶてしい態度で入ってきたメイソンは、ミランダの姿を見るなり突如として涙をとめどなく流し、ミランダがやめてくれと懇願するまでその佇まいを褒めぬいた。メイソン曰く、ミランダは聖女の生まれ変わりだとかなんだとか言っていたが、エルザや楓には「うまく誑かしましたね」と一蹴された。困惑しているのは、当のミランダなのだが。
今はとりあえず、上手くいったと考えるしかない。黒の魔術士をあしらってなお余力を残す男が仲間にいるのだから。そしてその能力も魅力的であり、今後の戦略に欠かせぬことは明らかだった。特に、一度出会った相手を半永久的に追跡できる能力。今までその存在が報告されながらも、何をしているか全くわからなかったヒドゥンの追跡が可能になったのだ。黒の魔術士が各国で行った工作のいくらかはこれでわかるかもしれない。
そんなミランダの内心などさておき、メイソンは尊敬の眼差しをミランダに注いでいた。ミランダが辟易しようがおかまいなしに。
「今日も御姿、麗しゅうございます」
「ほんの一刻前に打ち合わせた時にも同じことを言われたけど」
「しかしその一刻が私には千日にも――」
「アルベルト、しばらくその男に猿轡でもかましといて」
「御意。縛り上げる方法はいかがいたしましょうか」
「誤解招くような聞き方すんじゃないわよ! ただでさえ最近頭痛ひどいんだから、これ以上余計なことで悩ませないでよ、もう。
それよりスコナーの連中なら、おそらく彼らのまとめ役の一人に面識のある奴がいるわ。連絡が取れるかもしれない。上手くすれば外と内から攻めることが可能かもね。ポランイェリ!」
「はい」
ポランイェリは軽く敬礼風の調子で、おどけて返事をした。いつもこのような態度の男なのでミランダももはや気にしない。それでも与えた仕事はきちんとこなすので、重宝している。特に情報の統制などをやらせれば巡礼の中では随一だろう。戦闘能力はさほどでもなさそうだが、番手が10番近くまで上がってきたのも頷ける。巡礼は戦闘以外の実績でも評価されるからだ。
「資金が必要だわ。アルネリアの財源も無限じゃないから、そろそろ周辺諸国や貴族の子弟からの援助が必要ね。そのための工作、根回しをお願いできるかしら?」
「具体的にはどのくらい必要ですか?」
「あなたの才覚でできる限り集めなさい。金はあるだけあって困ることはないわ、どのみち戦争になるだろうしね。戦争になれば物流が滞り、各国の財布は紐が固くなる。その前にこちらの財源を潤沢にしておきたいのよ」
「なるほど。それではご期待に沿えるかどうかわかりませんが、不肖ポランイェリめが全力で各国の金づるを絞り上げてみましょう」
ポランイェリは少々大仰にお辞儀をすると、その場を去ろうとした。その背後から、ミランダが思い出したように一つ声をかけた。
「ああ、そうだ。思い出した」
「なんでしょう?」
「以上のこと、マスターであるミリアザール様に報告しておいてね」
「はい、やっておきましょう。他には?」
「そうね、あなたも『ご主人様』に尽くすのはほどほどにしておきなさい」
「は? しかし私はアルネリアに忠誠を――」
「一つ教えといてあげるわ、ポランイェリ。この世の中、死ぬまで貫き通せるだけの信念なんてそうそう存在するものじゃない。忠誠も、愛情もしかり。これと決めたら一つに絞るものよ。何をどういうつもりなのかはしらないけど、二兎を追おうとしたら一兎も追えない体になるわ。覚えておきなさい、アタシは容赦ないわよ?」
「――はい、承知しておきましょう」
ポランイェリは表情を変えず再びその場を去ろうとしたが、服の下の汗を悟られないために足早になったことは否めなかった。ポランイェリがその場を去って、ミランダがメイソンに厳しい目を向けた。
「メイソン、彼にもマーキングしたでしょうね?」
「ああ、命令通りにやってます。しかしポランイェリがアルネリアを裏切っているのか? 口や態度はあんな奴だが、忠誠心や仕事への熱意は本物だと思うのだが」
「いえ、おそらく裏切ってはいないわ。だけど、後ろ暗いことがあるのは間違いないでしょうね。それが何かを調べなければいけない。はっきり言って、ラペンティがミリアザール最高教主の暗殺を企んだと、アタシは睨んでいる」
「穏やかじゃないな。俺の前でそれを話してもいいのか、いいのですか?」
「問題ないわ」
メイソンは即答したミランダの方をちらりと見たが、その瞬間背後に控えたアルベルトと目が合い、思わず目を逸らした。メイソンには珍しいことだったが、アルベルトと真っ向から睨み合いたくないと思ったのだ。
「(あいつ・・・前は大人しい印象だけだったが、いまじゃ獣みてぇな目をしやがる。三男坊がおかしくなって死んだとかなんとか聞いたが、それが関係してんのか? まあいい。俺が気圧されるとは、やりがいのありそうな雰囲気になったじゃねぇかよ、ええ?)」
メイソンは薄ら笑いを浮かべようとして、その折に自分が苦手な男がその場に現れたことに気が付いた。
「! ブランディオか。テメェ、気配を消すなっていつも言ってんだろうが」
「ワイもいつも言ってるけどなぁ、これは癖や。十分対応できるくらいの間合いで気付いてるんやから、ええやないの」
「それでも気に食わねぇんだよ!」
「狭量なお人やな。番手も年もワイより上のくせしおって。そんなことやから――」
「アタシを無視して言い合いとは良い度胸ね、二人とも。ブランディオ、報告なさい」
言い合うメイソンとブランディオは、怒気を孕んだミランダの声を聞くとびくりとして、慌てて体裁を取り繕った。不思議なことに、ミランダに怒られるとラペンティ派だろうがなんだろうが、頭が上がらないのだ。
続く
次回投稿は、2/5(木)15:00です。