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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その16~狭まる包囲網①~

***


「はっ、はっ、はっ」


 荒い息遣いで細い路地を抜けていくのはヒドゥン。彼の自慢の不死の肉体は既に再生を止め、力と命の源たる血は流れ出て戻ることがない。ヒドゥンは青ざめた表情をしながらも、怒りと屈辱に全身を震わせていた。


「くそっ、くそ! あのような人間に、私が200年かけて完成させた魔術を!」

「誰があのような人間だって? ですか?」


 怨嗟の言葉を吐いたヒドゥンの頭上から、メイスを持ったメイソンがとびかかってきた。振り下ろされた一撃をすんでのところでヒドゥンは躱したが、またしても追いつかれてしまった。逃げること三度、そのたびに追いつかれる。どのようにして追いついているかも不明だし、第一逃走中にほとんど町中の人間を見かけない。相当の距離を移動しているはずだが、これほど広域に結界を展開しているとなれば、用意周到なのは明白。今回の会合は事前にばれていたと考えた方がよいかもしれない。

 そうなると、誰が情報を漏らしたのかということになるが、今は考えてもしょうがない。それよりも目の前の危機を突破することが先決だ。それにしても侮ったのは、メイソンという巡礼者の戦闘能力。


「私の魔術を無効化するとは、貴様は一体何をした!」

「別に魔術の基礎以外、何もしてねぇよ、してませんよ」

「魔術の基礎、だと?」

「出来の悪い奴に一つ講義だ。魔術の行使には色々な種類がある。たとえば対価を支払う、理論を理解する、精霊と交信する。俺は後ろの二つをやっただけだ。お前の魔術は自分の錬成。傷の修復速度や筋力強化、それに体液を制御するってところだな。だがそれらは元をただせば水、土、金の複合魔術に過ぎん。理解し、精霊と交信し、お前の魔術を無効化した。それだけだ、それだけです」

「そんな馬鹿なことが――」


 あるわけがないと言おうとして、むなしい響きだとヒドゥンは理解した。現実にその馬鹿なことが起きたのだ。必要なのは、嘆きではなく解決策。だが、基本に忠実なだけであるほど、打破は困難となる。何より戦闘をしながらこれほど冷静にそれらの行程をこなせる相手を、ヒドゥンは見たことがない。

 さらに200年以上修練を積んだはずの体術でも、圧倒的にメイソンの方が上だった。神官のくせに格闘術が強いとは何事だと思ったが、巡礼者に常識があてはまるはずもない。何の準備もしていない状態では、これ以上は戦い様もない。となると、なんとしてでも逃げる必要があるのだが、メイソンの追跡はこの上なく正確だった。


「(あと少し、あと少しか。時間が稼げれば・・・)」

「そろそろ鬼ごっこにも飽きたな。死ぬか? 死にますか?」


 メイソンがゆっくりとヒドゥンに近づこうとして、突如その場所に割って入る何者かの気配を察知した。メイソンは気配の察知と同時に、気配に向けてメイスを振りかざした。何者であるかなど確認はしない。結界の中に入れる段階で、普通の人間ではない。そして作戦上、戦闘中に割って入るなど自分の仲間でないことは明らかなのだから。

 メイソンはメイスを握った左手に、頭蓋を叩き割った衝撃が伝わるのを感じた。同時に、新たな気配がその相手の背後に出現するのを感じた。


「隠形の術――囮か!」


 頭を叩き割った相手と、突如出現した相手。その様相はただの町人に見えたが、メイソンはその正体を一目で見破っていた。割った入った者は目くらましを使い、さらに式獣を召喚して気配を分散させた。


「ヒドゥン様! お逃げを!」


 ヒドゥンは救援が来ると、助けに来た者を褒めるでも命令するでもなく、ただその場を一目散に離脱した。その場に残って時間を稼ごうとした男は、ヒドゥンが離脱したことを確認し、式獣がメイソンと戦うために援護をしようとして振り返った瞬間に、その喉笛を抑えられていた。


「ぐぶぇ」

「お前ら――スコナーか」


 メイソンが町人の瞳に手をやり、瞳を隠していた色レンズを外す。そこにはスコナー本来の赤い瞳があった。


「なるほどなぁ。人形どもを始末しても、何重にも工作員はいるってことか。どうりで情報戦で中々有利に立てなかったわけだ。オーランゼブルの奴、現代の戦のやり方まで知ってるんじゃねぇか。なかなかどうして面白い――なっ!」


 メイソンが楽しそうに、そしてやや腹立たしそうに笑って手に力を込めると、スコナーの首の骨は折れていた。力なく崩れ落ちたその体をメイソンが確認すると同時に、建物の陰から別の声がかけられた。


「メイソン、ヒドゥンは逃がしたのですか?」

「ポランイェリか。ああ、逃がしてしまった。『計画通りに』な」


 その言葉にポランイェリはやや目をぱちくりとさせたが、メイソンは面白そうに笑っていた。


「計画通り? ここまで大規模な陣を敷いて、黒の魔術士を仕留めにいったのに?」

「こんなのは作戦とは言わん。黒の魔術士複数人がこの対象内にいれば作戦は発動させていないし、誰もひっかからない可能性、あるいは別の誰かが来てしまう可能性もあった。ただ情報は結果として本当だったことは確認できた。ヒドゥンは会合の後に一人でここに出現したからな。

 わかったことは、黒の魔術士ももはや一枚岩ではないという事実と、ヒドゥンの底が知れたということだ。今度は奴に対応できるだけの能力をもった連中を選べば、問題なく仕留められるだろう。大魔王なんぞの案件よりも、よほど楽だ」

「ミナール大司教はそのヒドゥンにやられたのだけど?」

「大司教どもの仕事は戦闘じゃねぇ。奴らの仕事は布教という名の喧伝であり、アルネリアの表の仕事と、机の上の雑務処理だ。能力はあっても、俺たちほど修羅場をくぐり続けているわけじゃねぇ、ありません。

 それより、奴らの裏切り者は誰なんだ? 誰の情報で今回の作戦を考えた? 結界の準備をしたのはお前なんだろう、君だろう」

「君とか言わないでよ、気持ち悪い。ただそれは僕も詳細を知らされなかったし、なんとも言えないね。これからもこちらに情報を流してくれるようではあるけど」

「踊らされているんじゃねぇのか」

「操る側も操られる側も、糸で繋がっていることに代わりはないさ。そこを上手く操り返すのが、僕の仕事だ」

「確かにそうだ」


 メイソンが衣服を整え、仕事の後の一服を入れる。既に結界は解け、辺りは日常の喧騒を取り戻していた。メイソンとポランイェリは路地裏の一画に腰かけたまま、薄暗がりからまぶしい街路を眺めていた。



続く

次回投稿は、2/3(火)15:00です。

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