封印されしもの、その13~従わぬもの③~
そうして多少の波乱を起こしながら、黒の魔術士の集まりは解散となった。次に集まるのは未定だが、必要なければこのまま計画の発動になるかもしれない。ドゥームは悩んだが、顔を上げると何かを決意したかのように姿を消した。そしてそれぞれが闇に姿を消していく中、ヒドゥンだけが普段通りにそのままの姿で町へと出て行った。彼にはこの町でやるべき仕事があるのだ。
足早に歩くヒドゥンは、黒の魔術士の中で最も忙しい。彼の仕事は潜入工作、各地の物流の流れを把握し利用あるいは望外する、要人の暗殺、紛争の調整など多岐にわたる。各地にマスカレイドのような工作員を複数抱えながら、ダルカスの森にあったシーカーの里を攻め落とした時のように、困難な案件には自ら乗り出していく。その影にウィスパーの協力があって初めてできることではあるかもしれないが、最も献身的に、そして意欲的に取り組んでいるのはヒドゥンだった。そうすれば望みは叶うと、ヒドゥンもまた妄執で動く男だった。
これからもさる貴族のところに赴き、反乱を促す予定だ。度重なる交渉で密談にまでこぎつけたヒドゥンだが、この交渉が上手くいけば東の諸国の結束にまた一つひびが入るはず。面倒だった仕事を前に、思わず独り言で愚痴をこぼすヒドゥンである。
「ふん。サイレンスが生きていれば、さっさと殺して人形に挿げ替えることも可能だがな。面倒なことになったものだ」
「面倒ですか、そうですか。大いに結構じゃねぇか、ないですか?」
ヒドゥンは突然側面から話しかけられて飛びずさった。誰かがそこにいるとは感じていなかったからだ。いや、既に周囲には人がほとんどいなくなっている。さほど裏道を使ってもいないのに、昼間からおかしな状況だった。
ヒドゥンの側面にいた男が、ゆっくりと立ち上がった。茶色のローブを落した男は、下に白の神官服を着込んでいた。ヒドゥンがその正体に気づく。
「貴様、アルネリアの巡礼か」
「除籍されてないから、一応そうだな、そうですね。三番のメイソンだ。お前がヒドゥン、黒の魔術士の副長で人間と吸血種の混血。父は最上位の吸血種ブラド=ツェペリンで間違いないか?」
「・・・! なぜそれを」
「知っているかって? そりゃあ俺が吸血種を狩って回ったからに決まってんだろうが、決まっていますよ!」
メイソン取り出したメイスをひゅんと振り、手ごたえを確かめる。もう既に戦闘態勢に入っていたのだが、ヒドゥンはそれどころではなかった。オーランゼブルにさえ詳細を語っていない出自。なぜそれが人間に知れたかが問題だったが、吸血種が人間に漏らしたというのか。あの無駄に誇りだけが高くなった、中身のない吸血種たちが。
「でたらめを言うな、人間が! 吸血種の王はアルネリアの討伐を10度以上退け、その栄華を築いたのだ。大魔王として認定こそされていないが、同等の力を持つとしてアルネリアとは裏で不可侵の約束をしていたはずだ。また大魔王スピアーズの四姉妹との戦いでは、アルネリアと共闘したこともある。討伐する理由もない!」
「何を眠たいことを言ってやがる、青二才が。だからテメェは吸血種たちから愛想を尽かされるんだろうが、ですよ。状況は刻一刻と変わってるんだ。これから黒の魔術士っていう大物を相手にするのに、後顧の憂いを断っておかねぇ馬鹿がどこにいる。ミリアザールがそれほど間抜けに見えるのか?」
「それではまさか・・・」
「既にテメェらとの戦いに反対した吸血種は、粛清済みだ。王であるブラドにも協力を要請してある。まさか自分の落し胤が、黒の魔術士にいるとは思ってもいないだろうがな。面倒なことになる前に、テメェは消しておくべきだ」
「・・・ククク、ハハハ!」
ヒドゥンは大声で突如として笑い始めた。メイソンはその様子を訝しんだが、人除けの魔術を使っているので誰かが反応するわけでもない。既にヒドゥンはメイソンの結界の中におり、メイソンの自由になるのだ。メイソンは余裕たっぷりに理由を問うた。
「何がおかしい?」
「いやいや、私の望みはいずれあの吸血種共に復讐しに行くことだったのだ。そのために力を蓄え、オーランゼブルに協力しその魔術や知識を学んでいたが、手間を省いてくれて嬉しいよ。まさか人間ごときに、あの増長しきった一族を粛清できるほどの猛者がいるとは思わなかったが。
だが!」
ヒドゥンはぎろりと血走った眼をメイソンに向けた。元々神経質そうな、陰険な目つきのヒドゥンである。その視線は一本の毒矢のようにメイソンには感じられた。
「私の積年の恨みを横取りされたようで我慢がならんな! 貴様は私の手で十分に苦しめたのち、生きたまま解体してくれよう」
「意外に短気だな、お前は。もっと冷静な奴が参謀を務めているのかと思っていたが。どうやらオーランゼブルは貴様を頼りにしていないようだな、ようですね」
「ふふ、それはそうだろうな。あのハイエルフは、己以外誰も信じておらぬわ。人間はおろか、自分すらもどうでもよいようだからなぁ!」
オーランゼブルに対する侮蔑ともとれる叫びと共に、ヒドゥンがメイソンに襲い掛かった。ヒドゥンは目の前に現れた男が巡礼であることくらいは知っていたが、どのくらいの強さなのかは全く想定していなかった。一度アルベルトとドゥームの戦いの顛末を聞き、アルベルトがアルネリアの中でミリアザールの次に強いのなら、さほど大したことはないだろうと考えていたのだ。
ある意味では正しい推測。騎士として最も強いのはアルベルトで間違いない。だが、アルネリアの裏で人知れず魔物を処分し続けてきた巡礼者の強さを、ヒドゥンはまるで考慮に入れていなかった。メイソンの実績を知っていれば、ヒドゥンとてもう少し慎重な手段をとったであろう。そう、齢30歳の時に、既に800年の歴史を誇るアルネリアにおいて最多の魔物討伐の実績を持っていると知っていれば。
怒りに冷静さを欠いたヒドゥンが襲い掛かる時、メイソンの口角が歓喜で吊り上がったのを気に留める余裕はヒドゥンにはなかった。
続く
次回投稿は、1/28(水)16:00です。