大草原の妖精と巨獣達、その11~修行風景~
「私とエアリーってどこが違うの? 身体能力はそこまで差がないのに、戦闘能力には大幅に差があるように感じるんだけど?」
「3つ程理由があるな。1つは経験。私は生まれてからずっと大草原で暮らしてる。だから大草原の生物に対する戦い方は心得ている。その点アルフィリースは全てが初めてだから上手く出来なくて当然。人間は初めて戦う相手の前ではその力は半分も出せないと思ってもいい。実際に私も外の人間や魔物と上手く戦えるかどうかは疑問だ」
「なるほど・・・それであんなに流れるように戦えるんだ」
「2つ目は、アルフィリースは体に力が入りすぎている。もっと体も心もゆったり構えて、引かれては押し、押されては引く。そして隙を見つけて倒す」
「う、う~ん??」
「どんな生物にも独特の間、行動、隙がある。一見なさそうに見えても、何か仕掛ければ必ず隙はできる。だから必要なのは『決める』一撃の多さではなく、『崩す』一撃の種類の多さ。わかるか?」
「なんとなく、は」
「3つ目は、我は戦うときに風の魔術で自身を強化している。武器を魔術で強化できるなら、自分の体だってできるだろう?」
「その発想は聞いたことあるけど・・・かなり難しいよ?」
「もちろん強制的に外の力を使って体を働かせるわけだから、1つ間違えれば自分の体を壊しかねない。だから強化するといっても、ほんのちょっと瞬間的に強化するだけ。そういう意味で風の魔術はかなり戦闘向きだ。自分移動速度そのものを上げることができるからな」
「そうか、それなら私にもできるかも」
「ああ、風の使い方を練習するといい。我が手伝おう」
そうしてアルフィリースの新しい技術の実験台になるのはミランダだった。ミランダは実際あまり器用ではなく、エアリアルが教えることも基本的な体術以外にあまりなかった。彼女自身がいつぞやアルフィリースに語ったように、戦士としての腕前は確かに一流とは言いにくいのかもしれない。
だがこれはミランダの身ならず他の仲間も気づいてはいることだが、何でもありの殺し合いをすれば、一番強いのはミランダだろう。ミランダの薬品技術は幅が広く、爆薬、毒薬、麻痺薬、眠り薬--なんでもありに近かった。一度風上さえ取ってしまえば、知らないうちに毒をかがされてもわからない。加えて神聖魔術も行使できる不死身の彼女は、生半なことでは負けはしないだろうことは安易に予想がついたのだ。
***
そしてリサはファランクスにセンサーとしての応用技術を教わっていた。
「では昨日のおさらいだ。地表の形沿ってにセンサーを張り巡らせてみろ」
「はい・・・」
リサが目を閉じ、集中してセンサーを張り巡らせる。地表の形を感知し、じりじりとそのセンサーの影響範囲を広めていく。壁に到達すれば同じことをし、壁に添わせるようにセンサーの範囲を広げ、遂には天井に至り15m四方×高さ7m程度の部屋を覆うようにセンサーを張り巡らせる。
今までリサが行っていた探知は、ソナーのように気を自分を中心とした放射線状に飛ばすことだけだった。方位を絞れば負担も減る分それだけ飛距離も伸びるが、ソナーは感知速度が速い分、細かな探知はできないという欠点があった。
また周囲の地形と比べて不自然な物体を感じたり、動くものを感知することはできたが、その生物の特徴――例えばおおまかな外表の形は判断できても、硬さまではわからなかった。だから「人間らしきもの」はわかるが、細かく確認するには何度もソナーを飛ばし、それが自分の知っている者かどうかを確認する必要があった。レクサスはリサが何度もソナーを飛ばすその様子を指して、「素人」と言ったのである。
もちろんリサの周囲には常にある程度のセンサーによる結界のようなものが張り巡らされているが、それもまた波動だったのである。一定周期で20m程度に波動を巡らせ、その中に引っ掛かったものをリサが知ることができるようにしてあった。だが波動であればその波動の切れ間に一気にリサに近づけば感知されることもないし、またよしんば波動に当たったとしても波動と同調させてしまえば近づくことは簡単だった。もちろんそういった技術はレクサスだからこそ可能だったのだが、ブラックホークには同様のことができる者が10人前後はいる。またセンサーの警戒をかいくぐるのは暗殺者では必須の習得技術であったので、かれらにとってもリサの警戒の仕方は実に稚拙に見えたことだろう。
現在リサが行っているのは、暗殺者でさえ感知するような警戒の方法であった。つまり部屋自体を自分の延長線上と考えて気を張り巡らせる。気を張り巡らせる分精度は高く、触れる者全てを感知できるが、同時にかなりの精神的疲労を伴い、持続時間も短めである。
「うむ、まずはよかろう。では現在部屋に我々以外の生物、特に昆虫の類いが何匹いるか答えてみよ」
「・・・地面に7、壁に・・・25、天井に8」
「ワシの背後の壁には?」
「1」
「その形は?」
「ムカデのような多足類かと」
「よかろう、合格だ」
リサが集中を解く。だが合格をもらったにもかかわらず、どこか不満気だ。
「どうした? 合格だと言ったはずだが」
「・・・2週間かかってやっとです。リサは自分のでき無さ加減に呆れているのです」
「そうか・・・」
ファランクスは軽く肯定しただけだったが、実はこの訓練はリサと同じCランクのセンサーなら早くて通常1年はかかる訓練だった。彼にしろここにいる間にコツを得られればいいなと思っていたくらいだった。
「(早すぎる・・・野生の魔獣は比較的自然とやっておる者もいるが、ワシでさえ生まれてから100年くらいは天井にまで気を張り巡らせるのは無理だった。またワシではこの部屋が精一杯。これ以上の範囲は無理だ・・・だがこの娘はワシの1/10も体躯がないくせして、いとも簡単にこの部屋に気を巡らせおる。少し慣れれば100m四方でも張れるようになるかもしれんな・・・)」
内心驚愕するファランクス。無理もない、彼は知らないが、既にリサのセンサー能力はギルドの基準ではBランクの上位に達しようとしていた。Aランク以上のセンサーは、大陸には100人未満。リサは一カ月を待たずして、世界の頂点の集団に仲間入りを果たそうとしていた。気づかぬは、本人ばかりである。
「ファランクス、次の段階へ行きましょう」
「うむ・・・では次は空気の流れに沿わせるようにセンサーを巡らせる。難易度は先ほどまでとは比較にならんぞ・・・」
「ふふ、今度こそあっという間に習得して見せましょう」
リサの不敵な笑いと共に訓練は次の段階に移る。そしてリサは言葉通り、わずかな間でこの修行を形にするのであった。
***
「・・・よし、ついたぞ・・・」
「ぐごー、ぐごー!」
「・・・起きろ・・・ドラグレオ・・・」
ライフレスはドラグレオを伴って大草原に来ていた。もちろん計画のためであるが、ドラグレオに取って睡眠以上に大切な物などないようだ。
「・・・まいったな・・・嵐の季節ならファランクスも自分の住処に確実にいるだろうに・・・肝心のドラグレオがこれでは・・・」
ファランクスの住処は見当がついているものの、ファランクスが神出鬼没なためわざわざ嵐の時期に大草原に訪れたのだが、ドラグレオはいまだに寝たままである。ライフレスは直接ファランクスの住処の近くに転移することも考えたが、大草原の中は磁場が歪んでおり、下手をすると転移魔術自体が失敗しかねなかった。地面の中深くに転移して行方不明、なんて不名誉な事態だけはライフレスは避けたかったのだ。それにファランクスはドラグレオが倒さないと意味が無いらしい。その理由をライフレスは知らないが、師匠の言いつけである。
そう思ってわざわざ大草原の周辺領域、比較的磁場の安定した場所に転移したのだが。よほど日が悪いのか、目の前数100mに巨大竜巻が接近していたのである。
「・・・まあ竜巻のど真ん中に転移するよりましだがな・・・どうしたものかな・・・」
ライフレスは少し考えるが、竜巻の接近速度というものはかなり速い。
「・・・仕方ない・・・ドラグレオは置いて行くか・・・」
あまりといえばあまりな結論にライフレスは達すると、ドラグレオをそのままに自分はさっさとその場を離れる。そしてほどなくしてドラグレオが竜巻に飲み込まれ、天高く舞い上がったのを見届けると、自分は転移の準備を始める。
「・・・ま、まあ、あのくらいなら死なないだろうが・・・それに死ぬならそこまでのこと・・・代わりに私がファランクスとやっておこう・・・それも楽しそうだ・・・フフフ・・・」
ライフレスは少し口元を歪め、その場を後にしたのである。
続く
次回投稿は本日12/25(土)19:00です。