封印されしもの、その10~氷原に隠された秘密~
「ママー!」
「へえっ? イル!?」
アルフィリースの懐に突如として姿を現したイルマタルが飛び込んできた。無邪気に笑うその表情は、確かにイルマタルである。アルフィリースを始め、ラキアも予想外の事態にあんぐりと開いた口が塞がらない。
イルマタルは得意げな笑顔で、アルフィリースの懐で猫のようにゴロゴロと懐いている。
「どう、私の隠形の術! 完璧でしょー!?」
「だ、誰に習ったの?」
「えー、ルースだよ」
「ルースめ・・・メイヤーから帰ってきたらキツイお仕置きが必要ですね」
ぼそりとつぶやいたリサの声が殺気を孕んでいたが、アルフィリースはあえて無視した。
「魔術はわかるけど、どうやってここまで?」
「ダロンの荷物に紛れ込んできた」
「ちょっと、ダロン?」
「む、どうりで荷物の中の非常食がなくなっていると思ったが」
「気にしなさいよ、そこ」
「巨人は小さなことは気にしない」
「いやまぁイルは小さいですが。それにしても大雑把すぎるでしょう」
リサとアルフィリースは同時にため息をついた。まさかここまでの道程でイルマタルが同行しているとは全く気付かなかった。確かにイルマタルはかくれんぼが得意だし、黙っておけば一日でも平気で隠れることは可能だが、まさか10日以上も隠れているとは思わなかったのだ。
アルフィリースはどうしたものかと思い、イルマタルにめっ、と小さく怒った。
「だめよ、イル。帰ったら遊んであげるって言ったじゃない。これは危険な旅なのよ?」
「だってぇ・・・前の時もそう言ってママはいなくなったんだもん。帰ってきたらとても疲れた顔して項垂れているし、今回も何か嫌なことがあるならイルがお手伝いしようと思って」
「気持ちは嬉しいけど」
困った顔でアルフィリースがラキアの方を見たが、しょうがないとばかりに彼女も首を横に振った。今更追い返すわけにもいかず、アルフィリースはため息をついた。
「そっか、確かにちゃんと話していなかったママが悪いわね。それに気づきもしなかったし。きちゃったものはしょうがないから、ここではママとラキアの言うことをよく聞くのよ。いい? お手伝いできることはお手伝いしてもらいますからね」
「はーい!」
「確かに上手な隠形ですが、魔女が二人もいて気づかぬとは。迂闊なのではないですか」
「うう・・・面目ない」
「はっ」
クローゼスの言葉にラーナは素直にしょぼくれたが、ミュスカデは嫌悪感を露わにするとクローゼスと無言で睨み合っていた。
アルフィリースは気を取り直してウィクトリエに話しかける。
「で、この通り一人は小さい真竜だけど、会話くらいならできるかもね。幻獣たちに話を聞けばいいのかしら」
「まずはその通りですが――は? テトラポリシュカ様、今なんとおっしゃいました?」
ウィクトリエが話の途中であらぬ方向と言葉を発したので、アルフィリースはきょとんとした。クローゼスが説明をする。
「念話です。ウィクトリエは長と念話で会話ができるのです」
「はー、便利ねぇ」
「は、いやそれでは――それでもよいとおっしゃる。わかりました、それならば私には何もいうことはありません。ではおっしゃるようにいたします」
ウィクトリエは目を閉じて何やらぶつぶつと話していたが、やがてアルフィリースの方を向くと、改めて姿勢を正した。
「事情が変わりました。私の方からお願いするつもりでしたが、我らが本当の長、テトラポリシュカ様がぜひともお会いしたいと」
「へえ。じゃあ詳しい事情もそこで聞かせてもらえるの?」
「おそらくは。全て自分が話すとおっしゃっておいでですから」
「なるほど。では言うとおりにするわ。どこに行けばいいのかしら」
「ここから半刻もかからぬ神殿の中においでです。今から行けば日が暮れる前に到着可能でしょう。案内します」
席を立ったウィクトリエの後に続こうとする一向。待ったをかけたのは、普段皆の前では発言をしないラキアとインパルスであった。
「ちょっと待って。そのテトラポリシュカという名前に聞き覚えがあったから、インパルスに確認したんだけど」
「記憶違いじゃなければ、同じ名前の大魔王がいたはずだ。まさか同一人物ではあるまいな?」
「ああ。そういえば以前、実は大魔王が生きているということを聞いたような」
アルフィリースは思い出したようにつぶやいたが、インパルスはいつものどこか厭世的な表情が変わり、怒りが露わになる。それもそのはず、インパルスは大戦期に魔王たちとの戦いで振るわれた魔剣なのだから。まして大魔王が相手となっては、因縁浅からぬかもしれない。
「ウィクトリエとやら、どうなのだ? 返答次第では捨ておけぬぞ!」
「――どうか気を鎮めていただけますでしょうか、精霊剣よ。そして冷静に聞いてください。確かに我々の本当の長の名前はテトラポリシュカ――かつて魔眼を使用し、殺戮を重ねた大魔王にございます。そして――」
「今ではただ静かにこの土地で余生を送る身だ。そして彼女とその平穏を守ることこそが、私たち氷原の魔女に課せられた本当の使命でもある。それがゆえに私たちは他の魔女に忌み嫌われながらも、この土地の封印を甘んじて受け入れたのだ。言いたいことは多々あるだろうが、私もそのことを知ったのは最近だ。詳しいことはテトラポリシュカも交えて話そう。案ずるな、彼女は味方だよ」
クローゼスは氷のように美しく冷静な表情を動かさずに発言した。そしてやや呆然、あるいは怒りを面に出すアルフィリースたちを連れ立って、神殿に向かったのだ。
続く
次回投稿は、1/22(木)16:00です。




