封印されしもの、その4~先発隊~
「レイヤー、準備は? 今夜、私たちは先行して出立」
「もうできてるよ。受けるはずだった仕事は他所に回したし、大氷原には問題なく同行できる。今回の仕事は、アルフィリースから?」
「いえ、アルフィリースからはレイヤーに関して、好きにしろと言われている。だからレイヤーの同行は、他の者には秘密。そうした方がいいでしょ?」
「そうか。少人数に同行するとなると、正体を隠すのは難しそうだね」
「心配いらない、私が斥候として別行動をとると告げた。私といれば他の者に見られることはまずない。寒冷地での行動は良い経験になると思うけど、どうする? 断るなら今の内」
「冗談だろ? もう行く気になってるよ、僕は。剣を振るう機会はないかもしれないけど、アルフィリースの役に立つなら行くさ」
「アルフィリースが気になる?」
ルナティカの言葉に、レイヤーは頷いた。
「ああ、気になるよ。僕たちを救ってくれたこともそうだし、僕の実力にも気づいているみたいだ。彼女には恩がある。力を振るうなら、彼女のために振るいたい」
「剣を捧げる対象というわけ」
「そんな大層なものじゃないよ。ただ――頼りにされるほどには強くありたいとは思うかな」
「好き――なの?」
ルナティカの言葉にレイヤーは面喰った。そんなことをルナティカが気にかけるとは思わなかったからだ。
「どうしたのさ、ルナ。熱でもあるんじゃないの?」
「私には恋する、という感覚がわからない。この前ラックと一緒にいると、リサに同じことを聞かれた。だがどういう感情なのかわからなくて返事ができなかった。よほど困った顔をしていたのか、リサに謝られた」
「僕にもわからないよ、そんなこと」
レイヤーは素っ気なく答えたが、ふとアルフィリースのことを思い浮かべた。女性の造形に対して興味のないレイヤーだが、戦っている時のアルフィリースは確かに美しいと感じたことがある。あの表情は、見ていて悪くないなと考えるのだ。
***
「着いたわ」
「さすがに速い」
「ここから先が隔絶された大地?」
「そのはずよ」
ルナティカとレイヤーを送り届けたラキアが、鼻先で閉ざされた大地の方向を指した。巨岩壁に挟まれた隘路からは絶え間なくひょうひょうと風が吹いており、曲がりくねった道はその先を隠している。ラキアの話によると、この岩棚を超えた場所が閉ざされた大地らしい。岩棚の上は暴風が吹き荒れ、並の飛竜なら羽が折れてしまうのだそうだ。ゆえに、侵入する者がいない土地となっているらしい。
だがラキアは隘路を見て不審そうに眼を細めた。
「・・・変ね。ここに来るのは数回目だけど、風の吹き方が弱い気がするわ。もっと人も動物も通れないくらい風が吹き下ろすはずなのに。これではなんとか通れてしまうわ」
「それでも相当強い風」
「そうね。だけど捕まる場所を確保しながらなら進めるはずよ。私はちょっと一飛びしてこの先を見てくるわ」
「連れて行ってはくれないのかい?」
「真竜の私でもぎりぎり通れるかどうかの暴風よ? あなたたちを魔術で防護したとしても、私の背中から落ちない保証はないわ。ちゃんと地面から来なさい、その方がよほど安全よ」
ラキアは一言そう告げると瞬く間に上昇し、雲の中に消えていった。もはやこの高さは雲の上にある峰である。空気は薄く、気温は吐く息が凍るほどだった。時間は朝なのでこれから暖かくなるはずだが、吹き付ける冷たい風に身を切られる思いがする。
レイヤーとルナティカは準備していた冬山の装備を取り出すと、隘路に進んでいった。斥候の役目をする二人の仕事は、通路の確保。ダロンに聞いたところ、元来隔絶された大地に住むはずの巨人族がなぜこちらに出てこれるかと聞いたのだが、彼らしか知らない秘密の通路があるらしく、他の者が使用した場合は生きて出ること能わず、あるいは教えた場合は問答無用で巨人族から追放されるとのこと。
それに一年の間に通れる時期が決まっているらしく、それ以外の時期では巨人ですら命の保証はできない道とのことだ。この隘路は長らく人の通行を妨げていたが、クローゼスがアルフィリースを呼んだ以上は通れるのではないかとの見当を付け、まずはルナティカが通れるかどうかの調査をすることになった。
雪で滑らぬように留め金を付けた靴と、滑り止めを付けた手袋を装備し、互いの腰を縄でくくって隘路に挑む二人、傾斜も強い隘路だが、吹き降ろす風の強さが並ではない。これで弱い方だとはとんでもない場所だとルナティカですら思ったが、二人は徐々に前進しながら、頭に輪のついた杭を壁に差して縄を通し、少しずつ道を確保していった。壁は非常に脆く度々崩れかかったが、何枚かの岩肌がはげると、地質自体はしっかりとした壁であるらしく杭ががっしりと固定された。
そして隘路を休みなく進むこと丸一日。途中で強風に乗って飛んでくる岩に危うくぶつかりそうになりながらも二人は隘路を抜け、隔絶された土地に出たのだった。
「ふう、ようやく」
「――綺麗な場所だね」
思わずレイヤーとルナティカは感嘆を漏らしていた。彼らの前に開けたのは、一面の銀世界。たまに吹く風以外は静謐と呼ぶにふさわしい静けさが支配する白の世界には生命の鼓動すらなく、動く物の存在を拒むかのように完成された美しさを誇っている。永久に変わらぬ光景だと思えるほど、世界は白一色だった。
ひとしきりその光景を眺めると、ルナティカは疲れた表情も見せずにレイヤーに告げた。
「私は一度引き返す。このまま部隊が休息をとれる基地となる場所を確保しながら下山する。レイヤーの役目は――」
「同じことをこの土地で行うことだね。まずは一か所探してみるよ。氷原の魔女の導きがあるかもしれないし、無駄になっても困るからそのくらいでいいだろう。それに見た目どおりの静かな土地じゃなさそうだしね」
「ああ、気付いたか。風に乗って--」
「遠くから血の匂いが漂ってくるよ。何かが起きていることは間違いないね」
レイヤーとルナティカは見合わせて頷くと、それぞれ反対の方向に歩き出した。
「では互いに無事で」
「ああ、一か所基地となる場所を確保したら、場所がわかるように目印を頼む」
それだけ告げると、二人は自らの仕事に向かった。ターシャ率いる天馬騎士たちが到着するまで十日もない。それなりに忙しくなるであろうことは予測できた。
続く
次回投稿は連日です。1/11(日)17:00になります。




