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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その3~志願者~

***


 明けて早朝。イェーガーの内部ではさらに大きな動きがあった。アルフィリース直々の掲示といっても、強制力はそれほどでもない。また報酬も未定であったため、二の足を踏む者が多かった。

 新規参入者には団の幹部が多く参加するこの遠征で実力を見せようと張り切った者もいたが、ロゼッタとリサの審査により大多数が落とされた。アルフィリースが人数を絞ったということは困難な依頼であることは容易に予想できたし、人跡未踏の地に踏み込むことは経験の浅い者がどうにかできる範囲を超えていた。

 だがそんな中で、新米ながら強固にその出撃を志願する者がいた。


「おい、ロゼッタ! 俺が行けねぇってのはどういうことだ!」

「またか」


 ロゼッタですら頭を抱えたくなるような悩みの種。それはゲイルだった。確かにゲイルの成長は著しく、古参の兵に交えても遜色なく仕事を果たすようになってきてはいる。だがそれはまだ生死を分けたような戦場ではなく、比較的予定通りの仕事がこなせる、いわゆる簡単な仕事においてのことだ。ここで精鋭だけに絞った戦場で活躍できるほど、ゲイルが場馴れているとはとてもではないが考えられない。

 だがゲイルは主張した。どの人間にも死線をくぐる時はあると。それが早いか遅いかだけの話で、どうして今ではいけないのかと主張するのだ。もはや古参の団員達は諦め気味にロゼッタに降参するように告げるのだが、ロゼッタはそうそう簡単に応じるわけにはいかない。既に年経た人間ならまだしも、若い者は選択肢も多いし、死なれるのは寝覚めが悪い。


「ゲイル、これで何度目だ? テメェは今回、連れてかねぇって言ってんだろが」

「こっちこそ何度でも言ってやるぜ。確かに俺はまだ経験が浅いかもしれねぇが、最近じゃそこそこに仕事もこなしているはずだ。ロゼッタに言われた仕事は成果を出してるだろうが!」

「ちゃちな仕事なんぞ成功させて図に乗ってんじゃねぇ! これだからガキは嫌いなんだ!」

「ガキだろうがなんだろうが、こちとらこの稼業に命張ってんだ! こんなところで足止め食うわけにゃいかねぇんだよ! 足手まといになったら即座に降りて、裸で逆立ちしてこの町一周してやるぜ」


 いつもなら、ここで周囲の男達がヒューウ、と口笛で冷やかす。ゲイルが啖呵を切り、ロゼッタが最終的に妥協案を提示する。だが今回は誰もそのようなことをしなかった。いつもと違う反応にゲイルが戸惑う。目の前にあるロゼッタの視線も、いつもより冷やかだった。その口調が、一度熱を下げる。


「じゃあはっきり言ってやる、足手まといだ。今回の仕事はアタイも正直どんなものになるか想像もつかねぇ。傭兵歴が50年を超えるアタイでも、初めての土地での仕事だからな。人間が踏み込んだことのない大地じゃ、何が起こるかわかんねぇんだ。アタイだって必死で他人のことに構っている余裕はないだろう。アタイが面倒を見るのではなく、アタイと対等に話せる人材だけが欲しい。だからこその人選だ。結局、アタイの古参の部下でも条件を満たしたのは7人だ。テメェに限ったことじゃねぇんだよ。理解しろ、勇敢なことと向こう見ずなことは全く別物なんだよ」

「・・・そうかよ」


 ゲイルは引き際を悟った。何度かの任務をこなした今だからわかる。これは交渉ができる雰囲気ではない。ゲイルはそれ以上何も言わず、軽く舌打ちをしてその場を去った。ロゼッタの表情は見ることができなかった。まだ一人前の扱いはされていない。ただそれが悔しかった。


***


「・・・ってことがあったんだよ」

「ふーん、一応引いたんだ」

「さすがの俺でも空気を読むぞ? そういう雰囲気じゃなかったんだよ!」

「私に怒鳴られてもね」

「怒鳴ってねぇ!」


 ゲイルが食堂の一画で不満そうに怒りをぶちまけるのを、エルシアは冷めた目で、レイヤーは剣の整備をしながら静かに聞いていた。ゲイルも頭では納得しているのだろうが、やはり不満というものはたまるものらしく、心許せる二人には思った通りのことを言っていた。


「くそっ。仕事をできるようになってきたのに、いまだ半人前扱いかよ」

「しょうがないじゃない、事実経験が浅いんだから。ロゼッタはむかつくけど、確かに傭兵としての経験はこの団でも随一よ」

「んだよ、やけに素直だな。そういえばエルシアは志願しねぇのかよ。一時期あれほど戦争したいとか言ってたじゃねぇか」

「人を戦闘狂みたいに言わないで。私も思い知ったのよ、自分の力不足をね。参加者が限定50人前後ってことは、現在のこの傭兵団で上位50傑に入るってこと。私にも研鑽が必要だわ」

「なんだよ、いやにしおらしくなりやがって」

「分を弁えたといいなさい」

「なら、ちょっとは女らしくしろってんだ」

「ふん、あんたの知ったことじゃないわよ」


 レイヤーはエルシアとゲイルの言い合いをしばし聞いていたが、剣の整備を一通り終えると、その場をすっくと立って広げた荷物をまとめ始めた。ゲイルがそのことに気づいて、やや八つ当たり気味にレイヤーを問いただした。


「ようレイヤー。最近じゃ剣の修業を副団長に付けてもらっているらしいが、今回志願しないのかよ。ちっとは上達したのか?」

「さあ、どうだろうね。本当に基本の剣の型しか教えてもらってないし、実戦じゃ使ったことがないからわからないな。それに基本的な僕の姿勢は変わらないよ。戦わないで生きていけるなら、それにこしたことはないんだ」

「かーっ! まるで爺の言い分だな、テメェは!」

「君ほど猛々しくはないかもね、ゲイル」

「この冬、どうするつもりなの? 盗賊の取り締まりや、町の警備なんかの仕事は受けないの? せっかくの剣技なのに」


 エルシアが純粋に疑問を問いかけたが、レイヤーは首を横に振った。


「実はもう荷運びの仕事を受けていてね。今晩にでもここを発つんだ。長期の仕事になりそうだから、何日かかるわからないけど報酬はよさそうなんだよ」

「剣より金か。あんたらしいわ、レイヤー。じゃあ帰ってきたら何か奢りなさい」

「君たちの方が稼いでるんじゃないの?」

「たかる気かよ、レイヤー」

「もちろん」


 レイヤーがにこりとしたのを見て、エルシアもゲイルも目をぱちくりさせていた。


「というのは冗談で、まぁおいしい者でも三人で食べに行こうか。『旬の季節亭』は評判が良いそうだし、僕らの報酬でも食べられそうだよ。帰ってきたら検討していて。じゃあ僕は準備があるからこれで」


 レイヤーがそう言い残した後で、エルシアとゲイルの二人は口をあんぐりと開けていたのだ。


「レイヤーが冗談を言ったわよ・・・聞いた?」

「ああ・・・珍しいこともあるもんだ。あの堅物がなぁ」


 呆気にとられてレイヤーを見送った二人を放っておいて、レイヤーは私室に戻る道を歩いていたのだが、その横にルナティカが音もなく寄り添ってきた。レイヤーの表情が俄かに引き締まる。



続く

次回投稿は、1/10(土)17:00です。

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