封印されしもの、その2~深夜の召集~
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その夜、イェーガーの一画は騒然となっていた。ラーナが手紙を届けたことで、アルフィリースが隊長格を緊急招集したためだ。アルフィリースは既に就寝していたが、手紙が氷原の魔女クローゼスからのものであるとわかると、半刻も経たないうちに団内にいた隊長たちを召集した。
季節は秋も終わりに近づき、冬への移行期。傭兵への依頼も一新されるため、団員の多くがイェーガーの敷地内にいた。冬の依頼は高額になるが危険で過酷な任務が多く、傭兵たちにとって生死を分ける選択につながる。かといって冬に仕事をしないで乗りきれるほどの収入や蓄えがある傭兵などはほとんどおらず、安全かつ高額な仕事は熾烈な争奪戦となるため、多くの傭兵は冬の依頼が出る前にギルドに集まり、短期の依頼をこなしたり、あるいは装備などを整えながら依頼が張り出されるのを待つことが通例である。比較的潤沢な資金と人材を持つイェーガーも、例外ではない。
そして幸いなことに隊長格の傭兵がほぼ待機中のこの傭兵団で、既に戦時のような軽鎧に身を包んだアルフィリースが執務の机にもたれかかり、全員が出そろうのを待っていた。夜中に何事かと不満を覚えた者も少なからずいたが、アルフィリースの恰好を見てただごとではないと察したのだ。
リサが最後に入ってきたロゼッタを察知し、アルフィリースに告げた。
「アルフィ、全員そろいました」
「みんな、深夜にご苦労。緊急の案件よ」
アルフィリースの静かな口調に、緊張感がぴりと走る。
「私の知り合いである魔女から、助けてほしいと依頼があった。依頼の詳細は不明、場所は北のピレボスを一部超えた隔絶された大地、依頼は最優先だと考えいただいて結構。人数は50人前後を予定、報酬に関しては現時点ではなんとも言えないけど、私が団長の名にかけてかかる日数と危険度に見合う額を保障するわ。こちらから指定した人間は強制参加してもらうけど、その他は志願制としましょう。ここまでで質問は?」
誰も返答せず、無言で同意を示した。
「ではまず強制参加の人間から。私、リサ、エアリアル、エメラルド、インパルス、ダロン、ラーナ、ミュスカデ、ルナティカ、ドロシー、ラインは強制参加。それ以外は志願とするわ。この時点で志願者はいるかしら?」
「あ、私が」
意外なことに、最も早く手を挙げたのはターシャであった。普段はことなかれ主義のターシャが手を挙げたことに驚く一同。アルフィリースもまた同様だった。
「ターシャ、やる気があるじゃない。賭場で借金でもした?」
「そうなの、この前のラキアとの負けがかさんで・・・じゃなくて! 北の大地に行くなら、まさか飛竜で乗り込む気じゃないでしょうね?」
「・・・そのつもりだけど?」
「駄目よ、絶対駄目。全員墜落死するわよ。北方出身なら知っている人もいるかもしれないけど、飛竜の羽は寒さに弱いわ。普通の高度なら何ともないけど、ピレボスの尾根を越えるほどの高度になると、羽の付け根が凍ってしまって、墜落してしまう。その点天馬は元々高地の生き物だから、本当に高い場所では強いの。これは北国では常識よ」
「む、そうなんだ」
「だから私が何名か率いて参加するわ。5人もいたらいいのかしら。っていうか今天馬騎士も多くが出払っているから、そのくらいしか準備できないかもしれないけど」
「ええ、お願いするわ」
「なら明日早朝にでも先行して出立させるわ。天馬は飛竜ほど速く飛べないし、ここからピレボスまでは最短でも10日かかる。先行して天候や環境も確認したいし、すぐにでも出るわ」
「いいでしょう。準備は――」
「どうせジェシアは動かしているのでしょう? 彼女に天馬の食糧も用意するように言っておいて頂戴。天馬は食事の選り好みが激しいから、現地調達できないかもしれないからね」
ターシャはそれだけ告げると、足早にその場を後にした。今から天馬騎士たちを起こして出立の準備を整えるのだろう。偵察を主任務とするターシャは、こうと決めると動きが早い。
彼女に続くように、他の人物も手を挙げた。ニアである。
「アルフィ、私も行くぞ。できれば獣人たちを十人ほど同行させてほしい。最近討伐などの任務が少なくて持て余している者が多いんだ。発散させておきたい」
「それは構わないわ」
「では私とヤオと、その他数人を同行させる。カザスも行きたがるだろうな」
「厳しい行軍になると伝えておいて。寒冷対策は万全にね」
「もちろんだ」
「さっきアタイの名前がなかったんだが、寝ぼけてて聞き逃したか?」
ロゼッタが不満そうにニアに続いた。アルフィリースは笑顔で返す。
「別にそんなことはないわ。ただ最近出ずっぱりで討伐の仕事をこなしていたでしょう? 疲労がたまっているんじゃないかと思ってね」
「あの程度で疲れやしねぇよ。部隊の連中も分割して運用しているからよ、疲労はそこまでじゃねぇ。それに寒冷地に赴くなら、アタイんとこの連中に何人か経験者がいる。奴らを含めて5-10人くらいは連れてくと役立つぜ」
「ならそうしようかしら。ついでにリサと一緒に、志願者の選抜もしてくれると助かるんだけど」
「なんでアタイとリサなんだ?」
「嫌なのですか、淫乱デカ女」
「変な渾名つけるんじゃねぇ!」
「はいはい、後でやってね。他には?」
その後数名の挙手があり、暫定で30名ほどがその場で決定した。その中には、新顔であるヴァントやフローレンスなどといった顔触れもあった。アルフィリースは残りの人選は明日朝一番の掲示で行い、夕刻五点鐘で締め切るようにと告げ、その場を解散とした。
解散後、数名の人物がアルフィリースにそっと近づいた。炎の魔女、ミュスカデである。
「アルフィ、私を連れていく気か?」
「そうよ。氷原の魔女を助けるのは気乗りがしないかしら?」
「いや、仲が悪いのは師匠同士の話で、私は別にクローゼスとは――いや、あの頭でっかちのツンツン女は腹立たしいな。今思い出した」
突如として憤然としたミュスカデを見て、アルフィリースは苦笑する。
「私としては、貴女の力が必要になると思うわ。凍った場所に出現する魔獣は炎の力が有効だと思うし」
「その逆も考えられるけど。まあ団長命令なら従いますけど、あんまり期待はしないほうがいいかもよ」
「期待しないのは無理ね」
「おいアルフィ、俺も行くのかよ」
話に割って入ったのはライン。アルフィリースはラインの顔を見ると、わざと盛大にため息をついた。
「何よ、文句ある?」
「おおよ、大有りだ。俺は今探っていることがあってな、そっちの件が片付くまでここを離れたくないんだが」
「こっちだって困るのよ、この機会に私は新しい団の中心人物の選抜なんかも行うつもりよ。貴方にはいてもらわないと、私ひとりじゃ目の届かないところが――」
「アルフィリース~、副団長~。ご心配なく~」
アルフィリースとラインが口論になりかけた時、コーウェンが割って入った。こういう時にコーウェンの間の抜けた声は毒気を抜かれる。だがその指摘する点はいつも鋭いから油断がならない。
「副団長~、調べ物というのはシェーンセレノなる政治家のことですかぁ?」
「・・・その通りだが。知っているのか?」
「私の情報網にも引っかかりましたぁ~。私も目下調査中なので~、遠慮なく行ってしまってください~。こちらはこちらでやっておきますし~、武器の開発と生産も進めないといけませんので~」
「む・・・任せていいのかよ」
「後で情報のすり合わせだけお願いします~」
「決まりね」
アルフィリース、ライン、コーウェンは軽く打ち合わせをすると、その場を去って細かな準備を各々始めていた。
続く
次回投稿は1/8(木)18:00です。