封印されしもの、その1~使い魔~
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冬を間近に控えたアルネリアで、闇の上位精霊ピートフロートは一人夜空を見上げていた。主であるノーティスからの連絡が途絶えて久しく、ピートフロートは命令のないまま無為な日々を過ごしていた。
ノーティスに仕える前は気ままな日々を過ごしていたはずで、ノーティスに仕えてからも仕事の合間を縫っては余暇を作ることに必死になっていたはずなのだが、任務から完全に解放された今となっては暇な時間に逆に何をしてよいのかわからなかった。あれほど必死に作った余暇で何を楽しんでいたのか、いまではろくに思い出すこともできない。忙しさがあるから余暇も楽しめるのかと、そんな人間じみたことを考える毎日だった。
やることがないのならばこのアルネリアも離れてしまえばよいのだが、なんとなくピートフロートはこの都市にとどまった。この都市にはユーティやウィンティアといった精霊も多く、また都市でありながらも精霊にとって居心地の良い構造となっていた。安全で生物の死から縁遠いこともそうだが、緑や水にもあふれ、聖都と呼ばれる割には不要な光は少なく夜の闇は深かった。おそらく都市の設計に精霊に対する知識を持ち合わせた者が関わったのだろうと、そんなことをピートフロートは考えている。
たまにユーティが自分の元に来て話をしていく。彼女の話はどこの定食屋の食事がうまいとか、忍び込んでこっそり食べるのができるのだとか、あるいはどこの馬屋の馬は馬鹿面だらけだとか、そんなくだらないことばかりを一方的に話すのだ。最近はエルシアが生意気にも練習ばかりするから相手をしてくれないと愚痴っていたので、きっとその代わりを務めさせられているのだろうと考えていたが、ユーティのかしましさも今は退屈を紛らわすのには欠かせないだろう。
この前、アルネリアの中で闇の錬成魔術を使った者がいたので興味を持ったが、気配は一瞬で消えてしまった。闇の錬成魔術を使う者がいるとは驚いたが、話を聞くことはできなかった。だがどうせまっとうな人間ではないだろうという想像はつく。
錬成魔術を使用できるほどに闇に深く沈むことは、普通の人間では耐えられない。かつての闇を使用する魔女たちにも、数えるほどしかいなかった。今この都市にいるラーナは才能がありそうだが、彼女にしてもそこまでの領域に至るには相当の熟練を要するだろう。ラーナには時に教えを施すが、まだ未熟な彼女に本格的な教えを施すことは危険なので、ほどほどにしなければならなかった。
そんなことを考え夜を過ごすうち、そのラーナがピートフロートのいる屋根まで上がってきたのだ。今しがたラーナのことを考えていたピートフロートは不意を突かれて、思わず驚きの表情のままラーナを見てしまった。
「どうしましたか、ピートフロート。お邪魔でしたでしょうか」
「ああ、いや。気にしないでくれ」
ピートフロートは取り繕うと、不思議そうな顔をしたラーナに向き直った。
「こんな夜更けにどうしたのかな? 教えを乞うにしても、昼でもよいだろうに」
「夜の方が聞きやすいこともあります。それに私たちは闇の眷属。なんら不都合はないでしょう」
「私は睡眠を特に必要としないからよいのだけど、君は人間だからね。夜には休息するものだ」
「一度しっかりと寝ていますから大丈夫。それよりも上位精霊である貴方に伺いたいことが。虚ろなる者、というのをご存知ですか?」
ラーナの質問に、ピートフロートは渋い顔をした。それは既に知っているという答えを意味しているのだが、探られるような質問をされたことがやや気に障ったのもある。だがラーナの真剣な表情を見る限り、試されているわけではないことを知った。
「ああ、もちろん知っている。だがその言葉を知っているのは、現役の魔女でも限られるはずだ。誰に聞いた?」
「最初はアルフィリースに、正確にはアルフィリースの意識の一部に。その後シュテルヴェーゼ様に、おおよそのことは」
「アルフィリースか・・・」
「驚かないのですね」
「ああ、彼女の中に別に意識がいることは気付いていたからね」
「ふむ、さすが上位精霊です。で、どうなのです?」
ラーナが再度質問したが、ピートフロートは目を閉じて否定の意志を示した。
「私が語ることはないだろう。私もシュテルヴェーゼ様以上のことはそうそう知らない。なのに、何を聞きたいというのだ」
「二つほどあります。まずは虚ろなる者に対する、あなたの見解を。あれは闇の眷属ではないと私は考えますが、貴方はどう考えますか」
「違うね。私も虚ろなる者を直接見たことがあるが、あれからは自然とのつながり・・・つまり大流や小流の流れを一切感じない。あれはそこに存在しているかどうかすら怪しい、生命とは呼べないものだ」
「では対抗手段は」
「現時点ではない。闇も光も、精霊の能力を行使するのであれば結果は同じだろう。何が言いたい?」
「では仮に、虚ろなる者を消滅させる手段があるとしたら?」
ラーナの言葉に、ピートフロートの表情が動いた。興味をそそられたのだろう。
「ラーナ、何を知っている?」
「実はこれが二つ目の質問です。レメゲートなる剣がその虚ろなる者を消滅させました。その後剣を所有していたアルフィリースに問いただしましたが、その剣の行方が杳としてしれません。貴方なら何か知っていると思って」
「行方の知れなくなった剣か・・・残念だが、私は知らないな」
ピートフロートが残念そうに首を振ったので、ラーナもまたがっくりとうなだれてしまった。
「そうですか、残念です。エメラルドも何も知らないと言っていたし、これで手がかりなしですか」
「手がかりはないが、アルフィリースの私室にあったのだろう? それを盗むとなれば相当困難なはずだ。彼女は間が抜けているようで鋭い・・・いや、やはり抜けているのかもしれないが、エメラルドから預かった大切な剣を失くすほど不義理でもあるまい。またその剣を直接見たわけではないが、所以のある剣なら魔剣の類であってもおかしくない。案外人型にでもなって、近くにいるのではないか?」
「そうでしょうか」
「仮にそうだとして、魔剣のことならダンススレイブやインパルスにも聞いてみればどうだ? 彼女たちなら同族の気配にも敏感だろう」
「確かに私が探すよりもよいかもしれませんね。今度そうして・・・?」
ラーナが突然きょとんとしたので、ピートフロートは彼女の視線の先を追った。そこには氷で作られた鳥がいたのだ。ピートフロートはその氷の使い魔の様子がおかしいのを悟るとすぐに飛び寄って、その体に触れた。すると使い魔はピートフロートに触れられるのを待っていたように、その姿を一瞬で崩して氷の粒子に還っていった。
その後には小さな手紙が一つ残っている。ピートフロートはその手紙をすぐに読むと、表情が一瞬で険しくなった。
「ラーナ、緊急事態だ。これが何かわかるか?」
「これは・・・魔女の緊急連絡用の文字? しかも『すぐに救援を寄越されたし』ですって? でも誰の使い魔なんでしょうか」
「氷の使い魔を使用する魔女は何人かいるが、四枚羽の鳥を使うとなると使用者は一人。氷原の魔女で間違いないだろうな」
「まさかクローゼス? すぐにアルフィリースに知らせます!」
「ああ、そうした方がいいだろうな」
ラーナが走っていくのを見て、ピートフロートは再び空を見上げた。
「ああ、また何か起こるのか。彼らも魔女も、安息からはほど遠いな。ノーティス様、何をしておいでなのです? 私に変調がないことから御身に危険はないとわかるのですが、我々も動かないと危ないかもしれませんよ?」
ピートフロートは返事のない主人を恨めしく思い、盛大なため息をついたのだった。
続く
次回投稿は、1/6(火)18:00です。