大草原の妖精と巨獣達、その10~炎獣との出会い~
「し、死ぬところだった・・・」
「ご、ごめんなさい、エアリー・・・」
あれから急に反応のなくなったエアリアルに気付いたアルフィリースは相当におろおろし、彼女をゆさぶるやら、ひっぱたくやら、心臓マッサージをするやらでようやく蘇生させた。あやうく、アルフィリースが大草原の平穏を壊すところであった。
「だ、大丈夫だアルフィ・・・ちょっと天国の父様と母様が見えただけだから・・・」
「それは大丈夫じゃない!・・・あれ?」
エアリアルの言葉に、アルフィリースは首をかしげる。
「ファランクスが父さんなんじゃ・・・」
「まさか。我が魔獣か何かに見えるのか?」
「え、じゃあ--」
「ファランクス父上は育ての父親だ。もちろん人間の両親がいるぞ、私は人間だからな」
「本来のご両親はどこに?」
「死んだよ、ファランクス父上の手にかかってな」
「!」
アルフィリースは絶句した。それではエアリアルは自分の両親の仇と暮らしていることになる。
「ご、ごめんなさい・・・私、余計なことを聞いたかしら?」
「いや、友人とはなんでも共有するものだろう? 別にアルフィに隠すようなことでもないよ」
「聞いてもいいの?」
「つまらない話でよければ」
アルフィリースはこくりと頷き、エアリアルは淡々と語り始める。
***
どうやらエアリアルの両親はとある部族で一番強い戦士だったらしい。その部族は代々炎獣に敵対している一族で、毎年部族で一番強い戦士が炎獣に挑む儀式があった。だが100年近く続く儀式の中、帰ってきた物はわずか数人。それもファランクスの情けにより助かった者達だった。
だが帰って来た者に部族は容赦なかった。神聖な儀式を汚した者として、そのまま処刑されて儀式の生贄とされた。だが並の人間が単独で炎獣に勝てるはずもない。つまり部族で一番強い者は、自動的に死ぬ運命にあった。
そんな折、ある男女が部族の中で愛し合う。男女ともに優れた戦士であり、彼らは一子をもうけた。だがほどなくして男には部族一の戦士の称号が与えられ、彼は炎獣との戦いに赴き、帰ってこなかった。
時間は経ち娘が5歳になるころ、今度は母親に白羽の矢が立ち、彼女は炎獣との戦いに赴くこととなった。幼い娘はそれを誇らしそうに見ていたが、母親はこの儀式の根底が歪んでいることに気が付いていた。向かえば必ず死に、幼い娘は1人残される。だが自分が無事に帰れば娘共々生贄になるであろうことは、容易に予想がついた。
また部族の行く末がそう長くないことも彼女は察していた。なにせ毎年部族で最強の戦士が死んでいるのである。賢い者は鍛錬を怠け、自分を弱く見せることで生命を長らえることばかりを考えていた。また他の部族にもその事情はなんとなく伝わっており、虎視眈眈と自分達の部族は狙われる立場にあったのである。気づいていないのは伝統と体面ばかりを考える長老たちだけ。
そこで彼女は一計を案じていた。いずれ使命が自分に下されることは予想がついたので、娘にひたすら炎獣を憎むように仕向け、自分が帰ってこなかったら部族に指名される前に仇を討ちにいくようにと刷り込んだ。素直で気性の強かったエアリアルはその話をよく覚えていた。そして母親は炎獣との戦いの最中、自分の娘の事を炎獣に託し、戦死した。
それからわずか3年。炎獣の前には8歳のエアリアルが立っていた。エアリアルは執拗にファランクスの命をつけ狙うが、部族が100年かかってもどうにもできない大草原最強ともいえる生物を、8歳の女の子が仕留められるはずもない。エアリアルは倒れてはファランクスに助けられる生活を1年近く続けた。そんな折、元の部族の集落を通る。だがエアリアルがそこで見た物は、とうの昔に滅びた集落の残骸だった。焼けた跡と転がる死体から察するに、既に半年は経過していた。エアリアルは帰る場所すら失くしたのである。
それでもエアリアルはファランクスを狙うことをやめなかった。ファランクスが何も話さなかったこともあるが、もはやファランクスを仕留める以外に残された物が何もなかったのが主な理由であろう。だがそんな中エアリアルは魔獣に囲まれたところをファランクスに助けられる。エアリアルは助けられる隙をぬってファランクスに一撃を入れたのだが、ファランクスは反撃すらしなかった。
それから当然と言えば当然だが、エアリアルは人生にやることがなくなった。ファランクスにもはや刃を向ける気も起こらず、さりとて自決は大草原の民が最も嫌うことであった。ついに生きる気力がなくなったエアリアルは自分を殺すことをファランクスに請うが、それは彼女の両親の遺言によりできないと説明された。そこにおいて彼女は初めて両親の真の意図を知るに至ったのだ。
それからエアリアルはファランクスと生活を共にしている。彼を父上と呼ぶのは、彼女の本当の父親がそう望んだらしい。自分はもう帰れないから、娘がファランクスを討ちに来ることがあったら、自分の代わりを務めてはくれないか、と。ファランクスには父というものがどういうものかは全く分かっていなかったが、それはエアリアルも同じだったので、不思議な、どことなくぎこちなくも彼らは信頼関係を築いていったのである。
と、そこまで話すとアルフィリースが涙ぐんでいる。
「どうした、アルフィ」
「だって・・・悲しくってさぁ・・・エアリーはつらい目に合ってきたんだね」
「我のために泣いてくれるのか・・・」
エアリアルは胸の中に熱くなる物を感じ、今度は知らず知らずのうちに自分からアルフィリースに抱きついていた。
「我なら大丈夫・・・ファランクスはいい父上だし、今はアルフィという友人もできたし・・・我は幸せだ」
「本当? ならいいけど・・・何かつらいことがあったら私に相談してね?」
「ああ、きっとそうするさ」
2人は笑顔で笑い合っていた。この時は自然と互いの口から紡がれた言葉、だが本心からの言葉。しかしエアリアルがこの言葉の意味を真に理解できるようになるのは随分先の話である。
「で、でも我はお前の嫁には・・・いや、でもアルフィリースなら・・・いや、我は何を言っているんだ・・・」
「え、何か言った、エアリー?」
「な、な、何でもない!」
このエアリアルの悶々とした自問自答が解決されるのも、随分先の話である。
***
それからはリサはファランクスと主に修行に励み、他の面々は主にエアリアルと(時にはファランクスと)組み手をすることが多かった。日々ファランクスに鍛えられたエアリアルの動きは凄まじく、既に人間の能力を大幅に逸脱していた。例えるなら野生の獣、しかも食物連鎖の上位に位置するであろう狩り上手である。ニアのスピードを持ってしてもたやすく捕えられ、ミランダの怪力もいなされ、アルフィリース・フェンナの技術も通用しない。これほどの技量を誇ってさえ、
「我は何かに乗っている時が一番戦いやすいのだがな・・・どうも降りると落ち着かない」
とエアリアルが言うのだから、始末に負えなかった。またそれに加え、乗り物であれば何でも乗りこなせるらしい。本人いわく竜も乗れるが、別にクックドゥーやギガノトサウルスでも問題ないそうだ。ファランクス自身もそれがエアリアルの真に素晴らしい才能だと述べていたが、実際その通りであったろう。
だがその技術・特性はともかく、風の魔術の威力は大草原特有のものらしい。大草原を出れば騎馬民族を手玉に取ったような風の魔術の使い方はできないだろうとエアリアルは述べた。もっとも大草原から一歩も出たことのない彼女であるから、かなり確信に近い推測といった所らしいが。
そんな自分についてまだまだ満足のいっていないエアリアルだが、そのような姿をみるとアルフィリース達は少し嫉妬しながらも、一層の精進をしなければという気持ちにさせられた。
一方でエアリアルはファランクスが話した通り基本的な技術指導が上手く、ニアとはよく戦闘の手段について話し合いをしている。
「ニアは攻撃が速い半面、単調だな」
「そ、そうなのか?」
「ああ、速いが全て読みやすいから簡単に逆をつける。防御でも反撃でも問題なく行える。速度だけなら我よりもはるかに上なのに、我に一撃も当たらないのはそういうことだよ。今まで誰にも指摘されなかったか? 軍隊なるものにいたんだろう」
「あ、う~・・・指摘してくれる奴はいたんだが、腹が立ちすぎて言うことを聞かなかった。それに具体的じゃなかったし・・・私はどうしたらいいんだ?」
「まずは全ての攻撃を当てようとしている。攻撃なんて1撃の当て方で敵を倒せるんだ。問題はその1撃をどのように入れるかということだが、幻惑の種類をだな・・・」
ニアがふんふん、と頷きながらその話を聞いている。ある程度話終わるとニアは壁に向かって様々な型の練習を始めていた。時にはミランダと型を合わせて練習している。
またアルフィリースがエアリアルと訓練する時は、主に武器の使い方の指導である。エアリアルの武器は主に投擲、弓、槍のため、それらの使い方と対応を練習している。
アルフィリースがエアリアルと訓練して分かったことは、実は身体能力的にはそう大差がないことだった。腕力は体格の分だけアルフィリースが強く、逆に身軽さではエアリアルに分があった。
その2人の差とは--
続く
次回投稿は12/25(土)12:00です。