最高教主の依頼、その4~桃色の髪の少女~
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場所は変わってミーシアの傭兵ギルドである。大きい街の傭兵ギルドらしく、かなりの人でごった返している。その中にある酒場でアルフィリース、アノルン、アルベルトの3人は相談をしていた。
こういったギルドは酒場や食事処と併設されていることが多い。情報を得たかったら酒場に行くのは旅人の常識であり、傭兵も各国の情報をいち早く得るために、こういった所にたむろすることが多い。ここで晩飯がてら、めぼしい人間を探そうというわけだ。
「でも、なんでもう1人なの?」
「古来より、魔王討伐のパーティーは4人と決まっている」
「別に3人の時もあったと思うけどねぇ」
「確か最初は1人だったな・・・」
「? 何の話??」
2人の話に、全く付いていけないアルフィリース。
「いや、確か他の場合では5人だった時もある」
「それは流動的よ。なんなら12人で1人をボコるようなのもあったわ」
「それをいうなら50人くらいなのもなかったか?」
「30人とかじゃなかった? アタシもその辺は詳しく知らないけど」
「お願いだから私にわかる話をして! それとも世間知らずな私が悪いの!?」
そういう問題でもないだろう。アルフィリースの悲鳴に、話がころりと変わる。
「でも実際問題として、この3人は全員前衛よりだ。サポート役が1人いると便利だよ。魔術士の傭兵は稀だと思うけど、これだけ大きな街だといるかもしれない」
「え、シスターって後衛なんじゃ」
「まあそうなんだけど、現時点でアルフィよりは前衛できるかな?」
「そ、そんな・・・」
その言葉に、アルフィリースが可哀想なくらい項垂れてしまった。傭兵家業も1年近くやってきて、それなりに板についていると思っていたのだが。
「でも、勧誘はどうするの?」
「アタシに任せて」
つつ、とアノルンが酒場にいる全員から見える場所に出る。その瞬間、彼女に当たっている照明以外が全部消えた。
「(なんで!?)」
アルフィリースの疑問も仕方ないが、ともあれその場の全員が何事かと喧騒も止み、シスターに注目する。
「みなさん・・・私は今、とても困っています」
シスターが潤んだ目で皆に訴えかける。今、目薬を袖に隠したような気がするが。
「私はアルネリア教会所属のシスターですが、このたび旅の共の一人が倒れてしまいました・・・しかし、教会の命令で旅を続けなければいけません。そこで私を守っていただける屈強なお方を探しているのですが、中々見つからなくて・・・もしよろしければ、この中のどなたか、私を守っていただけないでしょうか?」
そこで涙を流して見せる。このシスター、人生で何の修行をしてきたのやら。アルフィリースからすれば「うわぁ・・・なんて猿芝居」という印象だが、ギルドにいる男達に効果は絶大だった。
「シスター! おれが守ってやるよ!!」
「何言ってやがる、てめぇじゃ無理だ!! 俺にまかせとけよ、シスター!」
「いえ、そういうことでしたらワタクシが!」
「てめぇみてえな貧相なやつじゃ守れねえよ! 恥かく前にやめときな!」
「あなたみたいな無骨者では、この繊細なシスターを傷つけるだけですよ。自重なさい!」
「なんだと、てめぇ!」
あっという間にアノルンの仲間を巡って喧嘩が始まった。酒場の中は大乱闘である。
「(世の中の男、こんなんばっかりなのかな・・・師匠、私18にして彼氏を諦められそうです・・・)」
喧騒の中、アルフィリースは密かに人生の絶望にその身を落としていた。だがいつまでもそうしてはいられない。乱闘の間をぬうようにアノルンの元にかけつける。
「(でも実際どうするの?)」
「(いっそこの連中が残り一人になるまで争わせて、生き残った奴つれてくか?)」
「(そんなことできるわけないでしょう?)」
「(簡単よ。『今から君達には殺し合いをしてもらいます!』でバッチリ!)」
「(詐欺の上に殺人教唆? シスターの発想じゃないわよ!)」
もうギルドの中は無茶苦茶になっている。あまりのギルドの破壊ぶりに、受付のお姉さんが泡を吹いて気絶しそうになっていた。
「(このシスター、自分で宗教作ったほうがいいんじゃない? 世界を席巻しそうだわ)」
などとアルフィリースが妄想している時、現実では本当に殺し合いになりそうな雰囲気が漂ってきていた。そんな時、くいくいとアルフィリースの袖を引く者がいる。
「誰? 今忙しいの」
「あんな単細胞どもでは、どちらにしても貴方達の足手まといです。連れていくなら私にしなさい?」
振りかえるとそこに立っていたのは14、15くらいの少女であったが、アルフィリースは見るなり目を見張ってしまった。陶磁器のような白い肌に、人形のような整った顔。美しいともちろん言えるのだが、整いすぎるその容姿が逆に人間味を感じさせない。少女は実際無表情だった。加えて何より腰まである髪の色が特徴的だ。噂によれば東方には春に咲く、チェリーブロッサムという木が薄い桃色の花びらをつけるというが、彼女の髪の色をそういう風に言うのではないのか。さらに白い杖を持っているところをみると、盲目だろう。だが一番アルフィリースが感じたのは・・・
「(なんだろう・・・この子の周囲だけ空間が切り取られたみたい)」
周囲の喧騒を無視するかのように、彼女の周りだけ静かなのだ。まるで一枚絵にかかれた肖像画から抜け出して、こちらを向いているような印象を受ける。
「あ! 危ない!!」
彼女に向かってどこからともなく酒瓶がとんできた。アルフィリースは空中で取ろうとするが、とても間に合いそうにない。
「(ぶ、ぶつかる・・・!)」
アルフィリースが走って駆け寄ろうとすると、ぱしっと少女が酒瓶を宙でキャッチした。そのままグビグビと飲んで・・・
「え、飲んでる??」
「ディア果汁でしたか・・・ククス果汁を期待してたのですが、咄嗟のことでわからないとは。まだまだですね、私」
アルフィリースがよく見ると、確かに果汁の瓶だ。なぜわかったのかとアルフィリースがいぶかしんだのが表情に出ていたのか、少女がずばり反論してくる。
「貴女、まさか私が酒を飲んだと? ヤレヤレですね。16にもならないのに、酒なんて飲むはずないじゃないですか。あなた、実はバカですね?」
そしてアルフィリースの方に向かって、無表情のまま「はんっ!」と、いかにも呆れたような仕草をしてみせる。
アルフィリースは不意打ちに豆鉄砲を受けたような気分になった。
「(アノルンと違って口汚くはないけど、この子はとっても口が悪いんですけど・・・)」
「なるほど。貴女、探知者ね?」
ぐいとアノルンが乗り出してきた。
「はい。わかりますか?」
「そりゃ盲目の子がそんな見事なキャッチしたらね。ギルドでランクもらってる?」
「一応」
チャリ、と少女は胸元から首にかけた階級章を取り出す。階級章には、弓に矢が3本であった。
「なるほど、ランクC+か。アルフィ、アンタより上だよ」
「う、嘘。ショック・・・」
またしてもアルフィリースが項垂れる。なんだかミーシアに来てから、彼女は項垂れっぱなしかもしれない。
「センサーで、かつその年でランクC+か・・・」
「依頼の内容は知りませんが、センサーのレベルとしては十分ではないでしょうか?」
「確かにね」
「このギルドにも腕の立つ者は確かにいますが、折悪く皆出払っています。ここにいるダッサイ男たちより、私の方がはるかにイケているのは間違いないでしょう」
「それはそうね。じゃあ貴女に決めたわ!」
「貴女とは話が合いそうです、シスター。仲良くやりましょう。ああ、そこの無駄にデッカイ女剣士、アナタは違います。アナタの場合、私に敬語を使いなさい!」
びしっと少女に指さされるアルフィリース。
「な、なんで?」
「口答えは許しません」
「決定事項なんだ・・・」
「で、あなたの名前は?」
アノルンが何もなかったかのように話しかける。
「これは私としたことが失礼いたしました。私、リサ=ファンドランドと申します。『リサちゃん』、とお呼び下さい」
「リサちゃんね、わかったわ。私はシスター・アノルンよ」
「よろしくお願いいたします」
リサと名乗る少女は、アノルンに丁寧な礼をしてみせた。アルフィリースもリサに手を差し出す。
「私もよろしくね、リサちゃん。私はアルフィリースよ」
「なんですか、この手は。馴れ馴れしいにもほどがあります。アナタの場合は『リサ様』、と呼びなさい。それ以外は認めません、このデカ女」
「・・・・・・フ」
「なんで私だけー? そしてそこだけ反応するこの男もイラッとくる!」
アルフィリースのストレスは頂点に達しかけていたが、ともあれ4人目の仲間が決まったのである。
続く
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次回は10/14(木)12:00投稿予定。