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翼の末裔  作者: 宗像竜子
閑話 罪人の翼
9/35

Wing of Sinner

 細い紙燭の光の下、筆を進める。

 彼が旅立って、もう数月。そろそろ帰ってくる頃だ。

 彼が戻って来るまでに、出来る限り書き進めておかなければ。

 そう思いながらも、彼女はやがてその手を休めてしまう。

 ずっと筆を握っていられるだけの体力が、もう彼女にはなかったからだ。

 それに── 彼女は心に決めていた。今、書き綴っているこの物語を決して誰の目にも触れさせない事を。

 これは、彼女自身の為の物語。

 近い未来、彼女が犯すであろう、あながう事の出来ない罪へのせめてもの祈り──。


+ + +


 彼女は『物綴る者』── ノーマ=メンタール。

 これまでにいくつもの物語を綴り、数こそ多くはないが、そこそこ好評を得ていた。

 彼女は主に、幼い子供向けの物語を生み出してきた。それは彼女の身体が子を育むだけの力を持っていなかった事が影響しているのかもしれない。

 それでも、彼女には最愛の恋人がいた。

 彼は『物語る者』── リディ=メンタール。

 村から村へ、街から街へ、国から国へと渡り歩く語り部。だから、一度旅立てばどんなに短くても一月は戻って来ない。

 決して豊かではないこの世界に、娯楽はとても少ない。

 それ故に、リディ=メンタールは大抵何処でも優遇されるし、出来るだけ長く引き留められる。元々、お人好しの所がある彼は、頼まれると嫌と言えない。いつも、予定より早く戻って来れた例はなかった。

 その事を淋しく思わない訳ではなかったけれど、彼がそうして語り紡ぐ物語の中に彼女の作品が入っている御蔭で、彼女はこうして書き綴る事が許される。

 ── 彼の事が子供の頃から好きだった。

 彼の声が好きだった。彼が勇気付けてくれれたから、生き続ける事を望めた。

 彼の手が好きだった。彼に手を握ってもらえれば、この身を蝕む痛みにも耐えられた。

 彼も同じように自分を想ってくれているとわかった時、どんなにか嬉しかった事だろう。

 …けれど、彼女にはわかる。

 彼がどんなに励ましてくれても、彼がどんなに引き留めようとしても、自分の生命の炎はそう遠くない日に消えてしまうだろう事が。

 大人になりきらずに死ぬ。

 それは彼女に限らず、この地上に生きる人間にとってはありふれた話だ。実際、彼女の従兄も同じように十代でこの世を去っている。

 そして── 彼がいない時、苦痛にさいなまれる度に一つの願望が育ってゆく。

 最愛の人の手で、この命を終えたいという背徳の望みが……。

 続きを書くのを諦めて、彼女は筆を置き、窓辺へ目を向ける。

 そこに見えるのは、銀の円。浮世から遠く離れた、穢れなき場所── 月。

 そこにはその背に翼を持つ佳人が、この不浄の大地を癒す夢を…祈りを紡いでいるという。

 彼もこの地上の彼女の見知らぬ何処かで、同じ月を見上げているのだろうか。そんな事を思いながらしばらく眺めた後、再び彼女は筆を取る。

 まだ書き綴れる力がある内に。自分がまだ、正気である内に──。

 祈る気持ちは偽りないもの。

 祈りによって地上を癒すエフェ=メンタールのような力など自分にはない。だから代わりに言葉にする。

 自分の心で感じ、自分の心が生み出す言葉で、祈りを形にして行く。それは誰にも届く事のない、懺悔。

 ── 命の灯をが消えるのが先か、書き終えるのが先か。

 時を惜しむように彼女は綴る。決してこの世に出る事のない物語を。



 この世に生きる、報われる事のない罪人の為に夢を紡ぐ、《翼》の物語を……。

献上品を自サイトにアップするにあたって、ボーナストラックのようなものとして書き下ろしたディスパーの婚約者サイドの外伝です。

つまりディスパーは罪人となる前は結構名の知られたリディ=メンタールだったという……。

(その辺りの才能も買われて、ファムルーに仕える事になったのですが、作中ではあまり関係ないのでそこまで書きませんでした)


彼女(結局名前をつけてあげられなかったな・汗)は、実際の所人一人(しかも最愛の人)の人生を転がしてしまった、かなり自分勝手で迷惑この上ない人ではあるのですが、出した後でなんでそうなったのか考えてしまいまして。

そんな訳で、この話で語られるのは彼女の懺悔です。

『最愛の彼の手で殺してもらいたい』── それは歪んでいるし、間違っているけど、それが彼女の願った終焉。

ただディスパーの人生を狂わせただけじゃなくて、彼女も彼女なりに葛藤があったって事が書きたくて書いた話です。

…理由なき完全なる悪人ってのは、どうもわたしには書けないみたいです(汗)

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