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翼の末裔  作者: 宗像竜子
第三話 壊れゆく夜のために
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壊れゆく夜のために(8)

「やはり、と言うところを見ると予測はついていたようだね?」

 穏やかな口調での問いかけに、ソーヤは唇を噛んだ。

 確かに予測はしていた。けれど── それは、出来る事ならそうでなければいいという、希望的観測の元でのものだ。

 それが現実になったばかりか、よもやこのような乱暴な手段に訴えるとは。

「…まさか、あなたが直々に動くとは思いませんでした」

 苦々しい言葉に、男が小さく笑う。

 管理階級である《マリス》。

 その頂点に立つ彼は、今まで穏健派と見なされていた。否── 今も大部分の月の住民に思われている。実際、彼は今まで表立って地上を否定する言動を取っていなかった。

「何故です…何故、彼等と対話しようとしないんです、マリス:リヴレ」

 ともすれば散漫になりそうになる意識を必死に保ちながら問いかける。

「彼等と我々は住む場所は違えど、同じ人間だ。言葉が通じない相手では……」

「── あれは君が思っている以上に危険な物なんだよ」

 必死に紡がれる言葉を遮り、リヴレは彼の目前にまで足を進めた。見下ろす瞳にあるのは、確固たる意志──。

「私は《マリス》だ。《セレス》と月の民を守る義務がある。賢者の石、と彼等が名付けたあれは、我々を脅かす」

 だから排除するのだ、と見下ろす視線は語る。一方的なその物言いに、かっと頭に血が上った。

「だからと言って、彼等を見殺しにする権利は…っ」

「愚問だ、シェリド:ソーヤ。それにもう…矢は放たれた」

「な、に…?」

 ぎょっと目を見張るソーヤに、リヴレは同情するような表情を浮かべた。その表情の意図がわからず困惑する彼に、予想外の言葉が降る。

「── 主人の命を守る為、忠実な《翼》は地上へ降りたよ」

「…? まさか…!?」

 忠実な《翼》── その言葉から導き出される存在は一人しかいない。薬物による酩酊めいていが、一瞬で冷めた。

 この場にいない以上、自分と同様に何処かで拘束されているのではないかとは思った。あの彼女がおとなしく捕まっているとは思えなかったので、別の意味で無茶をしていなければいいとは思っていた。

 …だが、今の言葉はそんな想像を遥かに超えた、最悪の事態が起きている事を伝えていた。

「…卑怯な……ッ」

 噛みつくような言葉にも、リヴレはまったく揺るがない。余裕すら見せる様子で頷いてみせた。

「そのそしりは甘んじて受けよう。…だがね、使える駒を有効活用するのも《マリス》の仕事の内なのだよ。本来守り手たる翼は刃となり、過ぎた望みを持った者の命を刈り取ってくれる事だろう── 大事な主を取り戻す為にね」

 淡々と語られる抽象的な言葉に、ソーヤは青ざめる。そこに隠された意図を掴み取れぬほど、愚かではない。

「それがあなたのやり方か!?」

 思い出すのは無邪気な笑顔。

 小柄な肢体、小さな手。その背に生えた白い翼── 哀れなほどに一途な、彼の守り手。

(…フィー……)

 リヴレの言葉を素直に読み解くならば、彼女はこの自分を救う為に地上に降りた事になる。…その手で、この月に対する『敵』を排除する為に。

 万が一、失敗したところで、リヴレには何の痛みも生じない。その責は、主であるソーヤに向かう。

「…俺を拘束したのは、その為ですか。最初からそうするつもりで……?」

 全ての罪をソーヤに押し付け、彼を含んだ穏健派を牽制する為に──。

 問いかける言葉に、リヴレは薄く笑った。

「私は危険人物の暴走を事前に阻止しただけだが?」

 詭弁なのは明らかだった。そもそも、ソーヤに月を掻き回す意図はなかったのだから。理解が得られるまで、ただ訴え続けるつもりでいたのだ。

 それを証明するように、リヴレは続ける。

「…不要なのだよ、あんな穢れた場所など。この月が存続する為に必要であるから、仕方なしに維持を手助けしていたがね」

 吐いて捨てるようなそれは、《マリス》を統括とうかつする人間が口にするには、あまりにも過激な言葉。だが、同時に事実でもあった。

「逆に聞きたいものだ。君は何故、あのような場所に心を傾ける? すでにあの大地は死んだも同然。何も生み出せない不毛の塊だろう」

 地上は手の尽くしようもないほど穢れ、そこにいるだけで死に片足を突っ込んでいるようなもの。復興は絶望的── それが《セレス》の導きだした結論だった。

 それはソーヤもわかっていた。わかっていて、だからこそ地上とわかり合いたいと願ったのだ。

 ここに迎え入れる事は不可能でも、地上よりはるかに進んだ各種技術があれば、彼等の苦痛をいくらかなりと軽減出来る。死へと向かう時間を、僅かでも遅くする事が出来る。

 もちろん、彼等がそれを望むかどうかは別の話だ。

 ただ、もし地上に自分の『家族』がいるのなら、出来る限りの手を尽くしたい。もうすでに誰も残っていなかったとしても、自分が生まれた場所を自分から見限りたくなかった。

 ── それが、ただの自己満足に過ぎないのだとしても。どうしても、諦めたくなかった。

(駄目だ…早まるな、フィー…!)

 祈るように、今はこの場にいない彼女に願う。

 この自分の命を盾にされているのなら、たとえ理不尽な命令であろうと、彼女は受けるだろう。そして遂行しようとするだろう。

 そもそも彼女達エフェラは、管理者たる《マリス》に逆らえはしない。それでも思わずにはいられなかった。

(…頼む、思いとどまってくれ)

 本当にそれを実行に移してしまったら、おそらく取り返しのつかない事態になる。

 温厚な表情に冷徹な計算高さを隠したマリス:リヴレ── 唯一の誤算があるとするなら、ただ一点、彼の翼を刺客に使った事だ。

(どうか、その手を汚さないでくれ……!)

 そうなればマリス:リヴレの思う壺だ。

 彼女は普通の《翼》とは違う。ただ黙って主に従うだけの存在ではない。それが今回どう影響するのかまったく予想がつかない事が、逆に唯一の希望と言えた。

 何より、彼女の主である彼がそれを望んでいない事に、気付いてくれればいいと思う。

 彼女は盲目的なほど、ソーヤしか見ない。無体な事を強いた事はないが、彼が願えば好意をもって従ってくれた。

 感情面が乏しいエフェラが多い中、主への好意を隠さない彼女は明らかに『異質』だ。

 けれど── その一方で、どうして彼がそんな事を望むのか、その理由までは目を向けない。彼が彼女を、実の妹のように思っている事も、おそらく気付いていないだろう。

 それが、『作りもの』である何よりの証。

(俺は…君に、出来るだけ『人』のように生きて欲しいんだ)

 まるで、『家族』のように思っている。

 他人ばかりのこの場所で、唯一の暖かな存在が彼女だった。

 人の命を奪っても、彼女は何も感じないかもしれない。これで主が救われると、喜んでしまうかもしれない。

 それが、何より恐ろしかった。

(何とか…しなければ)

 状況は拘束されているというだけでも圧倒的に不利な上に、おそらくさほど猶予も残されていない。

 だが、彼女を止めるには自分がこの窮地から脱するより他はない。ソーヤは目の前の男を無言で睨み上げた。

(…このまま終わって堪るか)

 勝率はゼロに等しい。しかし、ソーヤはその無謀な戦いに挑む事を密かに決意した。

 己にとって大切なもの、その全てを守る為に。

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