壊れゆく夜のために(1)
『翼』『翼の末裔』と異なり、こちらの作品は少々暴力的・差別的表現や残酷な描写が入ります。苦手な方はお気をつけ下さい。
もう、なにもない。
もう、なにもいらない。
全ては── 終わってしまったのだから。
今さら欲しがった所で、何かが変わるはずもないのだ。彼は小さく自嘲するように微笑み、閉じていた目を開いた。
それでもこの手に、たった一つ残されたものがある。
もはや持ち上げる事すら出来ない掌に、一枚の羽根。そっと、まるで壊れ物のようにそれを握り締めて。
これでいいと、彼は思った。
これだけで、自分がこの場所で生きた意味があったと思えたから。
だから、今は。
空に祈り、大地に祈る。そんな資格がない事は重々承知の上で、ただ、祈る。
見上げた空に浮かぶ白銀の円盤は、今日も清浄な光を静かに降り注ぐ。
せめてそこだけは、これからも変わらず美しくあればと。
そこにいる人が、幸せであればいいと。
それだけが贖う事の出来ない罪を背負った彼に出来る、ただ一つの事だったから。
狂気を呼び、血を招き── それでもただ、ひたすらにささやかな幸せを求め続け。
涙を流し、終いには自分自身すらも壊してしまった。
…彼が唯一愛した、小さな『鳥』の為に。