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翼の末裔  作者: 宗像竜子
第二話 翼の末裔
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翼の末裔(9)

 ティアーレ様、と村人達は彼女の事を呼んだ。

 特別な方です、と敬意を払い、農作業を手伝おうとするとそんな事はしなくてもいい、と断られた。

 村の少し奥まった場所に家を与えられ、何もしなくても食事は届き、何もしなくても衣類が整えられ、何もしなくても生きて行けた。

 恵まれた生活。親切な村人達。

 けれど…その代わりに、自由と呼べるものはほとんどなかった。

 彼等は彼女に知識を与えず、彼等は彼女に生きて行く術を教えなかった。一人では何も出来ないように。

 確かに身の回りの事は自分で出来るようにはしてくれたものの、与えられた家から一歩外へ出ようものなら、必ず誰かがお供に着いて来た。

 一人になりたかったら、家を出ずに閉じ篭るしかない。

 それでも、ティアーレは村人達を嫌いにはなれなかった。

 貧しい村で、人一人養う事は大変だったに違いない。しかも、まったく働き手にならない人間をだ。

 感謝の気持ちをどうして感じずにいられるだろう。毎年のように、幼い子供や老人が死んで行くのを知っているのに。

 そう…彼女が彼等の役に立つのは、村人が怪我したり、病気になったり、死んだりした時だけだったから。

 特別な何かをする訳ではない。ただ、彼等の為に祈りを捧げるだけ。

 元気になりますように。怪我が癒えますように。…安らかに眠れますように。

 それだけで、何故か村人は喜んでくれた。

 確かに祈った後、怪我の直りが早まったり、病気の症状が軽くなった、という話は聞いたけれど、それが自分が祈った結果だなんて、到底思えなかった。

 それでも、それしか返せるものがなかったから、祈る時は心を込めて祈った。

 ティアーレ、という存在を必要とされていない事が、悲しくて淋しくて仕方がなかったけれど、そこまで望むのは我が侭だと思って──ずっと、生きてきた。

 彼等は何故、自分をそんなにも特別視していたのか、今でもわからない。誰も教えてくれなかったから。

 でも、あの夢を見た時、思い知ったのだ。

 自分は「ティアーレ様」ではなく、ただの「ティアーレ」として生きたいのだ。誰かの為に祈るだけではなくて、誰かの為に直接力になりたい。

 自分の手と足で、生きて行きたい。そう、思ったのに──。


+ + +


「駄目だ」

 決死の覚悟で戻る事を決めたのに、リュナンは一言でそれを否定した。

「でも……!」

「でも、も何もないだろ。戻ってみろ、もう二度と逃げられないんじゃねえのか?」

「……」

 見透かされたような言葉に唇を噛む。

 確かに── 恐らく、村人達は今まで以上にティアーレを監視するようになるだろう。二度と裏切る事のないように、完全に閉じ込めてしまうかもしれない。

 優しくて親切な村人達── けれど、そうする事が出来る人々である事も、ティアーレは理解していた。今回の逃亡は、おそらく最初で最後の機会なのだ。

「それに…もう、オレも他人事ひとごとじゃない」

 そこでようやく、リュナンは追手がティアーレだけを追ってはいない事を告げた。途端にティアーレの顔色が変わる。

「そんな……! わたし、やっぱり戻って話します! リュナンは何も悪くないって……!」

 まさかそんな事になっているとは、夢にも思っていなかった。

 この逃亡を手伝って貰っているだけでも、十分迷惑をかけているのに、更に盗人の嫌疑までかけさせてしまうとは──!

「わたしが一人、勝手にしたんだって!」

 その疑いだけはあってはならないものだ。

 リュナンは、恩人なのだから。物を知らず、世間を知らない自分を、たとえ気まぐれだとしても助けようとしてくれた。

 しかし、当のリュナンはティアーレの言葉に軽く肩を竦めて見せるのだった。

「…まあ、実際そうだけどな。でも、向こうはそれを信じてくれるかだな…── どうだよ?」

「!?」

 リュナンの言葉と視線で、弾かれるようにして背後を振り返る。

 そしてそこに立つ数人の見覚えのある人々を見つけ、ティアーレは息を飲んだ。

(…もう、追手が……!?)

「貴様が、ティアーレ様を攫った、そうに決まっている」

 まさかと思いつつ視線を向けた先、低く言い放ったのは村の若者の中でもリーダー格の人物だった。

 がっしりとした体格は、農作業や狩猟などで鍛えられたもの。どちらかというと細身のリュナンと見比べると、明らかに力強そうである。

「…違います! リュナンは、そんな事……っ」

「ティアーレ様は黙っていてください」

 ぴしゃりと言い放ち、ティアーレの言葉を封じると、その両手を持ち上げた。

 やはり鍛えられた太い両腕がすっと、伸ばされる。その先にあるのは──。

「…弓矢で射殺す、か?」

「当然だ。我が村の宝、ティアーレ様をかどわかした以上、生かしてはおけない」

 リュナンの問いに、男は冷えた視線を投げかける。そして、リュナンの顔を見てぎょっと目を見開いたかと思うと、食い入るように凝視する。

「貴様、獣宿持ちか…!?」

 男の言葉で、側にいた青年達に動揺が走る。

「何……!?」

「どうして生きて、こんな所に……!」

 中にはかつてリュナンが言っていたように、空にまじない言葉を書きつける祓いの呪いをする者もいて、ティアーレを驚かせた。

(獣宿って…何なの?)

 まるで不浄のものでも見るかのような視線が、ティアーレには辛い。

 もちろん、それはティアーレに向かってはいないのだが、リュナンがそんな視線を受ける事が辛かった。

 リュナンの一体何処が、村人達と違うというのだろう?

「…獣宿持ちめ、ティアーレ様の祈りの力を欲したか!?」

 男の言葉に、ティアーレは反射的に叫ぶ。

「違います! リュナンはそんなもの、望んじゃ……!!」

 確かに自分は村では祈るばかりの存在だった。けれど、リュナンはそんなものを必要とはしなかった。第一、彼は自分の事を何も知らない。

 何も知らないのに、何も出来ないちっぽけな自分を気の毒に思って助けてくれただけ。それなのに──。

 しかし、村人達はティアーレの言葉に耳を傾けようとはしなかった。…今までのように。

「ティアーレ様、こちらにおいで下さい。その男は呪われた存在、御身が汚れます」

「…呪われた……?」

 男の言葉に思わず振り返ると、リュナンは何故か口元に微笑を浮かべていた。そして、傲然と言い放つ。

るなら、さっさとれ」

「!!」

「リュナン!?」

 リュナンはわざとのように腕を広げ、身体の前面を無防備に曝した。

 挑発なのか、それとも他に意図があるのか。普通に考えれば、正気の沙汰とは思えない行動に、村人のみならずティアーレも激しく動揺する。


 まさか。


 どくん、と心臓が跳ねたのがわかる。

 リュナンは── あの時の言葉通り、本当に己の死を望んでいるのだろうか……?

「わかっていると思うが、一撃で仕留めろよ」

「リュナン、何を……!」

 ただの挑発だと思いたかった。なのに、リュナンはティアーレに目を向けると、落ち着き払った顔で言うのだ。

「言っただろ、ティアーレ。オレは死ぬ場所を探している…確実にオレを殺してくれる相手がいるなら、願ってもない」

「そんな……っ!」

 理解出来なかった。リュナンは本当に死のうとしているのだ。それが、彼の本当の望みなのだ。

 でも── 何故、ここまで彼は自分の命を捨てようとするのだろうか?

 こんなに簡単に、捨て去れるのだろうか?

「さっさと殺せ。殺して貰うしか…オレは死ねない」

 淡々と語られる言葉には、諦念が漂っていた。

「リュナン…、でも……」

「…オレは、自分で自分を殺せない。何回か失敗してるからな。もう…試す気にもならない」

 ティアーレの心を見透かしたように、リュナンは自重するような笑みを浮かべてそう言った。

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