翼の末裔(5)
…地上に降りた月の民は、次々に死んで行きました。
元々、月という穢れと関わりのない場所で暮らしていた彼等にとって、地上の毒は命を縮めるものでしかなかったのです。
月の民には、地上の民にはない力がありました。
それは、祈りの力。
彼等は祈る事で、『癒し』という奇跡を起こすのでした。
しかし、その癒しの力でもっても、地上の毒はなかなか清まらず、そして彼等の力にも限界が存在したのです。
祈りとは── 受け止める対象があって初めて、奇跡を起こすもの。
月の民の祈りに対して、その対象となる地上は、あまりに広く、そして彼等の祈りをなかなか受け止めようとはしなかったのです。
気がつくと、月の民はほんの僅かな数だけになっていました。
地上の民は月の民の献身を感謝しつつ、彼等に月へと戻るように説得を始めました。
確かに地上の毒が少しでも薄まれば、どんなにか彼等は助かる事でしょう。しかし、だからといって同胞とも言える月の民を犠牲にする事は、とても出来る事ではありませんでした。
月の民は考えました。
地上の民の言葉通り、このままでは彼等の方が滅んでしまう。しかし、ここで清める事をやめてしまったら、毒はまた再び地上の民を苦しめる。
── そして、月の民は決断したのです。
彼等は地上の民との間に子をもうけ、自らの祈りを受け止める存在を地上に残す事にしました。
地上の民の血を受けた月の民の子は、月の民よりも毒に強く、そして同時に背の翼と祈りの力を受け継いでいました。
月の民は月から我が子と、我が夫もしくは我が妻を思い、祈りを紡ぐ。そして、月の民の子はその祈りを受け止めて、《癒し》の奇跡を起こしたのです。
地上の毒はなかなか薄まりはしませんでしたが、それでも少しずつ少しずつ、清められて行きました。
月の民の子はまた子を産み、世界中にその子孫は散らばって行きました。
そして長い長い年月が経ち── 地上の人々の寿命が延びる事と引き換えのように、月の民の血は地上の民の中へと紛れ、翼を背に持つ者は自然と生まれなくなって行ったのです……。