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翼の末裔  作者: 宗像竜子
第二話 翼の末裔
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翼の末裔(3)

 旅立ちを決めたのは、とても静かな晴れた夜のこと。


 ── ここを出よう。


 それは衝動的な思いのようであったけれど、元々何かにつけてうとい所のある自分だったから、本当はずっと前からそう思っていたのかもしれない。

 ずっと今までここで育った。ここしか、知らない。

 両親の顔を知らず、何処か普通の人と違った自分を、村の人々は親切にしてくれた。

 非力で彼等に混じって農作業する事もろくに出来ない自分を、大事にしてくれたように思う。

 実際、自分は特別扱いを受けていたに違いなかった。だから、それらの事に対する感謝の心は確かに感じている。感じて、いるのだけど。

 でも── ここは自分の生きる場所、そしていつか死ぬ場所ではない。

 ここで自分はただ、『生かされて』いるだけ。ここにいる限り、自分には生まれた来た意味がないままだ。

 そんな息苦しさを感じていたある日…夢を見た。

 自分が泣いている夢だった。

 どうして、泣いていたのか理由はわからない。悲しいのか、辛いのか── それとも別の何かなのか。

 ただ、溢れる涙を堪える事が出来ずに、幼い頃のように泣いていると、いつの間にか側に別の誰かがいた。

 その人は嘆いていた。

 その人は言う── 何故、自分はここにいるのだろう? 何故、生まれてきたのだろう?

 誰の為にもならないというのに。誰にも、必要とされていないのに。

 どうして自分の夢に知らない人が出てきたのか、その理由などわからない。その嘆きに対する答えもない。ただ、その悲しみの深さに泣く事しか出来なくて、ますます涙は増えた。

 ただ…ただ、切なく悲しく── そして、同時に何故か幸福な夢でもあった。

 目が覚めても、その幸福感と切なさは残っていて── あとはもう、いても立ってもいられなくなってしまったのだ。

 夢の中にいた人に、会いたくて。

 顔も姿もわからないのに、そもそも実在するかもわからないのに会いたかった。そして、嘆かないで、と一言伝えたかった。

 わたしが必要とするから。あなたは── 独りではないのだから、と。

 そして…その人のいる場所が、自分の居場所のような気がしてならなかった。そう伝える事が、自分の役目のようにすら思えた。

 それは予知なのだとしても、あまりに曖昧なもの。相手の性別すらもはっきりしない、単なる夢と片付けてしまえる程度のもの。

 …それでも、旅立つ理由には十分だった。


+ + +


 見上げた夜空は、不自然な程に真っ暗だった。

 よくよく見れば、お情け程度に星が散らばっているのがわかるものの、今まで馴染みだった星が、今日はその姿を消している。

 それを確認して、ティアーレはそっとため息をつく。何だか、ずっと一緒だった友人と離れてしまったような、そんな淋しさを感じたからだ。

 ── 星が、消える。

 それは決して珍しい事ではない。すでに、わかっているだけでも数百年程前から、星は次々にその姿を消し、夜の闇はそれに比例するようにその深さを増しているのだ。

 その原因は、誰にもわからない。

 昔語りに聞くかつての夜空は、星々が一面に広がり輝いていたという。そして、その輝きの比ではない光をたたえる『月』が、昼間の太陽のように夜を支配していたのだと。

 想像してみてもピンと来ないが、おそらくそれは素晴らしく美しい光景だっただろうと思う。

 もっとも、村を家出同然で飛び出してきた彼女には、たとえ星や月があったとしても、純粋に楽しむ余裕などなかったのだが。

 星と── そして、聖地とも呼ばれた月が失われて、人々は徐々に夜目が利くようになったと言う。けれど、それも限度というものがある。

 真夜中の今、特に灯りになるようなものを持っていない彼女の目では、もはや夜道は先の見えない迷路に等しい。

 すでに来た道も定かでない闇の中、ティアーレはついに立ち止まった。

(…今日はこの辺で休んで、夜が明けて道がわかるようになったら先に進みましょう)

 今までろくに働く事もなく、長時間歩き続けた経験もない彼女の足は、たった数刻の道のりでも、すでに痛みを訴えていた。

 歩けなくなる程ではないが、無理をして後に響くようだと困るだろう。

 どちらにしてもこの足とこの闇では、手探りで進んだとしても、大した距離も稼げない。そう判断し、そのままその辺の繁みの中へと分け入り、そこへしゃがみ込んだ。

 手の入っていない繁みは、ちくちくと小枝が刺さって決して気持ちのよいものではなかったものの、そのまま地面に横たわるよりはずっと楽に違いなかった。

 しばらくごそごそと身体の位置を調節し、出来るだけ身体の負担のない体勢を取ると、ティアーレはそのまま目を閉じた。

 山の奥、しかも夜更けの時刻。獣がいつ出てもおかしくない状況で、ティアーレはそれでも何処か満足そうな表情で睡魔の訪れを待った── が。

「……?」

 不意に何かの気配を感じ取り、彼女は結局目を開いた。

 かさかさ、と葉擦れの音がする。風が鳴らすそれとは違う、明らかに何かが立てる音だ。

 まさかもう追手が来たのだろうか、と身を固めて様子を伺った。

 がさり、と誰かが落ち葉の積もった地面を踏みしめる音。急速に高まって行く緊張の中、ティアーレは息すらも殺して、必死に物音を立てないようにしていた。


 がさ、かさり、がさっ。


 次第に近付いてくる足音。やがてティアーレは、その足音が自分の今までやってきた方向とは逆からやって来ている事に気がついた。

 つまり── 少なくとも、追手ではない。

 だからといって物騒な昨今、安心していいはずもなかったが、その事実は少なからず彼女を安堵させていた。


 かさっ、がさり。


 足音はすぐ側まで来ていた。満足に灯りのない状態で、その姿を見極めるのは困難に違いない。そして…その逆も言えるはずだった。

 しかし──。

「…あんた、そんな所で何してるんだ。迷ったのか?」

 急に足音がしなくなったかと思うと、それと同時にそんな声が飛んできて、ティアーレは思わず息を飲んだ。

 声の様子では、まだ若い男のようだ。しかし、だからと言って安全とは限らない。彼女は益々身を縮めた。

 すると、まるで呆れたような、困ったようなため息が聞こえたかと思うと、がさがさと足音は迷う素振りもなしに彼女のいる繁みの前までやって来てしまう。

「……!!」

 乏しい知識を総動員して、ありとあらゆる『よくない事』が頭の中を駆け巡る。

 このまま、殺されるんだろうか?

 そんな事を考えた時には、足音はティアーレの目の前で止まっていた。しかし、しばらく待っても何も起こらない。

 恐る恐る顔をあげると、そこに彼女は星を見つけた。

(…目…光ってる……)

 それは、空に散らばる星よりも、もっと熱のある輝きだった。赤を帯びたその金の瞳は、じっと彼女を見下ろしている。

 こんなに暗くなければ、おそらく瞳の持ち主の容貌も知れただろうが、この闇の中ではわかりようもない。

 だからただ、見下ろす瞳をじっと見上げる。不思議とその瞳に恐怖感は抱かなかった。

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