9話 眠りを妨げる者には怒りの鉄槌を
「そろそろ寝るか…。」
シャワーを浴びた後、客室に敷いてあった布団(恐らくベオウルフが用意した物)に横になる、その瞬間どっと知らず知らずの内に溜まっていた疲労が押し寄せてきた。
初のクエストに長時間の移動や長話、緊張が一気に解け瞼が重くなる。
既に隣で横になっていたセラは寝息を立てていた。
あぁ、明日は朝一に村長の所へ行って報告書を貰わないと…等と明日にすることを脳内でまとめている間にゆっくりと眠りに落ちていた。
ふと目が覚める、時計では横になってからまだ1時間も経っていなかった。
確かに布団や枕が変われば寝付けないといった理由もあるだろうがそうではない。
確かな理由が明白にあった。
女性の高い喘ぎ声なるものが聞こえてくるからだ。
すぐさま飛び起き扉をバンッと勢い良く開け隣の部屋に入る。
「貴様ぁ!やはりオークの性には抗えなかったか⁉私達を騙したのだろッ、えぇッ!」
だがベオウルフの姿はどこにも見えずルナがテーブルに座って紅茶を飲みながら魔導書を読んでいた。
「あぁ、やっぱり起きてきましたね。」
「一体これは何だ?あのオークはどこへ行った?」
ルナは何も言わず玄関の方向を指差す、そちらに行くと玄関の扉にもたれ掛かる様に座って耳をペタンと下し耳栓をして眠るベオウルフの姿があった。
こちらの気配を察してかベオウルフが目を覚ます
「あぁアネット様でしたか…何かご用意致しましょう、ココアかホットミルクかご要望があればある物で作ります。」
「いや、いい。それよりお前こんな所で何してんの?」
「私が近くにいれば眠りの妨げになってしまいますので……。
本当は外で寝るつもりでしたが他のエルフに絡まれるからという理由でルナ様が家の中で寝るようにと言って下さったのです。」
「オークの本性はどうした⁉綺麗な女が3人もいるんだぞ!ぶち犯したいと思わんのか?」
「そんな滅相もない、恩人に対してそのような事考えるはずございません。」
「食事に薬を混ぜたんじゃないのか?私もセラも横になった途端に一瞬で寝たぞ?」
「薬など混ぜておりません、布団を天日干しにしていたからでしょうか?それに疲れもあったのでは?」
「そもそも私は恩人ではないし殺されかけたんだぞ、憎らしいとかひどい目に合わせてやるとか思わないのか?」
「思っておりません。むしろ生かしてくれたことに感謝しております。」
「思えよッ!」
「えぇッ⁉」
こいつ健気すぎるッ!
これでは扉の鍵を開けっ放しにしていたり、隣で寝ている友人を起こさないように襲われるボイスレスプレイを期待した私が馬鹿みたいじゃないか。
ぐぬぬッっと睨みつけるのを止め起こして済まなかったと一応謝罪をしルナのもとへ戻る。
目の前の席に座り腕を組む、目を閉じ沈黙を保つ。
昼間の虫の鳴き声や鳥のさえずりが消え辺り一帯が静寂に包まれ…無かった。
聞こえるわ聞こえるわ、家の外からエルフの喘ぎ声やオークの悲鳴のような声が…。
時間が経つにつれ木霊のように響き渡る声のボリュームが上がっているような気がする。
耳に栓をしてもかすかに聞こえる声が逆に苛立ちを募らせる。
「私がダークエルフになってしまった原因が分かりましたか?」
あぁ、今ならわかる、こんなの毎晩聞いていたら狂ってしまうなぁ、でもなぁ…
「そんな理由で堕ちていいのか?何かこう精神が限界突破したような、生物が生まれ変わる瞬間の美しさのようなものはなかったのか?」
「ありませんよそんなの、F〇ck!!って両手の中指を立てたら体が光ってポンですよ。」
何を期待しているんだか…と自嘲するようにルナは手を上げていた。
聞きたくなかったなぁ…、もっとこう…サナギから成虫に生まれ変わるようなのを期待していたのに…。
そうこう考えていると隣の部屋から―ドゴーンッと大きい物音がした。
ビクッと私とルナが驚き玄関からベオウルフが駆けつける。
「一体何事ですか⁉」
「わ、分かりません、こっちが聞きたいですッ。」
「あぁ…とりあえず2人共少し離れて…こっちに来て…そうそう。」
とりあえず冷静に2人を安全な場所に移動させる、そして……、
―ドカーンと爆発するような轟音が鳴り響き客室の扉が勢い良く吹き飛んだ。
その衝撃に2人の顔は目が糸のように細くなり頬が震え、口を閉じたまま唇が引き延ばされいた。
髪の毛は言うまでもなくぐちゃぐちゃのボサボサになっている。
土埃の中からゆっくりと一歩踏みしめる度に首を左右に振りながらこちらへと歩いてくる人影が見えた。
光の無い赤い深紅の瞳に黄色く開いた瞳孔をした顔がこちらを捉える。
「おい、この村のエルフ全員一匹残らず根絶やしにしてやる。手始めに村長のいる場所を教えろ。」
「「一旦落ち着け(落ち着いて下さい)!」」「私だけは許して下さい!」
3人で制止するよう引き留める。
だがセラの歩みは止まらない、ゆっくりとルナに近づこうとする、さっき何か別の言葉が聞こえたが気のせいだろう。
「うぉおおおおおおッ‼‼」
セラは今正常ではない。
気付いたら体が動いていた、セラの前に立ちはだかり素早く腕を伸ばしてこの女が動くよりも先に両手を鷲掴む。
お互いが均衡するように動じていない間に後ろの二人に叫ぶ
「逃げるんだぁああ!こいつは今我を失って―うぉおおおおッ!」
足を払われ体勢が崩れた瞬間に胸元を掴まれセラの後方に投げ飛ばされる、―ドガシャーンと大きく音を立てテーブルが壊れその下で痛みに蹲る。
「きゃぁああああああッ!アネットさぁああんッ!」
「セラ様ッお許しくださいッ!うぉおおおッ!」
雄叫びと共にセラを正面から胴体を締め上げるベアハッグの形で動きを封じる。
決まったッ、あの巨体では動けまい、そのまま体重を掛けて押し倒すんだ―そう思ったのも束の間だった。
「こ、これは…ごへぁあああッ!」
「きゃぁああああああッ!ベオウルフさぁああんッ!」
グググッっとベオウルフの巨体を持ち上げ投げ飛ばす、ガッシャーーンと皿やグラスの割れる音が響いた。
だが隙を見せたな、
「はぁああああッ!」
四足歩行でテーブルの下からバタバタバタと駆け寄りセラの両足首を掴み後方へ引っ張る、バランスを崩したセラはびたーんとうつ伏せに倒れた。
「取ったッ!ぐべぁあッ!」
「きゃぁああああああッ!アネットさぁああんッ!」
足裏で顔面を勢い良く蹴り飛ばされ壁に激突する。
その衝撃と共に鼻水や唾液が無造作に飛び出ているにも関わらず私は安堵する。
良かったこんな無様な顔をルナ以外の誰にも見られなくて…。
「ぐぉおおおおおおッ!」
立ち上がろうとしたセラの後方から突貫したベオウルフが両脇の下に腕を通し羽交い絞めにし、さらに組んだ両手で後頭部を押し曲げる
―〈フルネルソン〉という締め技が決まる。
勝ったッこれにはセラと言えど動くことすら出来まい。
「申し訳ございませんセラ様、ですがここはいったん落ち着いてぇえええッ!」
何が起こったか分からなかった。
セラがベオウルフを抱えたまま前転宙返りをして床に勢い良く叩きつけていた。
肺にダメージを負ったベオウルフはコヒューッコヒューッと呼吸困難に陥っている。
「きゃぁああああああッ!ベオウルフさぁああんッ!」
お前はさっきから何をやってるんだよ、立ち止まってんじゃないよ。
さっきいた所から一歩も動いてないじゃないか、何のために時間稼いでると思ってんだよ。
「セラァアアッ!これを見ろぉおおおッ!」
床をゴロゴロゴロと横転しながらセラの元へ辿り着き1枚の紙切れを視線に入るように手をかざす
「こ…これは…、まさか…。」
ブフッと鼻血が飛び出したかと思うとセラの動きが止まり紙切れに釘付けになっていた。
開ききっていた瞳孔は元に戻りゆっくりとだが落ち着きを取り戻していく。
その紙切れはノエル=ヴァルティア(五歳児の姿)が両人差し指を頬に付け満面の笑みを浮かべていた写真だった。




