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6話 邂逅

木々は天を突くように伸び、その幹は何百年の苔と蔦に覆われている。

 足元には無数の獣の足跡、空には得体の知れぬ影が過ぎ去り風のざわめきさえも何かの呼吸音のように聞こえる。


 ―「シベリアの森」―

 

 一歩踏み入れれば、そこは境界の曖昧な世界だった。

 群を成し狩りをする獣、霧に溶ける虫、毒を持つ草に語りかける妖精、木の皮に潜む目玉―異なる命が共存し、捕食し、交錯している。

 エルフの存在する村までは騎士団により道が舗装されていた。

 大人が4人ほど横に並べる程に開けた道があるだけのもの。

 舗装というにあまりにも粗末なものではあるが道なりに進めば迷うことがないというのはそれだけでもありがたい存在となっていた。

 

 グレイシア王国内にもエルフは存在しているが数は少なく研究に没頭する者や文献を広める者、村から出稼ぎに出た者達がいるが、その誰もが男女問わず美しく伸びた金色の長髪に綺麗に尖った耳を持ち合わせていた。

 他種族と比べ品位があり問題や事件は余り起こさないが自発的に慣れ合うことはほぼなく、他種族を見下し高慢な態度を取る者が多くいた。


 王国とエルフの村との関係は敵対こそしていないが、干渉を嫌うエルフの特性があった為交流はほぼ無いに等しかった。

 王国に希少な価値がある文献や魔法知識を提供しに年に数回エルフが派遣される、

 それらに対し王国は派遣時の護衛、村の緊急事態時に防衛を行う安全保障条約が定められた。

 とはいえ村に駐屯地といったものは存在せず月に数回の報告書のやり取りが行われるのみであり、道の舗装もエルフ側からは懐疑的ではあったが無理を言い押し通って行われたものであった。


 村は閉鎖的であり行商人の買い付けには応じたりしない、特産物といった物もエルフが調合する薬以外に目立つものは無く、そもそも他の者に売りつけたり渡すことも無い。

 村の者達は外から来た人達に対して基本好意的では無い為わざわざその村へと訪れる者はいなかった。

 

 私は服装を整え、セラと共に森の中を歩いていた。

 身につけていたのは、金属のきらめきを最小限に抑えた軽装鎧。

 胸と肩、腰回りには硬化革に薄鋼を重ねたプレートが要所だけに配置されており、致命傷となる部位をしっかりと守っている。

 だが、肘や膝、背中などの可動部には一切の無駄な装甲はない。

 動きを殺さず、走り、跳び、斬るための“隙”が意図的に残されたものだ。

 盾は持たず長さ90㎝程の直剣を鞘に納め持ち合わせる。


「あれ?こんな魔物や生物に遭わないことあるんだな。」

「そりゃ薄いけど結界張ってるからね、特に羽虫とか鬱陶しいの嫌いだし。」

「何だとぉ⁉今すぐ消せ、いいか今すぐにだ!」

「…分かったから大声出さないでよ、びっくりするから。」


 こいつは本当に冒険者の生業を理解していない、様々な魔物たちと戦い疲労困憊になった所で奇襲を受ける、自分より弱い魔物に敗北するのが冒険者の特権だろうが……。

 後で冒険者とは何か1から教えないと…そんなことを下を向きながら考えているとセラがぽつりとつぶやく。


「あの子どうしたのかしら?」


 道の先によろよろと歩く人の姿が見えた。

 急いで傍まで駆け寄るとその姿が段々鮮明に見えてくる。

 太陽の光を反射するように髪は、まるで凍てつく銀の糸を束ねたような輝きを放っている。

 対照的に、その肌は深く焼けた褐色。だが荒れた土の色ではない。

 磨かれた黒曜石のように艶やかで、温かな影を宿していた。

 エルフ独特の長い耳がありまだ子供のような身長と容姿をしていた。

 

―ダークエルフ―。

 

その名の如く堕ちたエルフであり狂気的な一面や残酷さを持ち合わせているエルフの中でも稀な存在。

 主に精神の崩壊と共に肌や髪色が変化し生まれ変わるとされる。

 そのダークエルフが今にも倒れそうにふらつき荒れた呼吸をしている、体を支えたままその場にゆっくりと横にした。


「おい、どうした⁉一体何があったんだ?セラ回復魔法を!」


 そう言い終える前にセラは既にダークエルフへと魔法を掛けていた。

 セラの両手に淡い白色が纏いダークエルフの体の周りに浮かび上がる。

 すると徐々に呼吸が落ち着きを取り戻したように穏やかになり、顔に浮かび上がっていた疲労が無くなっていくのが見て取れた。

 ゆっくりと瞼が開き私達の姿を確認する。

 聞きたいことはあったが彼女が口を開くのを待つことにした、セラも同様に何も言わずじっとこの子を見つめている。


「あなたたちは…一体…?」


 ゆっくりと動揺するように華奢で子供のような可愛らしい声が聞こえてきた。

 それに反応するように答える。


「私は冒険者でアネット=グレイヴァル、こっちの聖職者はセラフィーナ=ヴァルティア。今からエルフの村の村長から報告書を受け取りに出向く所だったんだ。」

「私は別に冒険者じゃないけどね。」

 

そう言いながらセラは瓶に入った水を手渡す。


 「ありがとうございます……、私はルナ=ミアクレルと申します。」


 こくこくと水を飲み深呼吸を行う。

 そしてはっと思い出すように目を見開き立ち上がって声を発する。


「いけませんこのままでは……、あなた方も今村に行ってはなりません、引き返して下さい。」

「一体何があったんだ村に、まさか……。」


 まさか……オークの集団に村は蹂躙(じゅうりん)され尽くされてしまったのか、私達は間に合わなかったんだ。

 こんな子供でもお構いなしに堕ちてしまう程のハード鬼畜プレイを行うなんて…。

 今頃村中では喘ぎ声のコーラスが行われおり、それに応えるように薄汚い笑い声のアンサンブルが行われているに違いない。

 タイミングが悪い…どういった登場の仕方をすれば私もあやかることが出来るだろか……。

 助けに来た風を装うにしても人数が少ないからインパクトが薄いよなぁ…。

 いっそのこと開き直って「お前達に私を満足させられるか⁉」と腕組みしながら煽ってみるというのは効果的ではないだろうか…、そうこう考えていると一体の巨体が目の前に現れた。


「ルナ様、やっと見つけた……。」

「い、いやぁああ!来ないでッ!」


 怯えるルナに近づこうとしていたのはハイオーク、まるで(なだ)める様に手を前に出していたがその目には欲望を隠せないように見えた。

 

 正直私は期待していた、エルフの村で一体何が起こっているのか、

 私の想像をはるかに超えるものを目の当たりにして自我を保てるのかといった不安を感じながら向かって行く事に鼓動が鳴り止まなかった。

 だがそれは全員が成人しているという大前提があっての物だった。

 ―私にも正義の心はある。

 大人の汚い心が芽生えていない、輝くような綺麗な目や心をした無邪気な笑顔を見出す子供達、それらを悲しませ穢そうとする者が許せなかった、それがいかなる理由であれど…。

 怒りが沸々と湧き出て来る、それは形こそ持たないがただ赤黒く心の中で滲み瞳が凍てつくように冷え切る、腰の直剣を手に取り炎を纏わせハイオークに近づく。

 ハイオークもこちらの殺意に気が付いたのか慌てて制止しようと手を上げた。


「えっ?ちょ待っ―」

「滅竜破斬《ラグナ=ドラグブレイク》ッ!」


 ―一閃。

 大地を蹴り出すと共に一瞬でハイオークの後方に動き同時に腹部を薙ぎ払い上下に引き裂いた。

 ブシャァッ!と分厚い胴体から鮮血が吹き出す。

 ハイオークは何が起こったのか分からないまま切断された痛みに苦悶の表情を見せ声すらも出せないでいる。


「あ、あれは滅竜破斬《ラグナ=ドラグブレイク》!」

「し、知ってるんですかセラフィーナさん⁉」

「ええ、私も見るのは初めてだけど本人(アネット)から技の詳細は聞いているわ。確か剣に炎の魔法をエンチャントすることによって放たれる必殺剣だとか…。」


 後方で何やらセラの解説が始まった。

 少し恥ずかしさを感じながらも満足感と高揚感に顔がにやける。


「技のインパクトはあるけれど切った瞬間に炎で焼いているから切断部がくっついて応急処置していることになるのよ、ぶっちゃけ普通に切った方が殺傷力はあるわね。」

「確かに肉がくっついてます、血管も焼いているのか出血量も思った程無いですね。」

「ちなみに魔法や技名はわざわざ口に出さなくてもいいわ、昔は詠唱とかあったらしいけど基本は必要ないわね。」

「それはちょっと思いました、この人急に叫んでどうしたんだろう?って。」

「滅竜(笑)とか言ってるけど竜を倒したことも無ければ逢ったことも無いはずよ。」

「えぇ…、逢ったことないのに滅竜とは…そもそもドラゴンに炎系統の技は効くんでしょうか?」

「もう止めてぇえええッ!それ以上は言わないでぇえええッ!」


 自分のことではあったが恥ずかしすぎて聞くに堪えられなかった。

 そうじゃないんよ求めているのは。

 解説にはもっと敬意を持って話してよ、関心や威信が欲しいのであって正論や核心めいた事を言って欲しくはないんよ。

 2人の口を手で抑えているとドサッと音がした、ハイオークが仰向けになり荒い呼吸をしながらこちらに目をやる。


「本当に…済まなかった、傷つけるつもりはなかったんです…、悪いが全身を焼いてくれないだろうか?魔物達の供物になるのは…嫌なんだ。」

「とりあえず何があったか事情を話してからにしなさいよ。」

「……。ありがとうございます。」


 セラが回復魔法をかけ腹部の傷が一瞬で無くなると同時に横になっていたオークの顔が紅潮した。

 恐らくその前に言った言葉が恥ずかしくなったのであろう、可愛いなこいつ。

 ぷふっとこぼれる様に我慢していた笑いが口から出ると同時にセラとルナが私を細めた目で見てきた。

 

「で、どういうことなんだ?お前がこの子を捕まえて予想だにしないハードなプレイをしようとしていたんだろ。言え!一体どんなプレイでこの子を曇らせようとしていたんだ?事細かに言うんだ、説明が難しいのであれば私で試してみてもいいんだぞ、むしろ推奨だ。」

「そんな滅相もございません、私は村から1人で出ていくのを見かけたので危険と思い追いかけてきた次第でございます。」

「つまり捕えていた肉奴隷が逃げて助けを求めることを危惧したお前が連れ戻しに出向いたということだな、貴様やはりただでは済まさんぞ。」

「まさかそんな…、私はただ1人では魔物に襲われる危険があると申しているだけで…。」

「ああ、だから今まさにお前に襲われそうになっていたのだろう?ブヒヒッ、持ち帰る前にここで味見をさせてもらうブヒよ。と言わんばかりだったであろうが!」

「どうしてそうなるんですか⁉違いますよ。」


 こいつ…まだ認めないのか…。

 エロで頭がいっぱいの奴は知能が低下し本能で動くから自分が何を言ってるのか、何をしているのか理解できないのであろうな、許しがたい奴だ。

 私の尋問に否定を繰り返し話が一向に進まず平行線を辿っていたがここでルナが口を開いた。


「いえ、この方は本当に悪いことをしておりません、村にいた時からずっと私の事を心配をして下さってました。」

「何を言っているんだ、心配しているのは自分のことに決まっているだろうが、この体は俺だけの物ブヒよ。と思っていたに違いな―」

「あんたちょっと黙りなさい。」


 メコッとセラの鉄拳が私の顔面を容赦なく捉えた。

 痛い、顔の中心が潰れる様にめり込み、目は薄っすらとしか見えず口も開かずコヒューコヒューと呼吸するのが精一杯。

 「「ひえっ」」と驚く声が聞こえた。

 一体どんな顔になってしまっているのか想像できなかった、っていうか麗しき女子(おなご)の顔を殴るか普通…しかも潰れる程の力で…。

 そして何事も無かったかのように話を進めるバイオレンス僧侶。


「でも会った時あなたフラフラだったわよ、疲労もあったし今にも倒れそうだったわ。」

「はい…、まぁそれには訳がありまして…とりあえずこのオークの方は無害であることは確かなんです。」

「ふうん、じゃあとりあえず村まで一緒に来て説明してくれる?何があったか報告しないと駄目だから…。」

「うぅ…、分かりましたとりあえず村の様子を見て貰ってから説明します、その方が早いと思いますので…。」


 俯きバツの悪そうな顔をするルナと渋い顔をするハイオーク。

 困惑。2人の表情からはそのような物が見て取れた。


「そういやさっき殺されかけたんだからあんたも何発かこいつを殴ってもいいわよ?」

 

 ドキッ!いやそんなやられたからやり返すなんて…そんな考え方だからいつまで経っても平和な世の中が訪れないんじゃないか?

 まぁ私としては一向に構わんが、むしろどんとこい。

 後セラさんちょっとドライすぎませんかね旧知の仲に対して…。


「いえ私は何も怒ってなどおりません、出てきたタイミングも良くなかったと反省をしている所存です。」


 何ぃ?半殺しにされてどういうつもりだこいつ。

 これは優しさとか紳士だとかではない、恐らくだが後々にあの時はよくも…と根に持つタイプ。

 弱みを見せた途端にドカンと爆発させる気なんだろう気を付けなければ…悩ましい。

「そういやあんた名前はあるの?」

「はい、ベオウルフと申します。」


 へぇかっこいいじゃない、名前だけは…。

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