30話 絶望の末
一方エリュドは顔面ストレートを食らい後方へと吹き飛び倒れ込む。
「………。………⁉」
シスターがゆっくりと腰を上げると異様な光景が目に入る。
吹き飛んだエリュドを取り囲むように3人の精鋭隊兵士が立ち塞がる。
そしてその兵士達は武器はを持たずに拳を顔の前に置く。
「我はエリュド軍オーガ隊隊長の、グルッグ!」
「ミノタウロス隊隊長ラグモ!」
「フェンリル隊隊長フェルス!」
震えた声で名乗りを上げた3人の身体は目の前にいるシスターの一回り大きい身体をしていたが、表情は怯え手足は震えていた。
地雷原を歩くように、いつ死ぬか分からない恐怖へと自ら入り込み身体の緊張を解くように鼓舞する。
「俺たちを舐めるなよッ!」「ただでやれると思うな!」「もう手を出させはしない!」
必死に虚勢を張る3人にシスターが無言で近付く。
「止めろッ!相手は我だ!そいつらに手を出すんじゃぁないッ!」
腫れた瞼から薄っすらと見える光景に対して必死に叫んだ。
だがそれに応じる者は誰もいない。
3対1をもろともせずシスターは応戦する。
身体や頭が弾け飛ぶことさえ無かったがバギッボギッっと本来殴られただけではしないような骨が軋み、折れる音が響く。
「ググぅ……。」「ギぃッ……。」「……グフッ。」
3人は猛攻を受けながらも、喉の奥から込み上げる叫び声を必死に噛み締め口から漏れ出るのを防いでいる。
―痛みが無い筈が無い、―恐怖が無い筈が無い、にも関わらず何故逃げない…、声を出さない…、倒れない…。
エリュドはその日初めて涙が込み上げてきた。
絶望しても尚流さなかった涙がどうしてか今…。
自分より弱い者に守られているからか―あるいは自分の無力さに―必死に立ち向かう勇気に。
歯を食いしばり嗚咽が漏れ出す。
1滴の雫が頬を熱く伝い滴り落ちる。それを境に決して出すまいと思っていても大粒が制御できず次から次へと生まれ出る。
このままでは…いずれ殺されてしまう。
立ち上がることすらできない身体を殴り付けるが脳が麻痺して起き上がることに対しての伝達が出来ない。
(エリュド様……、これ…を…。)
突如エリュドに思念が送り込まれる。その方向へと目をやるとその者は何かをこちらへと投げ飛ばした。
(………⁉これはッ⁉)
もう思念は送り込まれない。だが、投げ渡された物を決して離すまいと抱え込む。
と同時にまたもや大粒の涙が零れ落ちた。そして…。
3人の兵隊長は無残にも吹き飛ばされ目に光が宿っていなかった。
意識が無いだけか、命が失われたか…今のエリュドには判断が付かない。
だが…、その必死に守られたことが反逆の狼煙となる!
足音が近付いてくる。
その音がゆっくりと目の前に立ち止まったその時、抱え込んでいた物を露にする。
と同時に閃光がシスターの目を焼いた。
「……ぐッ!」
「オ"オ"オ"ォォオオッ!ぶっ倒れろよォオオオッ!」
二度目のドラグブラスト。
生き残っていた竜兵自ら差し出した火炎袋に魔力を込め赤と白が入り混じった爆発が引き起こされる。
――ドガァアアアンッ!と再度鳴り響く轟音。
砂煙が舞い空気が振動し勢いの強い突風が生まれる。
その中から座り込んでいる人影が一つ。
エリュドの意識は残っており身体は死んでいなかった。
魔力は必要分程残っていなかった。
1度目にほとんどを使い切り十分に注ぐことが出来ていなかったのだ。
不十分な必殺技。
それでも零距離での高威力の爆発には違いは無い。避けることは適わなかった筈…。
あのシスターの姿を探したいが砂煙がその邪魔をする。
ドクッ!ドクッ!と激しく脈動する心臓。呼吸の仕方すら分からなくなり息が出来ない。
だがそんなことは今はどうでもいい。奴は…。
身体は全く動かせなかったが両目を見開きキョロキョロと辺りを探す。
ゆっくりと空気が落ち着き砂煙が晴れてくる。そして少し離れた所にシスターの姿が見えた。
それは表情こそは乱れた髪で見えないが仰向けに横たわっていた。
1度目の様に皮膚は焼け爛れてはいない。
だが身体はピクリとも動かない。
呼吸による胸の動き、痙攣する身体、口の開閉は見られなかった。
「「「「「ワァアアアアアアアッ!」」」」」
その日一番の歓声が結界内に鳴り響く。
まるで戦争が終わったかのように、我が軍が勝利を手にしたかのように。
エリュドはバタンと身体を投げ出した。
帰ろう、もう戦争や争うことなどはしない、生きているということが何よりも称賛されることなのだ。
生きることが正義だ…。安堵に包まれる中、エリュドを含めその場にいた誰もが同じ様な事を考えていた。
………。だが倒れ込んだエリュドの中で違和感が生まれる。
考えたくない違和感。ダメだ…何も考えるな、今はこの歓喜に身を包めるのだ。だが…どうしても…目に入ってしまった。
「ッ‼」
――結界が破壊されていない!?
本来ならば結界は掛けた者の魔力が無くなった時点で消滅する。にも関わらず結界がまだ消滅していない…ということは…つまり…。
わなわなと震えながらシスターの方に目をやる。すると。
ポゥ…。と小さな光がシスターを纏う。――止めろ。――嘘だ。2度経験したエリュドにはその光が何か分かってしまった。
慈愛に満ちるような暖かい光。それが無くなると同時に――。
ピクッ。指先が動く、そして…。むくりと上半身が起き上がった。
――自動蘇生。神に愛された者のみが使える蘇生魔法。
大きく開いた瞳孔がエリュドを視認しニタァと口角が吊り上がる。
あぁ…あり得ない…。どうしてこのような狂戦士が…。
先程まで沸いていた歓声が嘘のように一瞬で止まり、その場に誰もいないように静まり返る。
静寂した空間に誰もが凍り付き動けないでいた―その女以外は。
終わった。
誰もが…エリュドすらもそう思った。
皆が俯き目を閉じる。降伏するように一思いにやってくれと言わんばかりに。
ゆっくりだがエリュドに近付くシスターの足音が聞こえる。
「お許しください。降伏いたします。もうここにいる全員が戦う意思はございません。」
はっと目を開く。エリュドの目の前には赤い身体のオーガ族の女戦士であるエルガが涙を流しながら地に手足を付け降伏の宣言をする。
それに対しシスターは、
「がッ!」
エルガの首を片腕で握り、足が付かない程に宙へと掲げた。
握った手を離す様にとジタバタともがくが全く動じない。
――ドシャァッ!拳がエルガの腹部を貫く。
すぐ後ろで倒れていたエリュドの顔面に血が噴射するが顔は一切動かなかった、動かせずにいた。
そして物を捨てる様にエルザを後方へと投げ飛ばす。
せめて…せめて他の者達はすぐに死なせてやってくれ…痛みを感じる暇さえない即死を…。
それだけを願うことしかもうエリュドには思考することはできなかった。
――バリィーンッ!
何かの割れる音。それが何の音かは分からない。ゆっくりと頭を上げ目を開ける。
「そこまでだッ!」
炎髪の女騎士がシスターの背後に腕を組み仁王立ちしていた。




