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3話 分かってくれとは言わないがそんなに儂が悪いのか?

「ここに来てからもう10年程になったか…」

 

 そこは王宮内の図書館。

 部屋の一部、部屋の1/10は黒く(すす)けている。

 ありとあらゆる魔法やこの世界の知識が一集している場に毎日のように通い研究を行うことが私の趣味であり生き甲斐だった。

 そしてこの黒い(すす)を見て当時の事件を思い出す。

 

「おじいちゃんここは?」

「ここは図書館じゃ、ありとあらゆる文書が置いてある、お前の母君も良くここに通って学びを得ておったのじゃ、探求心無くしては成長など出来んからのォ。」

 

 5歳の頃、1度祖父とこの図書館に訪れたことがあった。

 祖父に連れられ入ったのはそこは壁全体が本で埋まっており、その光景だけでアネットの興味を引くには十分だった。

 祖父は王紀であるセレスは賢者でありあらゆる魔法を使うことが出来る、アネットにも魔法の才があるのではと思い魔法の本を読ませてみた。

 文字や単語等難しい文が(つづ)られている為理解することは出来ないだろうと思っていたがその本を食いつくように呼んでいた孫の姿が微笑ましく思い何も言わずにただその表情を見守っていた。

 

 尿意を催した頻尿の祖父は1人アネットを残し図書館を出てトイレへ向かった。


「やはり孫の喜ぶ顔はいつ見てもいいものじゃな。」

 

 そう感想を抱いている間に予期せぬ事態が起こっていた。

 図書館に戻るまでおよそ5分程の間に扉の前でパチパチという音が耳垢の溜まった祖父の耳にも聞こえてきた。


「えぇええーーッ!どういうこと⁉」


 年甲斐もなく絶叫した70歳の老人の声が図書館中に木霊する。

 部屋の片隅の本棚が燃えていた、火が床のカーペットを巻き込み徐々に大きくなり始めようとしていた中、水の魔法を使用し鎮火を試みる。

他の本棚の本を濡らさないように手から水圧の高い水流を出すと同時にアネットの姿を探す。


「アネット!アネットどこじゃ!」


 火から少し離れた死角になっていた場所にアネットは足を伸ばして座っていた。

 その顔は満面の笑顔をしており「きゃっきゃっ」と笑っていた。

 ほっ、と一安心し何故火事が起きてしまったかの原因を祖父は探る。

 他にアネット以外に人影は見えなかった。

 まさか刺客が入り込んだのかと考えていたらボッとアネットの手の平から閃光が放たれる。

 次の瞬間別の本棚に火が付き即座に燃えた。


「ふぇえええッ!」


 生い先の短い祖父が驚愕した。

 5歳の孫娘が魔法を使ったことに対してではない、燃えている本棚が禁術を扱う禁書の棚であったからだった。

 すぐに鎮火したが本はびしょ濡れ、紙も張り付いてしまいとても読めた物では無くなってしまった。


「アネット!アネットちゃん!お願いします、何でもするから何もしないで!」


 震える手と頭を床に付け笑う幼女に懇願する老体の姿がそこにあった。


 

「この子は天賦の才を持っております、齢5才にして魔法を使うことが出来るとは私も祖父として鼻が高い、教育次第ではもしかするとセレス様を超えるかもしれませんなぁ、ハァーハッハッハッ!」

「で、本は燃えてしまったと……。」

「いや燃えたのは極一部です、えぇ一部ですとも……。」

「読めなくなった本はどれくらいじゃ。」

「…約1割です。」

「弁解があれば聞こうか?」

「排泄というのは所謂(いわゆる)生理現象であり誰しもが行う必要がある物です、それはセレス様も例外ではないはずです。儂はアネットにトイレに行ってくるからねとだけ伝えました。まさかトイレに行くから付いてきてと言うほど浅はかではありません、孫娘と言えど私はアネットにも敬意を持ち合わせています、介護を頼むほど体は衰えてはいませんし1人でも大丈夫であろうと残していったのです。謂わば託したと言っても過言では無いでしょう、私に非があるとすればそれは私が頻尿であることでしょう、ちくしょう!膀胱の筋肉が衰えてしまった故に何故このようなことに……。」

「…その反応しないそれを切断してやろうか?」

「お待ちください、それは訂正して頂きたい、儂は今もなお夜の街に足を運んでおります、妻が鬼の形相をして儂の頬を殴り50の時には全ての歯を失いましたが今でも現役ですよ。」

「…つまり火をつけたのは私の娘でありその時に傍にいなかったが為に火事に発展してしまったということだな……。」

「そんなことはどうでもいいんだ、私の一物を侮辱したことを許す訳にはいかないと言っているんだ!」

「立つな、近づいてくるんじゃぁない!」

「そりゃ震え立ちますよ、二つの意味でねぇ。」


 キーンと音が鳴った気がした。

 セレスの足が鋭く振り上げられた、それはまるで命を刈り取るペンデュラム、それが70過ぎた老人の急所を貫いた。

 世界の色が、一瞬で消えた。

 胸に衝撃が走ったわけでも、腹を殴られたわけでもない。

 だが、―体の芯から崩れ落ちるような衝撃が、腹の下からじわじわと這い上がってくる。

 まるで、内臓そのものが捻じれ、骨盤ごと破壊していくような、理屈を越えた痛み。

 膝が勝手に折れ、身体が地面に沈む。冷や汗が大量に噴き出しているのがわかる。

 頭がくらくらし、視界が滲む。

 心臓の鼓動は遅れたようにドクン、ドクンと痛みと同期して脈打ち、神経が痛みを集中させる。

 ほんの一瞬。

 蹴られたのは一瞬だ。だがその一撃が、何分、何十分にも感じられるほどの痛みを体中に残していく。

 体が理解していく、それは全てが崩れ落ちるように悟らせた。

 ―ここで起き上がらなければもう二度と()ち上がることが出来なくなる、二つの意味で―。

 にも関わらず体の神経を失ったように脳の信号を受け付けなくなったように体を動かすことが出来なかった。

 沈みゆく意識の中後悔だけが積もっていった。

 アネット、そして我が息子よ守ることが出来ず済まんかった。

 生きていく上で大切な物を失っていくのは当然の事なのだ。

 愛すべき人、愛すべき物、そして愛すべき一物。

 誰かの声が遠くで聞こえる。

 心配するような声か、嘲笑か、もう判別もつかない。

 ただ、自分の世界は今、「痛み」という一文字で塗り潰されていた。

 大粒の涙を流しながら意識を失った。

 

 その際にセレスの声が少し聞こえた気がした。

「なげぇよ。」


 その後、沈んだ表情の祖父を祖母が指さしながら「フェッフェッフェッ」と魔女のように笑っていた。

 セレスは祖父に対し鞭打ち刑を言い渡したがフィリオス王の情状酌量すべき点があると祖父を庇っていた。


「私にはこの方には恩がある、義理ではあるが父として慕っている、君も実の父が痛みで泣き叫ぶ姿を見たくないだろう?」

「いや見たい、許しを請う姿をすごく見たい、傷口に塩を塗り込みたい。」


 先に言っておくとセレスは決して冷酷な残虐趣味がある訳でも暴君である訳でもなかった。

 玉座に安住せず、民の声が届く場所へ自ら足を運んだ。

 泥に足を取られながらも、田畑の傍らに立ち、鍬を持つ農夫と目を合わせて言葉を交わす。

 飢えた者には食を、寒さに震える者には衣を、苦しみに喘ぐ者には寄り添う心をもって応えた。

 常に民や国の為に行動を起こし、公正で、清廉で、寛大。それがセレス・グレイヴァルという人物であった。

 

 だが実の父に関しては別だった。

 ある時は透明になる魔法で女湯を覗き、またある時はセレスの下着を頭に被ったまま深夜に町中でパルクールを行い、またある時は下着泥棒を行いモテない男児へと配っていた。

 その度に鼻っ柱をへし折ったが止まることはなかった。

 害虫よりも駆除したい人物、くたばって欲しい人物No1が実の父親。

 塔のてっぺんから突き落とした時は頭にコブが1つできただけ。

 体を縛り大鍋で茹でたこともあったが「ひどいことをするのぉ」と自力で這い出てきたこともあった。

 

 母曰く「あいつを108回いろんな方法で殺したが死なんかった。だが痛覚はあるらしいから継続的な痛みが有効だぞ。」とのこと。

 後日地下室にて刑が実行される。内容はセレスが満足するまでサンドバックになるというものだった。


 「虐待じゃぁ!文科省が黙っとらんぞぉ!」

 

 す巻きにされた老人の言葉に耳を傾けずただ黙々と3時間殴り続けた。

 顔は陥没し体のあらゆる箇所に腫れと内出血が出来ており言葉も出せない程の容体となっておりフィリオスは「ひえっ」と威厳のある顔のまま声を上げる。

 だが翌日には体の傷は全て消え去っており浴場の下着を盗む爺の姿が報告されたのだった。

 

「そして私は尻を100回叩かれたんだったなぁ、泣き叫んでも許して貰えず痛みが限界を超えたんだったか…。懐かしい話だ。」

 

 以降私は図書館を出禁になってしまった。

 だが10歳の頃、魔法学校で好成績を修めた為晴れて図書館の使用を認められたのだった。

 そして出会ってしまった、運命の本と…。


 【生態系大百科典】

 特に禁書と定められたものではない。

 値段は張るがどこにでも売っている世界中の生物や魔物が記された書物であり生態系や特色が事細かに絵を用いて精密に描かれていた。

 グレイシア王国から出たことが無かったアネットにとってそれは目を輝かせる興味深い知識、未知なる物への探求心が降り注ぐ。

 この王国内でも亜人は多数存在する。

 エルフ、ドワーフ、獣人、など、多種多様な種族が市民権を得て共に暮らし、騎士団の中にも在駐している。

 人間と同等、またはそれ以上の知性を持ち会話・交渉が可能、種族ごとに言語や歴史、文化があり共存可能な種族は亜人とされる。

 獣に近い本能で動き低知能、言語を持たず自然の脅威であるもの、交渉が出来ず人類と敵対する勢力は魔物と扱われている。


 騎士団にいた頃は主に国内の暴動・裏組織の鎮圧による戦闘が多く国外に出ることが余り無かった。

 入団初期は警備、魔物退治を頼まれていたがそれでも数は少なく団長になった際には魔物討伐に参加することはほぼほぼ無かった。

 そういった魔物討伐は冒険者の役割となっていた。


小鬼(ゴブリン)は主に洞窟に生息し巣には様々な罠があり多数の群れで襲い掛かるだとぉ…、ヒュージスパイダーは全長1~2mあり分泌した糸で獲物を捕え拘束するのか…全く以て度し難い!」


 ハァハァと息が浅くなり吐息のリズムが狂い始める、顔が赤くなり体がじわじわと滲むように熱くなるのが分かる。

 まるで身体の奥に埋め込まれていた見えないスイッチが、かちりと音を立てて入れ替わったような感覚。


「一体…一体捕まってしまうとどうなってしまうんだぁ!!」


 10年間ずっと夢見てきた、毎日1日欠かす事無くここへ通い、魔物に対しての知識を頭に詰め込みながら想像し興奮冷めやらぬ。

 ようやく明日待ち焦がれていたもの、眠る前に頭の中で浮かべた光景を目の当たりにすることが出来るのだ。

 遠足前日の子供のように目が冴えてその日は眠れなかった。

 私の歴史にまた新たな1ページを刻み込むのだ。

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