29話 3度目の…
服はボロボロになり所々火傷した皮膚が見えた。
焼け爛れた上半身と顔には剥がれた皮や出血による痛ましさが残っている。
にも関わらず。何故目の前の女は笑っていられるのか…。
「今のは良かったんじゃないかぁ…、なぁオイ?」
ひきつった笑いの中、怒りを滲ませるような青筋が一瞬見えた。
そして思い出す様に無表情になる。
――パァアアアッとシスターに光が宿る。
爛れた肌は色味を帯び傷口は修復されていく。
何度もエリュド自身が受けていた回復魔法を当然の様に自身に施す。
では何故自身を治療せず先にエリュドを生き返らせたのか。
そんなことは分かり切っている、見せつける為だろう…。
命を賭してまで行った一撃が不発に終わってしまったことを…、その場にいた全員に。
「化け…物め…。」
卑怯者という言葉は出て来ない。
限りある力をフル活用して勝つこと……それが例え背後からの奇襲であっても……足元に仕掛けた罠であっても勝つというただ一つの目的の為であれば卑怯でも何でもない。
それがエリュドの考え方。
回復もその内の1つ。何も卑怯なことは無い。
勝利こそが正義。
無言でエリュドに大剣を投げつける。
身体はほぼ全快していたが火炎袋は消滅したのか体内に残ってはいない。
だがそれは今はどうでもいい。
―第3回戦―。
この勝負においてはエリュドに勝ち筋は無かった。
最後の切り札になった自爆は不発。
強さの格付けは既に終え勝てるビジョンは見えない。だが負ける訳にはいかなかった。
目の前の相手に……、そして自分自身に。
死んでいった同胞の為にも…先程のような無様な姿をこれ以上晒す訳にはいかない。
「我は魔王軍幹部、5将星の竜騎士エリュド=ドラヴァニアである!」
自信を奮い立たせ鼓舞する。
硬直していた身体は動きを取り戻し、恐怖の感情は取り除かれた。目は力強く相手を睨みつける。
「へぇ…。」
ニヤリと笑うシスター。
だがそこには今までの見下したような不敵な笑みは感じられなかった。
戦いの火蓋が三度切って落とされる。
「ウォオオオオオオッ!」
先に動いたのはエリュド。
雄叫びと共に目の前の大剣を拾い上げ相手の体を一刀両断するように両手で振り下ろす。
それに対しシスターは身体の向きを横にするのみの最小限の動きで躱す。
そして刀身へ軽いジャブのような拳を放つとパキッと根元が折れた。
だがそれに動揺することなくすぐさま柄を投げ捨て、ファイティングポーズを取りシスターの顔面に左ストレートを放つ。
「ハァアアアアッ!」
気迫の乗った拳をすんでの所で顔を横に振り避ける。
「………。乗ってあげるわ。」
そう言いながら手に付けていた武具をしまい、素手のインファイトに応じる。
エリュドの放つジャブ、ストレート、フックは決して遅いわけではない。
一瞬で動いた腕が身体のどこに向かっているのか見守る者には分からなかった。
だがシスターの身体には当たらない。
――全てを躱し、いなし、それにカウンターパンチを的確に合わせる。
素手である為か加減をしているのか―身体が弾け飛ぶほどの威力では無いがドゴッ!と棍棒で殴るような鈍い音が響く。
攻撃に回るとカウンター、防御に回るとフックや連打で身体が仰け反る。
そしてガードが手薄になった鳩尾に強烈なパンチが叩き込まれ血しぶきを出しながら蹲る。
「もう終わりかしら?」
「ふぅ……ふぅ……、まだまだぁ!」
そう言い放ち再度立ち上がる。
――だが、ドゴッ!ドゴッ!と鈍い音が鳴り続ける。
体力の消耗もあるだろう、エリュドは段々と腕を伸ばし攻撃に転じることが出来なかった。
サンドバック状態、身を屈ませ頭を守るようにガードを固める。
それを縫うように空いた上半身に拳が叩き込まれていく。
誰がどう見ても戦いにすらなっていなかった。
ただ一方的に―身体が悲鳴を上げていることは素人が見ても分かるほどにボロボロの姿…。
殴られる度に血反吐を吐きグシャッと倒れ込む。
だが、2度、3度と膝を付くもエリュドはすぐに立ち上がる。
眼の光は一向に小さくなることは無い。
一体何が彼を突き動かせるのか…、防御一辺倒、既に虫の息にも拘わらず自ら立ち上がろうとするのは?
だがその姿を目の前にして身体を震わせている者がいた、それは既に戦いを放棄した軍勢の者達。
「頑張れッ!エリュド様ッ!」
誰かが叫ぶように口を開く。
何を他人事の様に…この状況で掛ける言葉がそれか?以前のエリュドであればそう思っていただろう。
―だが今は……。
「イケッ!やっちまえエリュド様!」「頑張れッ!」「そんなシスター倒してしまえッ!」「エリュド様負けないでくれッ!」
ボロボロになっているエリュドに向かって声が重なるように声が聞こえる。
こんな状況の中周りからの声の量が段々と増えてくる。何故かは分からない。だがその声が心強く思えた。
「頑張れッ!」「負けるなッ!」「エリュド様ッ!」「勝ってくれぇッ!」
周りの一貫性は無い割れんばかりの声援。
だがその必死さは伝わってくる。
縋りつくように…希望を託すように…身体を奮わせ涙を流しながら、叫ぶように聞こえてくる声がエリュドの背中を押し、何度倒れても、まるで回復魔法が掛かったかの様に立ち上がらせる。
目に魂が宿り燃え盛る。
まだ一撃も与えていないのに……掛けて欲しい言葉はそんなことでは無いのに……。
「もう負けちまえよ。」
――ぽつりと一言。
瞼はもう開かないがすぐ近くから聞こえた。
それは一番掛けて欲しかった言葉であり、一番聞きたくなかった言葉。
「うぉおおおおッ!」
相手がどこにいるかも分からない、それ程のボロボロの顔で…、身体で…、手を伸ばす様に出した拳がシスターの頬にクロスカウンターで当たった。
ボスッと大したダメージにもなっていないであろう力の入っていないパンチは驚いたように目を見開いたシスターの尻を地に着かせた。




