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2話 アネット=グレイヴァル

アネット=グレイヴァルはグレイシア王国の誇り高き王の娘として生まれ、幼い頃から体術・剣術に心惹かれて鍛錬を絶やさなかった。

 

 齢15の頃に王国騎士団の加盟を果たし周囲の驚きと反発をものともせず、彼女は血と汗にまみれながら更なる鍛錬に励んだ。

 御姫様のように甘やかされた娘ではなく、真の戦士として認められる為に。

 赤く束ねられた長髪に切れ長のまつ毛と青いサファイアのような目、鎧の下には透き通るような肌と鍛え抜かれた肉体美があった。

 広い肩幅と、引き締まった腰のライン。

 鎧越しにもはっきりと分かる鍛え上げられた肉体は、飾りではなく日々の鍛錬の証そのものだった。

 腕を動かすたびに筋繊維が服の下でうねり、握った拳には、何度も剣を振るってきた硬さと重みが宿っている。

 戦場では冷静かつ的確な指揮を執り、仲間の命を守りながら幾度も勝利を重ねた。

 次第に「炎髪の王女騎士」として知られ、その名は敵味方問わず恐れられるようになる。

 

 その才覚と不屈の精神はわずか3年で騎士団長の座に押し上げた。

 最年少かつ女性という前例のない栄誉であったが彼女はその責務を背負い、王国と騎士団の未来をその剣に託している。

 冷たい鋼のように強靭な意志と、王女としての誇り高き品格を兼ね備えたアネット=グレイヴァル。

 彼女の背中には王国の運命を担う者の重みと、己の道を貫く決意が確かに刻まれているのだった。

 

 20歳を迎えたその日に王女、そして騎士団長としての功績を称え、国を挙げた盛大な祝宴が開かれていた。

 煌びやかなシャンデリアが輝く大広間。

 壁には王国の紋章が誇らしげに掲げられ、無数の燭台(しょくだい)が暖かな光を放っている。

 集まった貴族や騎士たちの声がざわめき、華やかな装飾と調度品がその場を一層壮麗に彩っていた。

 中央の高座には王と王妃が威厳をたたえ座し、その横には主役アネットが輝く白銀の鎧を纏い、凛とした姿で立っている。

 

 壇上では宮廷詩人が詩を朗読し、子供の頃の無邪気な姿から、厳しい訓練、そして幾多の戦いを乗り越えた勇敢な騎士へと成長した彼女の軌跡を称えた。

 拍手喝采が幾度も沸き起こり、歓声が大広間に響き渡る。

 戦友であり同僚である騎士たちが彼女の周りに集まり、笑顔と祝福の言葉を惜しまない。

 その場にいた誰もが彼女の背中を見つめ、新たな希望を胸に刻んでいた。

 

 祝宴は夜遅くまで続き、音楽と踊りが絶え間なく続く。

 アネットはその中心に立ち、王女であり騎士団長としての重責を背負いながらも、確かな自信と未来への決意を秘めていた。

 この国が彼女に託した期待は大きい。

 しかし、彼女の瞳にはただの誇りだけではなく、まだ見ぬ冒険への熱い炎が燃えていた。


 その夜遅く、王のフィリオス=グレイヴァルと王紀のセレス=グレイヴァルの元にアネットは立ちまっすぐに目を見据えて静かに口を開く。


「私は20歳を迎えました。このたび、騎士団長の職を辞し、冒険者として自分の力を試したいと思います。」

 

 王の眉がピクリと動く。


「冒険者か…お前は騎士団の、いや王国の柱だ。なぜそんな道を選ぶ?」


 アネットは深く息を吸い、覚悟を込めて答えた。


「私にはまだ見ぬ世界がある。騎士団の中だけでは経験できないこと、挑戦したいことがあるのです。王女である私が剣を握る意味を、自分自身で確かめたいのです。」


 しばらく目を瞑り黙り込んで静寂が流れる、そして次に口を開いたのは王紀のセレスだった。


「別にいいんじゃない?私も若い頃は良く無茶をしたし発言もしたわ、それこそ命に関わることだって何度もね、今までも自分の意思で動いてきたしそれのおかげで今ここにいるんじゃないかしら?」


 砕けた口調で普段は到底使うことの無い言葉をフィリオスに諭す様に問いかける、少しの沈黙の後フィリオスが口を開いた。


「……無謀とも言えるが、その覚悟は認める。だが忘れるな、どんな道を選んでもお前は王国の娘であり、騎士団長だった者だ。自分の力を信じ、無事に帰って来い。」

「分かったらさっさと出ていきなさい。」


 アネットは軽く頭を下げ一礼。


「ありがとうございます。それでは明日退団式を執り行わせて頂きます。」


 そう言い放ち部屋を出て行った。


「何も邪険に扱わなくてもいいのではないか?」

「でもここ寝室よ。ずかずかと入ってきて無表情で自分のことだけ伝えていた様に腹も立てるでしょうよ。」

「……まぁ。」


 そこにはベッドの中で裸で寄り添っている2人だけが取り残されていた。


 

 翌日、静寂が騎士団本部の大広間を包んでいた。

 普段は号令や訓練の掛け声が響く場所も、今日ばかりは神殿のように厳粛な空気に支配されている。

 壇上には、純白の礼装に身を包んだアネットが立つ。

 胸には王国紋章の徽章、肩には金糸で縫い込まれた騎士団長の証。

 だがそれを着るのも、今日が最後だ。


「これより、騎士団長アネット・グレイヴァル殿の、退団式を執り行う。」


 副団長のバスカン=ローデンによる重々しい宣言が響く。

 騎士団員たちは整列し、敬礼とともに視線を上げる。

 誰もが、その姿を目に焼き付けようとしていた。

  アネットは一礼し、壇上からゆっくりと視線を巡らせる。


「……本日をもって、私は騎士団を去る。国の剣として過ごした五年の日々、皆の支えなしには歩むことはできなかった、心より、感謝します。そして私を次ぐ騎士団長は既に決めている。」


 その一言で場の空気が一変した。

 ざわり、と感情が揺れる。

 堅牢な騎士団に少しだけ人間らしい風が吹いた。


「次の騎士団長はゼルガ・フレインに任命する!以上だ。」


 ざわざわと整然としていた騎士たちの列がわずかに乱れ、肩越しに互いを見やる者、目を丸くする者、何かを言いかけて口を噤む者がいた。

 

 ゼルガ=フレイン。

 騎士団の中でも異彩を放つ存在である彼を誰もが「胡散臭い男」と噂をする。

 長めの前髪の奥で、常に細められた目が何を考えているのかわからない。

 目の下にはかすかに隈が浮かび、寝不足か、あるいは夜な夜な何かに没頭しているのか――誰もが一度は勘ぐる。

 低く抑えた声、わざとらしく腰の低い態度。

 だがその裏にある皮肉や計算をあえて感じ取らせるような男だった。


「この騎士団をお前の好きな色に染めるといい、私もそうしてきたつもりだ、いいな…必ずお前のやり方で繁栄させるんだ!」

「はっ!このゼルガ・フレイン命を賭してでもそのお言葉を承ります。」


 膝を付いたゼルガに王国紋章の徽章とマントを渡し退団式が終えた。

 受け取る際に頭を下げ、にやりとほくそ笑むゼルガの姿がそこにはあった。


 執務室を引き渡す為物品整理をしていたアネットの元に1人の騎士団員が訪れた。


 「なぜあのような男が騎士団長として選ばれたのですか?私はこの騎士団員の中であなたを次いで実力があるというのに…、奴には人望がまるでありません、何を企てているのか分かったものではない。私こそが団長に相応しい、そうでしょう?」


 筋骨隆々で、威圧感の塊であるような肉体を持つ男で知られる副騎士団長

 バスカン=ローデンが意見を告げる。


「お前はまぁ悪い奴ではないが少し知恵を付けた方がいい、目の前の事柄に捉われてしまっていては足元を掬われる、それでは大切な物は守れないんだよ。」

 

 男はその言葉に感銘を受けたように口を開けたまま目を見開いていた。

 そして何も言わずに何かを悟ったのか静かに一礼をし退室する。


 自分でも何を言っているのか分からないアネットはやっぱりむさ苦しい脳筋男ではダメだなぁと思うのだった。

 それに比べてゼルガは良い。

 あの卑屈な性格、人を見下したような濁った目、口角を引きつらせ、笑っているのか嘲っているのか分からぬ(いびつ)な表情。

 あいつなら恐らく兵たちを私利私欲の為に動かすだろう…。

 そして私はあいつが不服そうな表情を取る度、嫌がらせの様に罰という名の鍛錬を課した。

 私に対して積年の恨みや鬱憤が溜まっているはず…、だがそれもこの日の為だった。 

 これからは私に対してひどい嫌がらせや仕打ちを仕掛けてくるだろう、一体私に何が待ち受けているのだろうか。

 蒔いた種がようやく実る。収穫時期はいつになるのかと思いながらアネットは執務室の整理を続けるのだった。

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