16話 インキュバスの噂
ある程度聖堂内が片付いた所でもう夕暮れ時になっていた。
今回の件は少なからず私にも責任がある為夕食を奢ることを伝え、その場の全員(生き返った男を除く)を引き連れ酒場へと足を運ぶ。
「ベルヴィア、お前は中々腕が立つんだな、サキュバスってのは戦闘能力は無いものだと思っていたが…。」
「ベルでいいわよぉ。そうねぇ基本は無いものと考えてもいいかしら。
私もあまり肉弾戦は行わないわぁ、それこそ男相手だったら魅了から入るわね、逆に女相手は難しいのよ。
基本敵対する時って殺意やら怒りの感情をぶつけてくるから…、そういった相手には魅了やら誘惑は効きずらいのよねぇ。」
瞳術や金縛りといった類の技も一定時間視界に入れ続ける猶予が必要の為、素早く動かれる相手には意味をなさないらしい。
ベルは黄金色の発泡酒の入った樽瓶をぐいっと一気に喉奥へと流し込む。
「それよりもアネットちゃん…あなた強いわねぇお姉さん本当に死んじゃうかと思ったわ。益々好きになっちゃいそぅ。」
「いやそっちの趣味は無いので。」
眉一つ動かさずゆるぎない意志を宿し否定する。
隣では既に2つの樽瓶を飲み干し、追加注文するセラが据わった目をしてベルを見る。
「それはそうと本当に最近顔を出さなかったわね、大体1年くらい?
それまでは用もないのによく顔を出していたってのに…。」
「セラちゃん寂しかったの?ごめんねぇ何も言わずに…でももう大丈夫だからね。これからは毎日でも顔を出すわよ。」
ぎゅっと抱き付くベルを鬱陶しいと引き離そうとするセラ。
どうやら過剰なまでのスキンシップはサキュバス特有の物らしい。
席に戻り口に揚げ物を放り込みながら考え事をするように腕を組む。
「いやぁ実は色々あってね…これも何から話せばいいのやら…。」
「アネットさ~ん!これっ!このクエストを見て下さい!良い物がありましたよ。」
「ま、待ってください~ルナちゃん。」
う~んと眉間にしわを寄せながら考え込むベルの背後から弾けるような声を出しながらノエルと席に戻ってくる。
初めてくる場所にテンションが上がっているのかルナは食事も済ませずに、ノエルを連れ出しチョロチョロと集会場を駆け巡っていたらしい。
「とりあえず食事も来てるんだから座んなさいな、ほらっノエルもよ。」
「す、すみません私もこういう所は初めてなもので……。」
2人がちょこんと席に座り食事を始める。
ルナとノエルは気が合うのか一緒にいることが多いらしい。
今もこれとこれが美味しいと2人はしゃぎながら口にしている。
2人の食事の様子は空気を和らげ微笑ましく、見る者に落ち着きを取り戻させる光景だった。
ふぅと落ち着きを取り戻しつつ、ルナから差し出された依頼書に目を通し確認するとその内容に驚愕する。
「ぬっ、廃村にて夢の中で語りかけてくる正体を暴いて欲しいだと?
今や絶滅危惧されているインキュバスの可能性あり、インキュバス!本当に存在しているのか⁉」
詳細には姿を見た者はいないがその廃村内、又は付近で休息を取った人が奇妙な夢を見るという。
そしてその内容はどれも似通っており一方的に何かを話しかけられるというのだ。
こちらの問いには一切答えることはせずただ一方的に…。
ただその言葉も小さい声で聞き取りずらく気味悪がって起きてしまうらしい。
特に被害自体は出ていないがそこで休息する者による報告が後を絶たず、かつ報告をする者は全員女性であるらしかった。
その報告書をベルに手渡す。
夢魔のプロフェッショナルであるサキュバスの方が詳細が分かるのではと期待に胸を膨らませ答えを待つ。
「ん~何とも言えないわねぇ、女性だけっていうのはインキュバスっぽいけど精力を奪わないのは意味が分からないしねぇ。
それこそナイトメアやバク、妖精のいたずらって可能性あるし、そもそも昔根絶やしたはずなんだけどねインキュバスって…、敗北者じゃけぇ。」
インキュバスはその昔サキュバスと戦争をし敗北を喫している。
その昔秩序等あってないような時代。
成人した元気な男を襲うサキュバスに対し、女性であれば誰彼構わず襲うインキュバスがいた。
人間にとってはどちらにしても脅威であるのは変わりは無かったが夢魔の中でも礼節や道理があった。
インキュバスの見境の無さがサキュバスの逆鱗に触れ、世界中のサキュバスとインキュバスが集結し悪魔大戦争へと発展しサキュバスの勝利で幕を閉じた。
【悪魔大戦争 第3巻「不義理の理」】より抜粋。
「なら行くしかないじゃない!明日城門前に集合だ、お前らくれぐれも遅刻の無いようにな!」
「あら、その中に私も入っているのかしら?」
「当然だろ、お前がいないと夢魔の正体が分からん場合があるしな、セラも飲みすぎるなよ明日に響くから。」
「いや、あたしは行かないわよ、何このやっすいクエスト。金にもならないし魔物の駆除でもないのに時間だけは掛かるじゃない。」
「えぇええ!セラフィーナさん来てくださいよぉ、私の初クエストなんですから、お願いしますぅ。」
「別に私いらなくない?それに面倒くさいし。」
「そう言うなよ、もうお前はパーティの一員なんだから。」
「そうよ、それに悪魔払いは聖職者の専売特許じゃない。」
でもなぁ…と中々首を縦に振らないセラに大司教の苦労話をずっと聞いていたベオウルフが近付く。
「セラ様、インキュバスの睾丸は薬剤師にとっては非常に高価な物です。場合によってはノエル様の身体にも作用してくれる可能性もあるかもしれません。」
「あたしも行くわ。」
即答。心変わりに定評のある守銭奴シスターも加わり明日に備え解散する。
インキュバス――私に一体どんな夢を見せてくれるのだろうか、お願いしたら望み通りの夢を見せてくれるのだろうか、その夜は中々寝付くことが出来なかった。




