真面目すぎて『君を見てると自分が嫌になる』と振られたけど、不真面目な王太子を誰も許してなかったです。
ディアナは庭園のガゼボで、婚約者であり王太子のセドリックと顔を合わせていた。
彼の用事が長引いて短くなってしまったお茶会の時間でも、存分に彼との交流を深めるために頑張るぞと気合いを入れて臨んだ。
「はぁ……」
しかしセドリックはため息をついて、苛立たし気に目を細めてディアナに言った。
「ディアナ」
「はい。殿下」
「どうしてあんなことを? 君は私とのお茶会を楽しみにしていたんじゃないのか?」
問いかけられて、言葉のニュアンスからして少しディアナのことを責めているふうに感じ取れたが、彼の言葉をまっすぐに受け取って考える。
彼の言うあんなことというのは、お茶会の時間を削って勉強に当てていいと言った事だろう。
彼は朝方やる気が出なくて、実務を手伝いながら学習する王太子として大切な時間が十分に取れなかった。
朝方やる気が出ないのは仕方がないことだとしても、事務官たちの実務の内容をインプットするのはそれを管理する立場としてとても重要なことだ。
優先するのは当然のことで彼のためでもあるのでディアナは彼の専属事務官に声をかけたのだ。
彼のためを思って勉強を進めている事務官のエドワードだって喜んでいた。セドリックの事務官が人手不足の中、そうしてくれているのだからその優しさに報いるべきだ。
……それに、もちろん楽しみにしていましたよ。
キュッと口角をあげて笑みを浮かべて、自分のドレスに視線を落とす。
この美しい花柄の流行のドレスは今日の為に仕立てたもので、朝から運動して、入浴し、バランスのいい食事を食べて、肌をケアし……ともかく様々な些細なことで自分を磨き上げてこうしてディアナは今ここにいる。
長年の侍女たちと鏡を見つめてあれこれといろいろな部分を調節しながら、コルセットを引き絞って、皆で素晴らしい出来だと褒め合って今日も出立した次第である。
「ええ、殿下。あなた様との蜜月の時を過ごすこの時をとても心待ちにしておりました」
「……」
「殿下にふさわしい女性だと思っていただけるように、自身を磨き上げているつもりです」
それでもディアナは、すべての努力を彼に言うことは無かった。
努力は美しいものだけれど、それに伴っている結果が出ているのならば見せつける様なものでもない。
彼はディアナを見てきっと誇らしく思ってくれているだろうと考えて、輝く笑みを浮かべた。
そして実際のところ、ディアナは飛びきり美しかった。
彼女のためにあつらえられたドレスも、染み一つない玉のような肌、コシのある茶髪は複雑に結い上げられて繊細な髪飾りが彩っている。
健康的な肌色に程よく痩せた華奢な肩、ぱっと輝くような目元は陽光を取り込んでキラキラとした宝石のようだ。
ディアナは、誰が見ても努力と美しさがにじんで見える素晴らしい女性だった。
浮かべた笑みはたった一人の男性を長いこと純朴に思う一途さを持っていて、誰もがセドリックにはディアナ以上の女性などいないと口にするほどだ。
「……」
「……?」
「……はぁ……」
しかし当のセドリックはディアナの言葉を聞いて、またため息をついて、テーブルに肘をついた。
それから物憂げな顔をしてセドリックは言った。
「私は君を見ていると、自分が嫌になってしまいそうなほどだ」
「はい? ……自分が嫌にですか」
「ああ……君はあまりに努力家で、一途で、人当たりもよくて、聡明だろう」
彼はディアナのことを色々な言葉で表現した。
その言葉はまっすぐに受け取るとディアナのことをとても褒めている言葉だった。
「ありがとうございます」
「……だからこそ、そんな人間がこれほど近くにいるとな、私も周りもどうしても比べてしまう。それで私は自分が嫌になってしまう」
「……」
「当てつけのように君がこんなふうで、私は参ってしまいそうなんだ。もっと君は私を思いやって、私と同じように振る舞うべきじゃないのか? 君だって、君以外の人間がどんなに大変な思いをしているか知っているだろ?」
問いかけられて、ディアナは深く頷く。
たしかにディアナは周りから評価をされることが多くて、同世代でも一目置かれている。
けれど誰もがディアナと同じだけの努力で同じ結果をもたらさないことなど知っている。
だからこそ傲慢に振る舞ったりしない。
長年努力を続けている人に結果が出ない状況でも、その過程のすばらしさをディアナは知っている。
「君みたいに、なんでもかんでも、楽にこなせるわけじゃないんだ。わかるだろ」
「は、はい。それはきちんと理解しております」
「だったらもっと私に配慮して、私のためをおもって動いてくれ。まったく君は賢い癖に馬鹿なんだから」
「……申し訳ありません」
セドリックの言葉はなんだかとげとげとしていて、ディアナは彼の気持ちを不快にさせたことを謝罪した。
けれどもディアナはセドリックに対してできる限りの配慮をしているつもりでいる。
時たまやる気の出ないときがあって、勉強の時間が押してしまったら、自分との時間を削ることなど全然気にしない。
やる気が出るように、競い合うことも、時には彼に負けることだってやぶさかじゃない。
一緒により良い国を作っていくために協力する。
それは大切なことであり、ディアナの目指す場所だ。
そしてディアナたちは、二人とも誰よりもそれにふさわしくあらなければならない。
それだけ将来の国を担うというのは重大な仕事だろう。
だからこそ、ただディアナはまっすぐに前に進む方向だけを見据えている。その思いだけは彼もきっと同じはずだ。
より良い未来のために国のために、誰よりも最大限を尽くすそれが、正しい王族の在り方だ。
「わかりました。今以上に、殿下のお側にいるのにふさわしい女性になれるよう努力いたします」
「っだから、君はどうしてそう……はぁ、もういい」
呆れたように彼はそっぽを向いてしまう。
しかしいくら考えても彼の言葉を理解できない。
ディアナを見ていると自分が嫌になるなんて言われても、嫌になったのなら好きになるために努力をするだろう。
むしろやる気が出るはずだ。こんなふうに苛立ってそれを人に伝える必要なんかない。それだけのはずだ。
だからこそディアナは何故そんなふうに怒っているのかわからなかった。
王太子という身分の彼に限っては、どうあっても前に進むしかない。
やる気を出せないときもあるだろうけれど、そんな時は休んでまた自分のペースで頑張ったらいい。
それをディアナと比べて盲目的にセドリックが劣っていると、彼のやる気をそぐようなことを言う人間は彼の側近にはいない。
彼は第一王子であり王太子、立場も強く皆が彼に期待していて育てようと必死になっている。
それを知っているディアナは彼がその言葉を言って何を主張したいのか、まったくもってわからなかった。
しかしそれを思い知る機会がやってきた。
セドリックと外出する予定を立てていたある日、王城へと向かうと彼の側近である専属事務官のエドワードが対応した。
「我々も止めたのですが、ラングフォード伯爵令嬢との予定の方を先に立てていたのだから優先するべきだと、おっしゃりまして」
「……」
「わざわざ足を運んでいただいたのに申し訳ありません。ディアナ様」
頭を下げて謝罪をする彼に、ディアナはハッとしてすぐに返す。
「い、いえ。その、ともかくあなた方の責任ではありません……ただ、その……」
自分が彼の心を繋ぎ止めておくだけの魅力がなかったから、とすぐに言おうとして言葉に詰まってしまう。
最近、こうしてディアナはセドリックにないがしろにされていると感じることが多い。
きっかけはきっとあのお茶会だろうと想像がつくが、なにがいけなかったのかという答えを未だ見つけられない。
彼が不快に思っている部分があるなら改善したいという思いもある。
しかしそのためにはまず、彼の考えていることを正しく理解する必要がある。
そして、考えられる可能性はあまりにも悲惨なものでディアナは簡単には受け止められそうもなかった。
「……」
「……ディアナ様の責任でも無いと、私たちは考えています。約束をしていた婚約者をおいて、別の令嬢を優先するなど常識的にありえない行為です。その事実だけは、使用人一同同様の意見です」
言葉に詰まったディアナに対して、エドワードはなんとかフォローしようと使用人たちの見解を示す。
「以前からこのようなことも増えておりますし、国王陛下に掛け合って、きちんとした対応を求めるつもりですので……ですからディアナ様もご自分をあまり責めずに……」
「は、はい。御心配には及びません。エドワード……本当に私は大丈夫です」
彼の言葉に、ディアナは無理をしてでも笑みを浮かべた。
気持ちは伴っていなかったけれど、ただでさえセドリックの行動に困り果てている彼らに、自分のケアまでさせるつもりはない。
自分の心とは自分で決着をつけなければならない。
だからこそ爪を食い込ませて拳を握って平然を装う。
たしかに彼は非常識なことをしているし、ディアナが悪くはないと言うその言葉が間違ってはいないことはわかっている。
けれども彼は自分の行動を正しいと思ってやっているのも事実だ。
「ディアナ様……私自身も、あなたはないがしろにされるべき方だとはまったく思っていません。とても素晴らしい女性だと思いますよ。セドリック様にはもったいないと思ってしまうぐらいには」
エドワードがさらにディアナのことを気遣い言葉を続けた。
その言葉は嬉しいけれどもセドリックの言葉の意味も変わらないし、彼の考え方も変わらない
エドワードの視線には、ディアナのことを励まそうとする以上に籠もった熱があり、主のことよりも重視していると取れる発言はディアナをとても深く思いやったものだった。
しかし、今のディアナの瞳にはモノクロに見えて大切な彼の思いは伝わらない。
それにディアナは、以前も同じように、人に嫌われたことがあった。
十歳程度の子供の頃の話だが、妹にそうしてディアナといると嫌な気持ちになると言われたことがあった。
…………でも、彼となら、どこまでも努力することが許されるこの場でなら……。私は、殿下にも、ほかのたくさんの人にも歓迎してもらえてうまくやれると思っていました。
それが間違っていたことがわかり、エドワードの言葉にお礼を言ってディアナは意気消沈して自宅に帰ったのだった。
後日、セドリックたっての強い希望によって、婚約は破棄された。今彼の隣にいるのは、普通の控え目で可愛い女性だ。
慰謝料はきちんと払われたが、ディアナは気持ちを切り替えることはできなかった。
むしろ真面目で真摯な部分が裏目に出て、彼にフラれた理由を分析し、きちんと反映しなければという気持ちが働いた。
自分の気質を人に嫌われるばかりの良くない一面として捕らえることにした。
そしてやっぱり真面目に少しの堕落と親しみやすさを演出するためにはどうするべきかと考えた。
手間暇かけてないように見える外見の演出に手間暇かけて、流行外れの重たい色のドレスをたけを少しおかしく直して身にまとう。
そして浮かない顔で舞踏会に向かった。
それを見たディアナの家族はわかっていたことだがディアナは、どこまでもまっすぐな努力家だなと思ったが、誰も口にはしなかった。
舞踏会で父や家族たちから少し離れていると、たくさんの従者を引き連れて、新しい女性をそばに置いているセドリックがディアナの元を訪れた。
彼は自信たっぷりに笑みを浮かべていてディアナの装いを見て、その気持ちを察したらしい。
「久方ぶりだなディアナ」
「ごきげんよう、ディアナ様」
そばにいるラングフォード伯爵令嬢もディアナに気さくに挨拶する。
彼女はゆったりとした笑みを浮かべていてとても物腰柔らかそうな人だった。
「ごきげんよう。セドリック王太子殿下、ラングフォード伯爵令嬢」
ディアナは彼らの様子に胸が痛むような気持ちを覚えたけれど、声をかけてくるセドリックを無視するわけにはいかない。
周りで談笑していた貴族たちもセドリックに注目しているし、今やただの公爵令嬢となったディアナには彼を軽くあしらうような地位はない。
素直に淑女礼をすると彼は、舐めるようにディアナのことを見つめて評価する。
「やっと、私の言った言葉の意味が分かったんだな。ディアナ。以前の自分がいかに恥ずかしい人間だったかわかるか?」
「ふふっ」
彼の言葉にラングフォード伯爵令嬢はくすくすと笑う。
「君はいつも自分の功績をあげることばかり考えていて、私という一番優先すべき人間をないがしろにした。自分が一番目立って有能だと思われてさぞ気持ちよかっただろうが、そんなことでは他人に愛想をつかされるばかりだ」
「……はい」
「それが分かったなら、王族派閥の新しい男を紹介してやってもいいぞ」
彼はディアナのことをなじって、ディアナがしおらしく接するとそんなふうに提案した。
それを素直に嬉しいと思えないのはきっとディアナが彼から嫌われるような可愛げもなくて人に好かれないような人間性を持っているからだろう。
そう結論付けようとした。
しかしディアナがセドリックの言葉に返答を返す前に、うつむいたディアナに影が差して「ディアナ様」声がかかる。
少し視線をあげるとそこには事務官のエドワードの姿があった。
彼はディアナにだけ聞こえるように「もうこれ以上、あなたのことを侮辱させたりしません」と口にしてディアナの前に出た。
セドリックのことは彼の肩越しから見ることしかできない。
「……いい加減に、していただけますか」
エドワードは厳しい声でセドリックに向き合う。
なぜか、主を守る立ち位置ではなく、主と向き合って敵対する立ち位置で向き合ってとても真剣な顔をしていた。
彼は根気強くセドリックに物を教えていたり、いつも物腰柔らかで仕事は手早くも、どんなに忙しくとも人に当たらないとても穏やかな人だとディアナは知っている。
そんな人の聞いたことのない声に、ディアナはドキリとしてセドリックの反応を見た。
「……誰に向かってものを言ってる、エドワード」
案の定、機嫌を悪くしてエドワードに対してすごむセドリックだったが、そんなふうにしてもエドワードは怯んでいる様子はなかった。
「私はただ、出過ぎた自己中心的な女に教訓を与えてやっているだけだ。その女だってそれを理解してるだろ」
「セドリック殿下」
「それに主を裏切るだなんて、いい身分だな。解雇になりたいならそう言えばいいんだ、せっかく君は置いてやっていたというのに」
「殿下!」
セドリックは続けて脅すように彼に言うが、そんなセドリックの言葉などエドワードはまったく興味がないらしく、セドリックに強く呼びかけた。
脅せば簡単に動揺すると考えていたのか、セドリックはエドワードのまったくひるまない姿勢に、眉間にしわを寄せて怪訝そうな顔をした。
「……」
「私は常々思っていました。ディアナ様は間違っていませんし、とても魅力的な素晴らしい人です。それをあなたが疎ましく思って、遠回しに自分と同じように堕落させようと言葉を尽くしているところを見て……言い知れぬ感情にとらわれておりました」
「だから何だよ。そんなのは━━━━」
「人の話は最後まで聞いてください」
「……」
口を挟もうとするセドリックに、エドワードはきっぱりと叱るように言った。すると彼はバツがわるそうに黙ってエドワードはつづけた。
朗らかな舞踏会の雰囲気は壊れて、周りにやってきた野次馬の貴族たちの中から一人抜け出してこちらに来る人間がいた。
それは見慣れた事務官の男性であり、意外そうな顔をしながらもディアナの後ろについて腕を組んだ。
……?
「あなたは努力などくだらない、賢く手を抜いて楽しく生きていくのが一番だとよく仰っていましたね」
「そんな話……別に」
「それに、あなたの怠け癖について注意したり、仕事が出来すぎたり努力の大切さを説く私の兄たちも、あなたはどんどんと解雇していった」
「……」
「自分の周りを心地いいぬるま湯で満たしてくれる人だけを選んで、立場に見合う努力をしようとしているディアナ様の足まで引っ張りつつ、遠回しに、ディアナ様のせいにして堕落させようとして」
たしかに、セドリックの事務官は良く入れ替わっていたし、若い人が多かった。
それについて人手不足なのだろうかと思ったがまさか、そんなふうに人を解雇していたとは知らなかった。
そしてさらに、エドワードは彼の思惑を口にする。
まさか彼が意図的にディアナを操ろうとしていたというのはまったくの想定外だった。
精々、嫉妬心からやってくる不快感から遠ざかるために、ああしてディアナに意思表示していて、そして多くの人はそれを持ち誰に対してもディアナは人を不快にさせる気質を持っているのだと思っていた。
しかしセドリックの反応を見れば、エドワードの言葉が本当だとわかる。
「それが難しいとわかれば、当てつけのように捨て置き、傷ついたディアナ様に対して追い打ちをかける。今のあなたは誰から見ても、最低の人間だと私は考えています」
「なっ、き、君ら……」
「な、なによこれ……」
エドワードが続けると、事務官としてみたことのある人間以外も野次馬の輪の中から出てきて、エドワードの隣についたり、ディアナの後ろについたりした。
エドワードがたまらず、ディアナにたった一人加勢したかのように最初は思ったが、着実に人が増えていくその様子は少し異様だ。
セドリックの後ろにいた従者たちもちらほらと離れて行って、半数以上がエドワードの側についた。
人が増えていくごとに、セドリックたちは寄り添ってなんだか小さく見える。
ディアナにとって彼の言葉はあんなに絶大なもので、行動一つでディアナの今までの努力すべてが否定されてあんなにも傷ついた。
彼の言葉が社会全体の意見のように聞こえていたのに、今はとても矮小な意見に思えた。
「あなたの考え方や、自分よりも有能な人間を引きずり下ろす傲慢な姿勢に、常に話し合いを続けていました。我々も王家に仕えるために多くの努力をしてきた。そのすべてを理解もせず自らを満足させることしか頭にないあなたのような人間は、器ではない」
「セドリック王太子には資質がない!」
「こんな人間に国王が務まるか!」
「そうだ! そうだ!」
彼の王としての器をエドワードが否定すると、集まったエドワードの仲間は声をあげる。
ある種反乱ともとれる行為ではあったものの、席に座って遠目からこちらを見ている国王陛下夫妻は止めたり処罰を指示する気配はない。
「我々王族に仕える一族は、かねてよりその主張をしていました。本来これほど早くそのことをあなたに伝える予定ではありませんでしたが、私は努力を惜しまず高みへと導こうとしていたディアナ様の不遇をこれ以上見ていられませんでした」
エドワードが最後に今動いた理由を口にして、ディアナは思わず嬉しくて胸が締め付けられるような思いになった。
同時に、やじ馬の中から壮年の男性がゆっくりと登場し、エドワードのそばについた。
彼はエドワードの父親であり王族に仕える家柄の筆頭であるティレット侯爵だ。
「そうだ。よくぞ動いたな。エドワード、問題などない、後はこの父に任せろ」
「はい。父上」
短く会話をしてティレット侯爵はエドワードをねぎらう。
そしてディアナにも少し視線を向けて、ニコリと好々爺然として微笑んでから、セドリックに向き合った。
「っ、わ、私は第一王子なんだぞ! 君らみたいな使用人風情がなんと言おうと、私の地位が変わるわけがない!」
「セ、セドリック様……」
「そのはずだろ! 君らなんて全員不敬だ! 父上! 騎士! こいつらを全員捕らえろ! っおい!」
わめくだけのセドリックに誰も答える者はいない。
ティレット侯爵が視線を向けると、緩慢な仕草で国王夫妻は動き出し、彼らのお付きの騎士が、セドリックのことをとらえた。
そして、ラングフォード伯爵令嬢を置き去りにして彼のことを連れて行った。
舞踏会の参加者たちは、呆然としている人間と、達成感にあふれた表情をしている人間が半分半分といったところで、ざわざわとした喧騒が激しくなっていく。
これからの不安や、期待、いろいろな感情が入り混じって、穏やかなワルツの音色が場違いにすら感じた。
そんな中、エドワードはディアナのことを振り返り「少し場所を移して話をしませんか」と告げたのだった。
喧騒から逃れるように控室のうちの一つに入り、向かい合うと彼は少し気まずそうにしながらも口を開く。
「まずは……申し訳ありませんでした」
謝る彼の言葉に、ディアナはぱちりと瞬きをして首を傾げた。
彼の行動に謝るべきことなんて一つもなかっただろうと思っていたし、何ならこちらからありがとうとお礼を言いたいぐらいだった。
「セドリック様との会話に割り込んでしまって。私からすると、あなたがあの人の言うように変わってしまうことは、あなたにとっても周りにとっても大きな損失だと思ったんです」
「損失、ですか」
「はい。先ほど言ったようにあなたはとても素晴らしい人です。あの人の望む通りに、誰かの自己肯定感を慰めるための存在になるなんてもったいない。それに……私、個人としてもあなたがあんな目にあっていることが許せなかった」
エドワードの言葉は的確で自己肯定感を慰めるという言葉はとてもしっくりときた。
そのために彼は、ディアナに対して『君を見ていると自分が嫌になる』などと遠回しなことを言ったのだろう。
「だからこそ、割って入りましたが。あなたからすれば、納得していたからこそ行動に移していたのかもしれませんし、新しい人を見つける機会を奪ってしまった。それもまたあなたにとって損失だと思います」
「なるほど、それゆえの謝罪だったのですか」
「はい」
「でもそれなら、謝罪はいりません。完全に腑に落ちていたというわけではありませんし……それに」
彼の配慮に納得しつつもディアナは自分の考えを口にする。
「彼の意見が、すべてではないととても強く思いましたから。あなたの言葉も、とても深く胸に刻まれました」
小さく高鳴っている胸に手を置いてディアナは噛みしめるように言った。
「ありがとうございます。エドワード、自分の努力やそれに伴う結果は……誰かを不快にさせるだけのものではなかった、その事実だけで十分に嬉しいのです」
ディアナが笑みを浮かべると彼は、少し頬を染めて同じように笑う。
彼に捨てられ、その理由はディアナがまっすぐに何かに向かって努力をすることだった。
その事実はとても深くディアナの心に影を落としていて、あれからずっと心が重たかった。
そしてそれが世界のすべてだと思っていた。
しかし違った。
ディアナの努力を見ている人がいて、認めてくれる人がいる。そしてセドリックの言葉は一意見に過ぎず、ディアナはこれからも自分らしく生きていい。
それが分かったことが、なにより嬉しかったのだ。
だからこそそれを、行動を起こして伝えてくれた彼にくれた彼に、ディアナはなにより感謝したいし特別に思った。
その笑みは以前接していた時と同じように優し気で何も変わっていないはずだ。
しかし、彼の表情を見たディアナは以前とは違って、彼のまっすぐとこちらを向いて浮かべられた笑みに、どきりと胸が高鳴る。
柄にもなく少し気恥ずかしいような心地になった。
「そう言ってもらえてよかった。本当ならきちんと準備を整えて、ひっそりと告発を行うつもりだったんですが、随分と派手な立ち回りをしてしまいました」
「派手でしたが、まるで物語の主人公のようで格好良かったです」
「い、いや。やめてください、流石に恥ずかしいです。ディアナ様。それに本来、主のことを支えて時に導き、手を替え品を替え尽くして、やっていくべきだったんです。それを今回放り出す形で決着をつけました、恥ずべき行為です」
セドリックは、あれだけの貴族の反感を買っていたら、王太子の地位を維持するのは難しいだろう。
継承権のはく奪は免れない。
それを喜ぶだけではなく、従者としての矜持に反する行為だと恥じる彼はとても真剣にこの仕事に向き合っていると思えた。
「ただ、あなたは我々のような尽くすことに重きを置いて、それだけで力を発揮する人ではありません。あなたはご自身だけの力でもどこまでも上り詰められる人だと思います。ディアナ様」
「はい」
「ぜひ、これからも、王太子が変わり国は大きく揺れ動くとは思いますが、どうかご自身の努力を信じて進んでいってくださいね。そばであなたの働きを見ていた、我々一同、応援しておりますから」
励ますようにそう言われ、体の中からじわじわとやる気に満ちた熱が広がる。
こんなにうれしいこともそうそうないと思うほどで、ディアナは「激励ありがとうございます」と目を細めて口にする。
その言葉があれば、今後どんなことがあってもブレることなくやっていけそうだと思った。
「後はなにか、気になることがあればお答えしますが……」
「そうですね。今後のことについてなどは、私は今は王族とは直接関係があるわけではないので都度で充分ですし……困っていることと言えば新しい結婚相手ぐらいですかね」
考えつつも口にすると、エドワードはすぐに反応した。
「それなら、父の伝手を使って探すことも可能だと思います。それにもちろん王家からもなんらかの穴埋めがあると思いますので、ディアナ様はごゆるりと待たれるのがいいのではないでしょうか」
「穴埋めですか」
「ええ、慰謝料が支払われたとはいえあまりに、横暴な行為でしたから、それらも含めての我々の抗議です、あの様子ならばなにかしらの対応が見込めるはずです」
先を見据えて妥当な判断を下す彼に、たしかにこのままでは王族は体面が悪すぎる。
ディアナのこともきっかけになったように多くの貴族の目に移っただろう。
そこを解消しようと動くだろうというのは理にかなっているし、ティレット侯爵の伝手というのも期待できるものだと思う。
……でも改めて考えると本当にそれが正解でしょうか。
セドリックと婚約した時のように、相手の立場や地位で選んでそれに沿った努力をして生きること。
それはディアナにとっての最善かどうか、そう考えるとエドワードのくれた言葉が答えのような気がした。
ディアナは一人でも輝けるし、必ずしも強い地位や力を持った人を必要としているわけではない。
だからこそ、新しい相手を選ぶ方法は今までと同じである必要はないと思った。
貴族として人として成功するための土台のような結婚、それは誰もが求める物かもしれないが、ディアナにとってそれは必要なものではない。
大切なのは、きっとディアナ自身の気質を認めてそれを誇らしく思ってくれる人。
そして、目の前にいる彼がそうであり、素敵な人だとしている。
「それは嬉しいことですが。私は、あなたの言葉を聞いてあなたに励まされて、自分の道を見つけたいと思いました」
ディアナは彼を見つめて、それから自分のドレスに目を落とす。
地味で味気のない似合わないドレスを纏って、自分のことを認めてくれない人に媚びるよりも、自分の最大限の努力を美しいと言ってくれる人がいい。
「エドワード、あなたには決まった相手はいないと聞いています。私はあなたのような人……いいえ、あなたがいいと思いました。あなたにとって私は可能性のある女性でしょうか」
シャンと背筋を伸ばして彼に問いかける。
言ってしまってから急に体が震える様な不安が襲ってきて、いろいろと理由をつけたが、ただ単に一連の出来事で彼に好意を抱いてしまってアプローチをかけたくなっただけなのかもしれないと思う。
ディアナは割と単純な方で、まっすぐなことは取り柄なのだ。
だからもう、うだうだと悩んで後戻りもしない、心臓が不安から強く鳴り響いても前に進むだけである。
エドワードは、目を見開いて驚いて「え、あ、わ、私ですか?」とか確認するように問いかける。
「はい。如何でしょうか」
「え、あ、わ、私は爵位継承者ではありませんし、とても公爵令嬢を妻にと望める様な身分ではない、と一般的には言えると思うのですが、ディアナ様」
「……あなたが言ったのではないですか。私は、誰かに依存しなくとも輝けると」
「そ、そうですが……」
戸惑って言葉を濁す彼に、そう言った好意を持てないということだろうかと考えるけれど、そんな不安は振り払って、さらに問いかける。
「私を異性として好意を持てないと思うのでしたらそう言ってください。そうではないのならば前向きに検討していただけませんか」
「……」
彼は、言葉に詰まって、すぐに口を開いてそれから閉じた。そうしてとても色々なことが頭の中を駆け巡ったのだと思う。
そして不安がぬぐいきれない様子でそれでも口にする。
「……言葉の端々から伝わってしまっていたと思いますが、ディアナ様のことをわ、私は、とても好ましく思っていました。ですからなんと言い表したらいいのか、その」
「……はい」
「嬉しいです。けれど、なんせ心の整理がついていなくて……ははっ情けないですね。あなたは身分差があってもこんなにもまっすぐ私に好意を伝えてくださったというのに」
心を落ち着けるようにゆっくりと考えを整理しながら話し、エドワードはディアナと比べて自分のことを少し笑う。
「そんなことありません。私だって、たった一人に惑わされて自分を変えたりうじうじしたり、とてもきっぱりした生き方ができているとは言えませんから」
そんな彼に、自分も同じだと伝える。
そして彼の言葉や行動に救われた。
だから、こうしてまっすぐに彼に告白できた。それは一人だけの力なんかじゃない。
「でも、あなたが私に勇気と自信をくれました。ほかの誰でもないあなたが私を見ていてくれて示してくれたんです。だからあなたがいいと……思うんです」
不安には負けなくとも、羞恥心はやってきてディアナの言葉はしりすぼみになってしまう。
けれどもその様子を見ていて、エドワードはぐっと拳を握って、前のめりになった。
「ありがとうございます。ディアナ様、その、整理はつきませんが、ここまで好きな人に言ってもらえて、それで返答を濁すような自分ではいたくありません。前向きに、話を、進めたいと思います」
彼の言葉にディアナは、つい、笑みを浮かべる。
「まだまだ至らないふつつかものですが、精一杯勤めを果たさせてもらいます」
「こちらこそ不束者ですが、よろしくお願いします」
そうしてディアナとエドワードは身分を超えた関係を結ぶことになったのだった。
しばらくののち、セドリックはディアナとの婚約中の不貞行為や公務の怠慢などを理由に爵位継承権をはく奪され、ラングフォード伯爵家に婿入りすることになった。
もちろん伯爵令嬢は爵位継承者ではないため、自分たちで手に職をつけて、生活をしていかなければならない。
それはお互いに爵位を持たない、ディアナやエドワードと同じだった。
けれども、ディアナはすぐに王城の事務官として勤め、功績をあげ、ディアナとエドワードは貴族の間でも有名で評判の恋愛結婚の夫婦となった。
にも関わらずセドリックらが、不仲で常に借金で首の回らない金の無心をして回る厄介者になったのは、セドリックの疎んだディアナの気質が生んだ差であることは、誰の目に見ても明らかであった。
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