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花嫁の首を持って来い

作者: 志摩鯵




"Ph’nglui(ふんぐるゐ) mglw’nafh(むぐるうなふ) Cthulhu(クトゥルフ) R’lyeh(ルルイエ) wgah’nagl(うがなぐる) fhtagn(ふたぐん)."

「死せるクトゥルフ、ルルイエの石の館にて夢見るままに待ち居たり。」


―――『クトゥルフの呼び声』 ハワード・フィリップス・ラヴクラフト


"What is dead may never die, but rises again harder and stronger."

「死せる者は、もはや死せず、れどた立つ、強く大きく。」


―――『七王国の玉座』 ジョージ・R・R・マーティン






ヴィネア帝国暦2999年。

聖ダゴン城―――ガリシア大陸、タラミストリア教皇庁国家。


かつて始祖アルスが悪神サ・タに倒され、人類(アルスの子ら)が窮地に追い込まれた時、この地が最後の砦となったと伝わる。


祠堂の南壁には、かつて盾神ウルスがかかっていたという。

また知恵ある盾、ウルスが教えを記した鋼鉄聖典もかつてここにあった。

そして神アルスの墓も、ここにある―――こちらは、世界各地に同様の伝説が残っている


しかし今は、ウルスも聖典も残されていない。

人類をサ・タの子らから守った巨大な城壁や伝説のピュルゴスも跡形もない。


唯一、残されているのがアルスの墓と伝わる墳丘墓だけだ。

記録に残っているだけで数十回は、墓荒らしが暴こうした。

今となっては、墓地と伝わる他の場所同様、真偽不明となっている。


時がうつり、神の時代は、終わった。

教皇庁の権威は、失墜して反乱者たちが押し寄せるようになった。


「ヒルダ、隠れろ!」


大柄な騎士が若い女を庇いながら走っていく。

もうその近くまで暴徒たちが迫って来る。


「おい、敵が来るぞ!」


反対側から駆けて来た金と黒の甲冑の騎士が二人に声をかける。


「そちらは、不味い!

 向こうなら安全だ!」


金と黒の甲冑の騎士は、大柄な騎士の目を見ていう。


「ここは、俺が抑える!」


「無茶するな!」


大柄な騎士は、短く応えて女を連れ、向きを変えて走っていった。

すぐに怒り狂った民衆が武器を手に集まって来る。


金と黒の甲冑の騎士は、大槍を振り回して迎え撃つ。

目に光の炎が灯り、蟀谷こめかみに太い血管が見える。


「愚か者ども、犬め!

 聖地を汚す不届きな者たちよ、貴様らの手で俺は死なんぞ。

 俺を殺せるのは、真の勇者の刃だけだ!」


騎士は、大声で吠えるが血走った目の群衆は止められない。

真っ黒なうねりとなって騎士を圧し潰した。


「犬め!

 どこから出てきおったのだッ!!」


騎士は、大槍を手放した。

群衆の顔を拳で打ち、返り血に染まり身動き一つできないまま戦った。


「オスレック、ヒルダ!

 軍神ウルスよ、我が朋輩を守り給えかし!!

 うおおおっ!!」


凄まじい反乱者の勢いよ。

死んだ仲間のむくろと敵を諸共に押し流していく。

金と黒の甲冑の騎士、ジャドリックは、人混みの中に消えた。


一方、逃げた二人は、大聖堂まで走っていた。

だがここに賊が殺到するのも時間の問題だろう。


「兄上!」


女は、縋るように大柄な騎士の足にしがみついた。


「馬鹿な真似は止めろ。

 助けはすぐに来る。

 俺は、その時間を稼ぐだけだ!」


「嘘です、兄上!」


女は、そういって大柄な騎士オスレックを放さなかった。


「このまま反乱者たちに見つかって汚され、嬲り殺しになるなら、その前に兄上の手で私を!」


「分からん女だな。

 近くにフロドガンドもウィルハッドもいるのだ。

 ものの20分もすれば犬どもを成敗して二人がここに辿り着く。」


オスレックは、妹を怒鳴りつけた。

しかし妹は、頑として信じようとしない。


「嘘でございます、兄上!

 どうか慈悲を下さい!!

 静謐な死こそ、今の私にとって情けでございます!!


 犬どもの手に落ち、犯されたことが歴史に記され、100年先まで好奇の的となり下賤の口で語られるなど私は、我慢できませぬ!!」


「どこの犬が産んだ、この馬鹿女!

 俺の話は、気休めではない。

 何があろうと俺は、お前を守り通せるぞ!」


「嫌です!」


二人が無意味な口論を続けている間にも反乱者は、近づいてくる。

彼らは、僧侶や兵士を見つけ次第に血祭り挙げ、歓喜の声を上げた。

血に酔った群衆にとってここに住む者は、誰であろうと悪に見えた。


「それ見ろ、犬どもがここまで来よった!」


オスレックは、力任せに妹を聖具箱に放り込む。

そして手近な銅像を蓋の上に倒した。

身の丈より大きな像を軽く運ぶ男は、並外れた馬力の持ち主だ。




そして数時間後、聖具箱が開けられた。

女は、見慣れた兄の戦友たちの顔を見て喜んだ。


「エゼルレッド卿、アラリック卿!

 お二人ともご無事で何より…。」


「ヒルダ………。」


ゲッソリした顔のエゼルレッドが呆然と呟いた。


「他の騎士の皆さまは?」


ヒルダが問うと力なくエゼルレッドは、答える。


「…フロドガンドたちも無事である。

 賊は、追い払った………。」


「あ、兄上は?」


その問いの答えを察しつつヒルダは、訊ねた。

エゼルレッドは、深く深く息を吸って気力を振り起こした。


「……オスレックは、死んだ。」


その言葉にヒルダは、気を失う。

聖具箱の中に転がるように倒れこんだ。




3年後。

オースヒルダは、オースヒルダ7世として教皇に即位した。


すべらかな白銀の肌、豊満な四肢、煌めく黒髪と青い瞳。

あまりに美しいので教皇より妖女であると噂する人もあった。


「猊下の御即位並び御婚礼、慶びに耐えませぬ。」


フロドガンドがヒルダに声をかける。

しかし彼女の顔は、暗く、空気は重い。


「…フロドガンド卿、余は、これで良いか?」


ヒルダは、陰鬱な表情で訊ねた。


「ジャドリックとの婚礼のことを仰っておいでか?」


フロドガンドがそういうとヒルダは、小さく頷いた。

フロドガンドは、答える。


「公爵は、教皇庁国家の強力な後ろ盾です。

 政治的に考えても、この決断は、ゆうみとむ処であります。


 また公爵の信仰が確かなことは、幼い時から共に戦った私や仲間たちも知っております。

 これまでも教会に反旗を翻す不埒な輩との聖戦に身を投じております。

 ジャドリックは、教皇の剣であり夫として問題のない人柄です。


 最後に教皇猊下ご自身にとっても古くからの友人でもある。

 ………しかし今更ながら彼に信を置けぬ処がおりでしょうや?」


「余が愛していたのは、兄上のみ。」


そうヒルダは、キッパリと即座に答えた。

フロドガンドは、沈痛な表情に変わって眉間に力を込めた。


知っているのだ、そんなことは。

絶世の美女、この美しい教皇が愛したのは、オスレックだけ。

それは、彼女が幼い頃から信奉者だった騎士たちなら皆、知っている。


類稀な勇者オスレックと剣の友たち。

激しい戦場を駆け抜け、日に日に傾く教会の威信を守る騎士たち。

しかし大半の騎士が彼の妹に恋慕を抱いていた。


だがヒルダに相手にされる男はいなかった。

彼女が愛したのは、我が身同然の兄だけ。


だがそんな彼女がようやくジャドリックを選んだ。

それは、彼の強力な軍事力と財産が教皇庁国家の助けになるからだ。


オスレックが死んでジャドリックも変わってしまった。


貧民の美しい娘を大勢集め、屋敷で飼っている。

乳房と腰を覆う僅かな襤褸ぼろだけ与え、裸同然で庭に放つ。

そして鶏のように逃げる女を兵士が追いかけ、嬲るのを楽しんでいるらしい。


他の騎士と違いジャドリックは、オスレックとの友情で教会に味方していたのだ。

ヒルダは、彼を選んだが彼は、ヒルダのことは、特になんとも思っていない。


しかしだからこそ敢えて自分に関心のないジャドリックを選んだ。

彼女に恋い焦がれる他の騎士が手出しできぬ実力があるからでもある。


フロドガンドは、ヒルダの手を取った。

そして乱暴に抱き寄せる。


「なッ、何をするのです!」


驚いたヒルダが目を丸くした。

フロドガンドの目が据わっている。


「どうせジャドリックは、貴方に何の興味もない。

 俺がここで貴方を物にしても彼は、気にしないでしょう。」


「馬鹿なことを!

 お止しなさい!!」


「黙れッ!」


フロドガンドは、ヒルダを力づくで抑え込む。

そして思いを遂げるとよろよろと立ち上がって消え去った。


その次の日。

アウルヴァンデル専制公セヴァストクラトルジャドリックとタラミストリア教皇オースヒルダ7世の婚礼が予定通り挙行された。


教会批判を続ける大ヴィン帝国は、これを強く外交非難。

欲深い教皇が有力諸侯と政略結婚したと声明を出した。


「やれやれ…。

 これまで以上にヴィネア帝国は、反乱者に資金をバラ撒いておるぞ。」


「フロドガンド卿はどうされた?

 いつも教皇猊下のお側におったであろう。」


「昨日から姿が見えぬらしい。」


参列者たちは、ひそひそと話し合った。

慶事のはずが重々しいどんよりとした雰囲気の結婚式だった。


「ヒルダ、私にとってオスレックは、英雄だった。」


不意に口を開いたジャドリックは、そう話し始めた。


「どれほど修練に励んでも彼に全く敵う気がしなかった。

 私の人生で彼だけが光り輝いて見える。」


ジャドリックがそう話すとヒルダも感傷めいた口調で答える。


「………ええ、余もそうです。

 兄上は、英雄アルスのようでした。」


「………フロドガンドがいませんね。」


ジャドリックがその名前を口にするとヒルダは、ゾッとした。


「いつも番犬のように貴方を守っていた。

 死んだオスレックに成り代わるようにね。

 しかしその彼が今日はいない。」


ジャドリックは、ゆっくりと席から立ちあがる。

そしてヒルダも自分の横に立たせた。


おや、いったいどうしたんだろう?

ヒルダも式の参列客もジャドリックに注目した。


次の瞬間、分厚いナイフがヒルダの首に振り下ろされた。

甘く艶めかしい血が白いテーブルクロスに飛び散った。


「ひ。」


ヒルダは、自分の首を抑える。

止め処ない血が溢れ、全身から力が抜ける。

床に倒れると巨人のようなジャドリックが傍を歩き去った。


「うわあああ!」

「公爵、狂ったか!?」

「猊下が倒れたぞ!!」


参列者が一斉に叫び出す。

だが金と黒の甲冑を来た公爵の護衛兵が主君を守った。


「首を持て。」


ジャドリックが部下に命令する。

素早く命を受けた騎士たちが教皇の首を切断した。

敬虔なウルス教信者なら頭がおかしくなるような大事件である。


「実の兄を愛するだと?

 変態女め。

 俺が血筋をあやまつ雌犬とつがいになる訳ないだろう、愚か者め。」


物言わぬヒルダの首にジャドリックは、平手打ちした。


公爵は、部下と共に引き上げていった。

後には、雪崩を打ったような大騒ぎが始まって人と人が揉みくちゃになっていた。




教皇の死。

それは、大陸のあちこちで暴動を引き起こした。

燃え上がる反教会の機運は、めらめらと燃え上がり反乱者は、勢いづく。


一転して反教会に与するジャドリックは、抵抗派の英雄として絶賛された。


その一方、暴徒に荒らし回られ、聖ダゴン城は、廃墟になっていた。

20世紀の歴史も無惨に引き裂かれ、あらゆるものが破壊された。


反乱者に言わせれば巨大な大聖堂は、民を重税で苦しめた顕彰碑。

この地に何一つ残してはならない。

神の教えを騙り、民から血を吸う蛭の城など跡形もなく破砕せよ。


首のないヒルダの死体は、衣服も剥ぎ取られ、野晒のざらしとなっていた。


「これが教皇()()()()()()7世の死体か?」


「オースヒルダだ。

 ………特徴は、一致する。」


瓦礫の上を二人組がやって来た。


ひとりは、鳥のようなくちばしの着いた仮面に白衣を着ている。

ひとりは、真っ赤なコートに絢爛な金刺繍を施し、金飾緒や勲章メダルを着けている。


二人は、ヒルダの死体から血液を採取する。

そして何かの機械に血液を入れると何やら作業を始める。


「………これは、興味深い。」


仮面の男は、何度も頷きながら感心している。


「ほ!ほ!ほ!

 宿礼院ホスピタルは、これだから困る。

 実験を経ずにして結論を得ようなど科学者のすることではない。」


煌びやかな赤の衣装の男は、そう言った。

仮面の男は、批判されて気分を悪くしたようだ。


「何をするつもりか?」


「見てれば分かるよ。」


赤い衣装の男は、破壊された聖堂を歩く。

やがて二人は、目的の場所に辿り着いた。

墓地だ。


歴代教皇や聖職者の墓地だ。

このような時代になって一つ残らず破壊されている。


二人は、瓦礫を乗り越えてある場所を目指した。


「大聖騎士、オスレック・オブ・ノットブルガの墓だ。」


「教皇の兄か。

 聞いたことがあるぞ。」


そう言って仮面の男は、腰に手を着いた。


「それで?」


質問に答えず赤い衣装の男は、墓を暴き始めた。

石を押しのけ、土を掘り返し、棺を探し始める。

そのまま半日が経った。


「………まだかね?」


「いや、今だ。」


深い穴の中から返事がした。

仮面の男は、掘り返された墓穴に近づく。

薄暗い縦穴の底に棺が見える。


豪華な装飾をふんだんにあしらった大聖騎士の棺だ。

墓荒らしを避けるために墓穴を深く、そして棺も金属で作られている。


そして赤い衣装の男が教皇の血をオスレックの遺体に注射しているところだった。


「おい、馬鹿なことを!」


仮面の男は、狼狽える。

しかし赤い衣装の男は、薄笑いを浮かべていた。


「教皇の血にどんな力があるか。

 試してみようじゃないか、ええ?」


二人の怪しい男が見守る中、怪異が始まった。

腐敗し切ったオスレックの遺体に生者の面影が蘇り始めたのだ。

それは、全身に波及し、赤々と血色の良い肌艶まで戻り始めた。


「ほ!ほ!ほ!

 聖女の力がこれほどのものとは!

 しかも我々、血の魔術師(ブラッドウォッチ)は、宿礼院が慎重に検討を重ねて答えを出しあぐねる事物に対して、このように速やかに解決するのだよ!!」


赤い衣装の男が上機嫌で騒いでいるとオスレックは、ゆっくりと立ち上がり始める。

自らの棺の上に騎士は、立ち上がった。


「………なんだ、これは。」


泥だらけの自分の身体をオスレックは、見渡した。

地虫が一斉に驚いて棺から飛び出してくる。


「これは、どういうことだ!?」


オスレックは、額を手で押さえる。


記憶が流れ込んでくる。

血を通して妹オースヒルダの記憶が。


「お、おお……っ!

 ジャドリック、どうしてこんなことを!!

 比類なき剣の友、真の友であったのに!!」


オスレックは、縦穴の壁を拳で何度も叩いた。

その横で仮面の男と赤い衣装の男は、勝手に議論を繰り広げている。


「反魂だぞ!?

 こんなことが起こるとは、宿礼院の再生医療中心(センター)がひっくり返るぞ!

 大いなる精霊(ワカンタンカ)にかけて、これは悪夢だ!!」


「聖者の血には、特別な力があるのだよ!

 教会は、まったく間違っている訳ではないのだね!

 貴族や聖職者には、神の恩寵が確かに、確かにあるのだ!!」


大騒ぎする二人をオスレックは、振り返って睨みつけた。

ようやく記憶の混濁が収まって来たのだ。


「お前たちは、ヴィン人だな?

 薄汚い血の獣め。

 俺の墓で何をしている。」


騎士が訪ねると仮面の男が先に答えた。


「お許しを、閣下。

 私は、宿礼院騎士団第2外科部長のレオウィン・ゴールドシュミット。

 閣下の墓を暴いたのは、そちらの道化にございます。」


レオウィンは、地上から墓穴の赤い衣装の男を指さした。

次に赤い衣装の男がオスレックに自己紹介する。


「ほ!ほ!ほ!

 御無礼の段、平にお許し下さい、閣下。

 私は、鈴木すずき惣五郎そうごろうと申します。」


「………そちらは、ヴィン人ではないのだな?」


オスレックは、怪訝そうに惣五郎を睨んだ。


「この顔は、産まれついての物にあらず。

 人形工房ドールショップが拵えた部品であります故。」


そう言って惣五郎は、自分の頭部を取り外した。

オスレックは、思わず腰を抜かした。


「犬め!

 地獄ドゥアドに落ちるがいい!!

 どんな魔法を使いおったのだ!?」


「そりゃ頭は、驚くだろう。

 腕にしておけば良かったのだ。」


レオウィンは、溜め息をついた。

惣五郎は、自分の首を元に戻して答えた。


「驚かせたかった訳ではないのですよ、閣下。

 この顔が日ノ元人ではなくヴィン人の顔になっていることを説明するには、腕ではダメでしょう。」


「ああ、オスレック閣下。

 私もヴィン人ではなく黒人種です。

 この仮面は、そのためのものですから。」


取ってつけたようにレオウィンもそう言った。

益々、オスレックは、嫌悪感を募らせる。

わなわなと逞しい肩を震わせ、呪われた人種を睨みつける。


「異端の上に、蛮地の東夷あずまえびすだと…。

 貴様らが俺をヒルダの血で生き返らせたのだな?」


「説明がいちいち省けてよろしいですな。」


と惣五郎。


素晴らしい(トレビアン)

 やはり肉親の血は、情報伝達が効率的に行われるという論文は、誤りないようだ。

 それも簡易的な精製しかしていないはずなのに。

 つくづく教皇というのは、特別な血の源のようだ。」


レオウィンは、会話しながら書付帳メモに速記していく。


この二人を斬り殺してやろうか。

オスレックは、そう考えていたが馬鹿馬鹿しくてやる気が削がれた。

そのまま無視して墓穴から這い出した。


「生き返った人間は、どうするのかな?」


惣五郎は、興味深そうに拳に顎を乗せる。

レオウィンは、速記を止めて腕組みする。


「観察を続けなければね。

 緊急の手術作戦オペを発動する。」




オスレックのすぐ後ろを二人の奇人が着いていく。

オスレックは、武具や旅支度を整えて馬を手に入れた。

目指すのは、ジャドリックだ。


オスレックは、何度か着いてくる二人をまいてやろうとする。

だがレオウィンと惣五郎を振り切ることはできなかった。


「ほ!ほ!ほ!

 またお会いできましたね。」


「………犬め。」


うんざりしたオスレックは、顔を下げて溜め息を吐いた。


「出て来い。

 下手な追跡は止めたらいい。」


オスレックは、そう言って手招きする。

二人は、物陰から飛び出してオスレックに近づいた。


「俺が死ぬところを見たいんだろう?」


オスレックが言った。

惣五郎とレオウィンは、従者のように焚火の準備をしていた。


「それは、まだ分かりません。

 血によって2度目の生を得たものを知りません。

 宿礼院の2万年の診療記録にも残されていない。」


「2万年の診療記録をすべて覚えてるのか?」


惣五郎がそう言うとオスレックも肩を揺らして笑った。


「つまり俺は、いまこの瞬間に事切れるかも知れんし、もう死なんかも知れんのだな?」


オスレックは、広がり始めた星空を見ながら言った。


どこにも灯りがない。

教皇の死で戦乱が広がり、街々が破壊されているのだ。


「できれば閣下の遺体は、宿礼院に持ち帰りたい。

 隅々まで調べ尽くして秘密をき明かさなければ。」


レオウィンは、明け透けにそう言った。

素直な申し出にオスレックは、失笑した。


「くくくっ。

 なら俺がジャドリックに倒されることを祈るがいい。」


オスレックは、退屈を持て余して異端に問うた。


「俺は、聖ウルスの教えを守るために生涯をささげた。

 遠国の異端共、貴様らは、どんな神を信じている?」


「は?」


「なぜ?」


「俺が興味があるのは、武術と信仰だけだ。

 貴様らは、軍人でも兵士でもなさそうだから信仰を聞いている。」


「そ、そのようなことを聞かれても私は、神など信じておらぬので。」


そう答えてレオウィンは、苦笑いした。

もちろん仮面を被っているので見えないのだが。


「確かに大精霊(ワカンタンカ)に誓ってと口にしたぞ。

 あれは、偽りか?」


「ああ、あれは、口癖と言いますか。

 新大陸シーツステインで流行っているのですよ。

 別に大精霊とかいう神を信じている訳ではありません。」


「新大陸?

 ヴィン帝国が領土を広げている海外領土か。」


「そうですよ。

 旧大陸の閣下たちが宗派などの古い価値観を争っている間にヴィネア帝国は、勢力を広げているのです。

 今の反教会、反皇帝の反乱者への支援だってヴィン皇帝にして見れば、ほんの暇つぶしのようなもので。」


「…だろうな。

 地図の端にある島国が、いつの間にかガリシア大陸のどんな大国より強く広くなりおった。」


オスレックは、惣五郎の方を見た。

彼は、焚火を枝で突いている。


「腕も足も人形なのか、東夷よ?」


「補佐官への忠誠心を示すためです。」


「Consigliereコンシリエーレ

 それがお前の主君の名前か?」


「血の魔術師を統率する人物です。

 激しい戦いを経験され、既に全身を人形のものと取り換えているのです。


 彼に倣って手足を入れ替えることが忠誠の証となる。

 自ら自分の腕を斬り落とし、補佐官閣下への忠誠を誓います。

 頭を入れ替えたのは、西洋人の生活圏に潜り込む手段ですが。」


そう言って惣五郎は、手を閉じたり開いたりした。

どう見ても生身の人間に見えるが精巧な人形の腕らしい。


「くくく。

 全身を人形と入れ替えるほどの重傷が助かるのか。

 それは、騎士として興味をそそられるぞ。」


オスレックは、惣五郎の手を取った。


「本当にこれは、人形なのか。

 凄いな。」


「温かいでしょう。」


「だがお前、女だな。」


オスレックが見抜くと惣五郎は、ゆっくりと手を引いた。


「……性別も人種も血の魔術師には関係ない。」


「それは、補佐官に忠誠心を見せるためか?」


「貴方が異端を斬り刻むのと変わりません。

 心は、他人に見せられない。

 証明するには、行動しかないのです。」


惣五郎は、そう言って焚火に木切れを投げた。

火の粉が一斉に風に吹かれた。


「俺の信仰は、神が知っている。

 俺の聖戦は、手足を斬り落として見せるパフォーマンスとは違う。」


それだけ言ってオスレックは、横になった。




岩肌に指をかけ、惣五郎は、山頂に登る。

青い山巓さんてんが連なり、澄み切った空を切り取る。

その下に中世の街が見えた。


「絵本に出てくる街のようだ。」


人形の身体は、冷たい空気でも息が白くならない。

それに比して後から登って来たオスレックの息は白い。


「こんな場所を、指だけで登るとは…。

 たいしたものだ。」


「忍者の技です。」


「おそるべき日ノ元(ひのもと)の技よ。

 お前たちが地球の反対側にいて、ホッとする。」


ここからアウルヴァンデル専制公セヴァストクラトルの居城が見える。

ジャドリックの軍隊は、ここに帰還していた。


「ほ!ほ!ほ!

 鎧の騎士だ。

 時代遅れも甚だしい。」


惣五郎は、腰に手をついてそう言った。

それを言われてオスレックは、不満そうだ。


「ヴィネア帝国や日ノ元の軍事は、そんなに進んでいるのか?

 どうしてガリシア大陸に侵寇して来ない?」


「石油も石炭もありません。

 それに南洋や北極の猿どもの方が侵略おかし易い。」


「完全に盗人の言ぞ、それは。」


雲が山巓に被った。

二人は、一瞬、雲に包まれる。


「早いな。」


オスレックが見ると惣五郎は、先に岩山を降り始めていた。

起用に僅かな足場を頼りに下山している。


オスレックたちは、街道を外れて進んでいる。

ジャドリックの軍隊の監視を逃れるためだ。

そしてようやく彼の城が見えるところまで来た。


峻険な山を抜け、宿場町に入り込む。

オスレックは、武器を隠して街に潜入した。


惣五郎は、派手な赤い衣装を行商人に着替えている。

顔も身長も自由自在だ。


「街の外縁は、簡単に忍び込める。

 問題は、市民階級が暮らす内市に入る方法だ。」


裕福な市民が暮らす内市と平民や外国人も出入りする宿場町や商業区は、内城壁で区切られている。


もちろん外敵に備える都市城壁と比べれば飾りのような貧弱な構造だ。

だが人の出入りを制限する役目を考えれば十分である。


「扉を開けるには、家主の許しを得ることです。」


惣五郎は、でっぷり太った姿でそう言った。

オスレックは、流れ者を装った格好で橋の下に潜む。


これは、別行動するレオウィンが上手くやってくれるはずだ。


宿礼院は、古い秘密結社だ。

有史以前から活動しているというが胡散臭いところもある。

だが現に世界各地に拠点があり、職人や医師、商人の組合ギルドの中には、宿礼院と繋がりを持つ組織もある。


だから宿礼院の第2外科部長ほどの地位があれば、どこでも協力してくれる。


「ゴールドシュミット教授、公爵への取次は、上手く行きました。」


白髪の老人がにこやかに応対する。

職人や商人が大勢、レオウィンを出迎えていた。


「専制公の前でも仮面を着けていても大丈夫だろうね。

 顔を見られると困るのだ。」


レオウィンは、親指で着けている仮面を指す。


「肌の色を隠さねばならぬ。」


「もちろんです、教授。

 しかし公爵が無礼なことを言ってもお許しください。

 連中は、貴族というだけで威張り散らしておるのです。」


街の有力者らしい白髪の老人は、そう話した。

レオウィンは、鼻で笑う。


「ふふん。

 それぐらい心得ている。

 公爵が俺を侮辱したからと言って君らを責めないさ。」


「安心しました。

 我々が言っても気位の高い公爵は、納得しなかったのですよ。」


一行は、内城壁の門まで向かった。

門番は、ギルド長たちの交渉で扉を快く開く。


(ひえっ。

 街の有力者が勢揃いだ。

 こりゃ、どういうことだ?)


門番の責任者は、この並々ならぬ出来事に驚いた。

しかも得体の知れない鳥仮面の男に全員がかしずいている。


(公爵閣下も顔色を伺う大商人たちが揉み手して愛想笑いやがる。

 あの仮面の男は、何者なんだ。)


「隊長、ジャドリック閣下に報告した方が良いのでは?」


兵士が責任者に言った。

だが責任者は、首を左右に振る。


「ギルド長たちの権力を侮るな。

 彼らの機嫌を損なったら出世に響くどころじゃ済まないぜ。」


そんな会話を小声でする兵士たちの前をオスレックと惣五郎が通過する。


(堂々と内城壁を通れるのは、よくやったと言いたいが。

 ……宿礼院の組織力には、驚いた。

 俺の知らぬ(異端者)がまだ世界には数多居るのだな。)


ふと笑いが込み上げて来た。


(俺が死んで3年しか経っていないのに気付かれぬか。

 ちょっと自分が有名人だからと期待していたのだな。)




内城壁の先には、公爵の居城を囲む壁がある。

こちらは、内城壁と違って市民の暴動も防ぐ立派な防衛施設だ。


「ジャドリック!

 来てやったぞ!!」


オスレックは、叫んだ。

叫び続けた。


初めは、気狂いと相手にされなかったが公爵の兵の一人がオスレックと気が付いた。


「閣下!

 3年前に死んだオスレック卿が城の前に現れました!!」


「………()()()の言った通りだな。」


凶暴な笑みを作ってジャドリックは、杯を放り投げた。


「誰ぞ、ヒルダの首を持って来い!

 お前の愛する兄が来てくれたと見せてやろう!!」


ジャドリックは、甲冑を準備させ、オスレックの前に現れた。


「友よ!

 アアルの野に旅立ったのではないのか!?」


「来て欲しかったんだろう!?

 お前を地獄ドゥアドに落とす為に戻ったぞ!」


オスレックは、隠し持っていた剣を掴んだ。

襤褸ぼろ布を引き剝がし、古錆びた鉄剣をジャドリックに向けて構える。


「こうなることを俺は知っていた!」


大槍を手にジャドリックは、歓喜に震えて応戦する。


「そうだろうな。

 お前に誰かが吹き込んだのだ。

 ヒルダの血に俺を生き返らせる力があるとどこで聞いた!?」


「さあな!

 俺は、おかしくなったのかも知れん!!

 だがいつかこうしてお前と本気で戦いたいと望んでいた!!」


二人の騎士は、街の中で干戈を交える。

突如始まった決闘に公爵の兵たちは、目を白黒させる。


「公爵様がオスレック卿と戦っておる!」

「3年前に聖ダゴン城で倒れられたオスレック様が生きておられる!」

「教皇ヒルダがオスレック卿をアアルの野から呼び戻された!!」


ヒルダの首を持っている騎士が青褪める。

教皇の首は、瓶詰になっていた。


「お前は、どうして敬虔な信者として生まれたのだ!

 いっそ異端なら戦えたのにと、ずっと思って来た!!」


ジャドリックの目は、狂気に眩んでいる。

それを見てオスレックは、身震いした。

馴染み知った親友が変わり果ててしまった。


「もうお前は、死ね!

 狂っておる!!」


オスレックの剣が銀の流星となってジャドリックに吸い込まれる。

だが瞬間、ジャドリックは、必殺の攻撃をかわして反撃した。


ジャドリックの大槍がオスレックの胸を貫いた。

突然、思い出したようにジャドリックが悲鳴を上げる。


「うわああああ!!

 う、うわあ、あああ!?

 何故だぁ!!!」


ジャドリックは、親友を貫いた槍を投げ捨てる。


「俺は、何をやった!?」


そのまま大声で喚きながら走り出した。

そして壁に自分の頭を打ち付けて死んだ。


べっとりと血が広がって、ゾッとするような死に顔を残してジャドリックは、死んだ。


だがオスレックは、生きている。

胸から出る血は、一向に収まる気配こそない。

むしろどれほど出血しても死ぬ予兆さえないのだ。


「………俺は、死なないらしい。」


思い出したようにオスレックは、そう言った。

レオウィンと惣五郎も彼に近づいた。


「正確なことは分かりませんが死にませんな。」


レオウィンは、傷跡を調べる。

普通なら立っていられる傷ではない。

数分の命だろう。


「くそ。

 消化器官が専門ですから分らん。」


レオウィンは、そう言って項垂うなだれた。

それを聞いてオスレックは、鼻で笑う。


「おいおい。

 それでは、床屋の方がマシだぞ。」


オスレックは、公爵の城に向かって声を張り上げた。


「俺の妹の、花嫁の首を持って来い!!

 オスレックがアアルの野から帰ったと伝えろ!!」


やがて公爵の騎士がヒルダの首を持ってきた。

震える手でガラスの大瓶をオスレックに引き渡す。


「ジャドリックと結婚したくなかったのか?

 困った奴め。

 ……本当に俺でないと嫌なのだな……。」


オスレックは、荷を作りヒルダの首を背負った。


「すまぬ。

 ここからは、俺とヒルダだけにしてくれ。」


オスレックがそう言うとレオウィンは、頷く。


「ああ、分かってる。」


「俺がいつ死ぬのか観察できなくて悪いな。」


「舐めるな。

 気付かれずに上手くやるさ。」


レオウィンは、そう言ってオスレックに背を向けて立ち去った。

惣五郎は、しばらく残っていた。


「落ち着いたらで良いのです。」


歩きながら惣五郎は、オスレックに話した。


「…狩人の騎士団にお入りください。

 貴方のような強い騎士を求めています。」


「それはありがたい。

 戦いしか生き方を知らぬからな。

 世話してくれ、頼む。」


二人は、街を歩く。

やがて公爵の死で街に混乱が広がり始めた。


青褪めて話し合う街の住民たち。

大急ぎで走り回る兵士もいた。


だがまだ大部分の住民は、何事もなかったかのように暮らしている。

そんないちの広場で褐色瘦身の男が騒いでいた。


「ファラオの墓を見つけたぞ!

 ファラオの墓を見つけたぞ!

 ファラオの墓を見つけたぞ!」




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