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《サージェリー伯爵令息》

 私はかわいそうな人と、魔獣の間に飛び込んだ。




 襲いかかる魔獣に腕を伸ばす。伸ばした腕は魔獣の体に当たらず、すり抜けていく。

 そして、直接その魔獣の"源"を取り出す。 "源"に歯を沿わせ、舌で軽く舐める。

 死神に"源"を舐められるとは、多大な不快感や痛みを味わうことである。

 魔獣は獣神の担当であるが、獣神と花神の命の管理に関しては、私の力の一部をコピペしただけである。本家の私にも同じ芸当ができる。

 魔獣は不快そうに顔を歪ませ、呻き声をあげ、身震いをして走り去っていった。



「あ…ありがとう、助けてくれて。」



 後ろから声がかかる。


「…どういたしまして。」


 振り向き、かけられた声のもとを見る。

 青年。茶髪。年不相応な痩せた病人のような体。筋肉の"き"の字もないような体。魔獣に襲われ弱々しく尻餅をついた状態で、私を見上げる夜空を埋め込んだような深い群青の眼。仕立ての良い小綺麗な服。そして、服の首元に刺繍された"サージェリー"の文字。

 分身体からこの人の"源"も確認した。


(この人が…)


 間違いない。この人が変な"源"、奇怪な"源"、無駄に高い位置で無駄に暴れる"源"、の主。

 私がしばらく見つめていたら、少し顔を赤らめて気まずそうに声を上げる。


「あなたは、誰…?」


 不思議そうに首を傾げてくる。


「…私は、リ…」

「リ…?」


 名前を言おうとしてあることに気づく。ここで"リヴルーフェ"と名乗ったらまずい。"お忍び"ではなくなってしまう。"死神・リヴルーフェ"を知らない人はこの世にいない。でも"リヴルーフェ"と名乗っても信じないだろう。だが最悪の場合、死神が人間界に来た神話ができるだろう。それは面倒くさい。かと言って、偽名を考えるのも面倒くさい。

 

( "リヴ"はこの世界では珍しい名前だったはず。目立つのはいやだ、めんどい。…あ!"リヴィ"ならオリヴィアって名前の母親が娘に愛称の"リヴィ"を付けることもある!それでいこう。)


 私は考えを決め、手を差し出しながら、口を開く。


「私はリヴィ。」

「リヴィ、さん…。なんでこんなところに?」


 目の前の人は私が差し出した手を取り、立ち上がる。背丈は同じくらいだ。私は大昔測ったのが168ぐらいだったと思う。青年だと思っていたが、思ったより幼いのかもしれない。


「…あなたこそ、首にサージェリーって書かれてるけど伯爵家の人がなんでここにいんの?」

「ちょっとお散歩というか…」


 目の前の人はモジモジとし、視線を逸らしながら言った。と思ったらこちらに目を合わせた。


「あ、こっちも名乗らないと失礼ですよね。俺はアルフィリア・サージェリー。ご存知の通りサージェリー伯爵家の者です。」

「ふーん、アルフィリア…か。言いやすくて良いね。」

「言いやす…!?ふふっ、そういうように褒める人初めて見ました!」

「…?言いづらいのはめんどいでしょ?」


 めんどい口の動かし方と喉の震わせ方をしなくていいことのどこが面白いのだろう。そしてやはり貴族なだけであってお上品な笑い方だ。"神の国"にいるキィキィうるさく笑う神も見習ってほしい。


「ふふふっ、あ、えっとリヴィさんはなんでこんな所に?」

「…実は」

「実は?」


 どういう設定にしようか。できるだけかわいそうな設定にして拾ってもらいたい。

 考えるというのはとても面倒くさい。こういう時は適当に口から出た言葉で行くのが一番だ。


「実は、…今朝父親が死んじゃって。」

「え!?今朝!?そ、それは、ご愁傷様です…」

「だから家捨ててきた」

「うん、なんで!?」

「今家無し。」

「う、う〜ん…。」


 アルフィリアは衝撃を受けたような、呆れたような微妙な表情と声で言った。

 我ながらこの設定、とてもいいと思う。親が死んで家がない。ちょっとゴリ押しっぽいのが目立つがとても可哀想な人に見えるだろう。


「ところで、リヴィさんはさっき魔獣を倒してくれてありがとう。強いね。」

「んー、まあね。」

「…今、家がないんだよね。失礼だけど、お仕事もないの?」

「え、あー、そうだね。」

「じゃあよかったら、うち、サージェリー伯爵家の元で働かない!!」


 キラッキラの眼差しで言われる。

 これは、上手くいったということでいいのだろうか。とりあえず調査対象のなるべく近くにはいるべきだと思うからいいのだろう。


「…私でいいなら、…おねしゃす」

「"おねしゃす"ってどういう意味?」

「え、あー、"お願いします"って言うのめんどくて…」

「ふーん。さっきから使ってるその"めんどい"って何?」

「…"面倒くさい"って言うのめんどくて…」


 流石貴族の冷息。丁寧な言葉しか知らないようだ。

 やたらとキラキラした顔で手を差し出してくる。

 先ほどは危機的状況であったアルフィリアを助け、私が手を差し出した。今は、体面上家も職もない娘の私がアルフィリアに助けられ、手を差し出されている。

 神としての経験上、人間は何かを受け取ったら対価になるものを渡したがる。それを"協力"や"お互い様"などと言った気がする。

 私は"神の国"の最果ての森に一人籠り、全部一人でこなしてきた。仕事をしても何の対価も得ていない。せいぜい世界の状況、生物の習性を知ることぐらいだ。"協力"というものは初めてである。

 今まで、窮地に陥り「協力して生き残るぞ」と言って死んでいく者を数えきれないほど見てきた。それもおそらく共に戦わず、片方がもう片方を見捨てれば確実に生き残れた状況で。

 人間というのはその程度のことが分かっていながら、愚かにも現実を無視し行動する。そして自滅する。

 ここで手を取り、先ほど私が助けた分の対価を受け取ってしまったら、この調査対象は人間の愚かな性質で調査が終わる前に死ぬのではないか。私の仕事、いや私の分身体の仕事が増えるのではないか。手を取っていいのだろうか。


「…?どうしたの?大丈夫?」

「…あっ、ちょっと考え事…。…はっ!?」


 一つ、大事なことを思い出した。この人、アルフィリアは"源"を食べられないから調べに来たのだった。

 死ぬことはない。死ぬかもしれないという心配は杞憂。こんなことに気づかない私も人間並みに愚かなのかもしれない。

 私は差し出された手を取る。そして、歩き出すアルフィリアに手を引かれていく。

 この人は人間の愚かな性質を発揮しても、死なないのだろう。




 だが、人間が愚かなことは。


「変わらない。」


 私の手を引くアルフィリアには聞こえないであろう声で囁いた。

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