《前言撤回、やっぱり全然使えない。》
「う〜ん、人間との倫理観の違いとかなら、リヴ様結構常識神様だから、もうそんなに教えることないですよ?」
「じゃあアードゥーンのところに…」
私が席を立とうとすると、「あっ、ちょっと待ってください。」と言う声に引き留められた。
「リヴ様、その格好で行くんですか?」
「うん。ダメ?」
私は今、誕生以来、ずっと着ている黒い膝丈のワンピース。膝から下にはリボンを交差するように巻いて、シンプルな靴を履いていた。別に、変ではないはずだ。強いて言うのならば、足のリボンを外せばいいぐらいではないだろうか。
私がそう考えていると、マジリーノが口を開いた。
「服はまあ、一旦置いておいて。リヴ様髪と目と顔がちょっと…。」
「不細工…?」
「あ、いや、そういうことじゃなくて…。逆で…。…ちょっと、美しすぎるって言うか、盛りすぎって言うか…。」
「…そう?」
自分の見た目がどうとか、「盛りすぎ」と言う表現は良く分からないが、このまま行くと目立つと言うことだろう。ならば、まずは。
「じゃあとりま髪染める。なんか染めるものある?」
「う〜ん…。あっ!一つ、とびっきりの物があります!!」
「じゃあ、それで。よろしく頼むね。」
私はマジリーノの髪を差し出す。
髪はほぼずっと解かずハーフアップにしていた。それを解いて解かしてもらう。
「わぁ、さすがリヴ様。長い間結んでたっぽいのに全然髪に跡が付いてない!!」
跡が付くのが悪いことなのかは分からない。だが、私の髪は褒められているらしかった。
____マジリーノside____
今、うちの指先には、金の髪が垂れている。見た目は儚く、繊細で今にも消え入りそうだが、確かな存在感をはなっていた。
軽く指で梳く。一度も指が引っかからない。
腰まであるその髪は、胸の下あたりまではストン、と重力に沿って真っ直ぐである。だが、そこから毛先までは美しい天然のウェーブがかかっていた。癖毛であるはずなのに、癖毛ではなかった。あまりに髪が言うことを聞きすぎていた。
自分もこんな髪で誕生したかった、と切望しながら髪染めの染料がある棚へ向かう。
うちは染料を種類ごとにまとめた箱から、一つを取り出し、リヴ様の元へ持っていく。
「この中から好きな色選んでください!」
「う〜ん…、あんま目立たない色がいいよねぇ…。」
「リヴ様、どこの国に行くんですか?国とか人種とかによって、スタンダードな髪の色は変わってきますよ。」
「え、あー、あれってどこの国だ…。」
そうだ、リヴ様はいままで人間界にこれっぽっちも興味を出さず、仕事ばかりだったのだ。人間の国なんて少しも知らないだろう。
「…なんかね、いつも通り仕事してたの。そしたら変な人がいて、その人にこれから会いに行くために"お忍び"に行くの。…確か貴族っぽかった。」
「貴族ですか…。あっ、貴族なら服の襟元に爵位名っていうか、苗字が刺繍されているはずです!」
「襟元ね…。えーと…。」
リヴ様は目を閉じる。リヴ様は分身体を作って仕事をさせているようなので、おそらくその分身体と視界を繋いでいるのだろう。
神が分身体を作って仕事をサボるのは珍しいことではない。
少しするとリヴ様は口を開く。
「私、一応人間界の言葉は全部分かるけど、どの言葉がどこの国か分かんない…。」
「言ってみてください。多分分かります。」
「…"サージェリー"…、って書いてある。」
「サージェリー…。あ、うちが"お忍び"に行ってきた"ルーティリアン王国"のサージェリー伯爵ですね!」
サージェリー伯爵は見たことがある。口髭を生やした優しそうな笑顔の初老の男性であった。話したことはないが、どんな人とも分け隔てなく接するから評判は良かったはず。そんな変な人ではない気がするが。
「…サージェリー伯爵は優しそうな初老の男性ですよね、そんな変な人だった気はしませんよ?」
「…?私が見た人は青年だったよ。ベッドで苦しそうにしてた。」
青年、ということは伯爵の息子だろう。
そういえば、伯爵には二人の息子がいて弟の方は体が弱かった気がする。
「青年なら多分伯爵家の息子で、体の弱い次男だと思います。」
「そう。で、そのルーなんちゃら王国で目立たない髪色は何?」
「"ルーティリアン王国"です、リヴ様。うーん、ルーティリアンなら茶色系か黒、あとものすごく黒に近い藍色もよく見かけましたね。」
「…じゃあ、かっこよさそうだから藍色で。」
「マジですか!?金髪だし絶対茶色系にするかと思いました!」
「藍色かっこいいじゃん。」
リヴ様は意外と子供っぽいところがあるんだな。と私は暗い藍色の染料を手に取る。
「それじゃあ、塗っていきますねー!」
「うん。よろしく。」
うちは染料の瓶の蓋を開け、再び金の髪を持ち上げる。そして、刷毛を手に取り染料を浸して金の髪にそっと当てる。そのまま真下に、髪に沿って刷毛を滑らせる。金の髪が藍に染まっていく。
全て塗り終えた頃には、金髪の時からの美しい光沢を残しながら、深い夜空を染めたような藍色の髪ができた。
リヴ様は鏡で自身の髪を見て、「綺麗…」と褒め機嫌良さそうにしている。
「そういえばですね、この染料、私と色神が共同制作したんです!」
「そうなの?すごいね。」
「えへへ〜、ありがとうございます!"お忍び"で人間の流行りとか調べてきて作ったんです!"プレミアムシンデレラ"と言う名前にしました!」
「ふ〜ん。」
リヴ様に気に入ってもらえてよかった。
だが、一応あのことを説明しておかなければ。
「この染料、色神と共同制作したって言ったじゃないですか。」
「うん。」
「その効果あってか水をかけたり、石鹸をつけたりしても色が少しも落ちないんですよ。ついでに私が付与した効果で魔法でも落ちません。」
「へ〜、めっちゃ使えるじゃん。」
「だけどですね、制作してる途中に童話の"シンデレラ"にハマった時神がいきなり乗り込んできたんですよ。そして、午前零時から一分間だけ元の髪色に戻る効果が付いちゃったんです。」
「…つまり…?」
「だから"プレミアムシンデレラ"。プレミアムな効果(色が落ちない)がある、シンデレラと同じ性質(午前零時に元に戻る)の染料になっちゃったんです。」
「…前言撤回、やっぱり全然使えない。零時に誰かといたらどうすんの。」
リヴ様はうちのことを蛇のように睨みつける。藍色の髪で睨みつけてくるさまは、金髪のときとはまた違う美しさを放っていた。
うちが見惚れていると、リヴ様はため息をつき藍色になった自身の髪を指で掬い上げくるくるといじる。
「…でもこれ気に入ったから、まあいいよ。さっき洗っても魔法でも落ちないって言ってたし。」
「気に入ってもらえて嬉しいです!!」
「次からちゃんとはじめに言いなよ。」
食い気味に言われてしまった。反省、反省。
なにはともあれリヴ様の役に立てたならよかった。
うちは、城に向かっていくリヴ様を見送った。




