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《恋人じゃないです!!》

 程なくして、サージェリー伯爵邸に着く。

 アルフィリアが扉を開けると、黒いワンピースに白いエプロン、メイド服と呼ばれるものを身につける若い女性が出迎える。


「おかえりなさいませ、アルフィリア様」

「ただいま。いつもご苦労様、エマ」

「そちらの女性は…」

「ああ、紹介するね。この人は…」

「恋人ですね!!!!!」

「…はっ!?違う違う!!そーゆーのじゃ…!?」

「今すぐ旦那様と奥様にご報告しなければ!あ、メイド長にも!そして国王様に婚約者ができた旨のお手紙…いや、結婚式の招待状をお送りしなければ!!」


 エマ、と呼ばれたメイドはスカートを派手に揺らしながら走っていく。

 アルフィリアは焦った顔をしながらも客人である私を置いて追いかけることができないようで、徐々に諦めの表情に変わっていった。


「ごめん、嫌な思いさせたよね…」

「いや、別に。なんかすごいくらい勘違いしてて面白かった」

「あはは…、これは多分この後大変だよ」

「そうなの?」

「うちの親とかメイド、いつもは頼れるんだけど、たまに勘違いしたまま物事を進めるちょっと頭が悪いところあるから…」


 苦笑いをしながら依然握っている私の手と反対の手で頬をかく。


「まず両親にリヴィさんのことを紹介しないといけないから着いてきて!」

「あ、はい」


 私は再び手を引かれ、歩き出す。いかにも貴族という屋敷の、無駄にデカくて無駄にカーブしている階段を登る。


「…あのさ、アルフィリア」

「…?なに?」

「私、サージェリー伯爵家で働くなら、アルフィリアの部下ってことじゃん?」

「まあ、そういうことにはなるね」

「じゃあ私をさん付けで呼ぶ必要ないでしょ」

「えぇ、でも、命の恩人でしょ…」


 神も人間も私に遜りたがるのは同じようだ。

 別に私を敬ったりするのは勝手にしてほしいが、めんどいことはやめてほしい。特に敬語などは実にめんどい。


「文字数増えてめんどいからやだ。」

「…!ふふっ、また出た!その"めんどい"!本当に面倒くさがりだね。恩人のリヴィが言うなら俺は応えないとね」

「…ありがと」

「はいはい」


 神どもと違って私の正体を知らないとこんなにあっさり呼び捨てになるのか。

 そう感心していると、やがて無駄にデカい扉の前に着く。

 扉の前のメイドが私達にむかって一礼し、扉を開ける。

 

 扉の中には、無駄に豪華な机に、無駄に豪華なソファ。客間というやつがあった。

 机を挟むように置いてあるソファの片側に、初老の男と女が座っていた。二人はこちらに目を向け、キラキラと瞳を輝かせている。その様はどことなくアルフィリアに似ていた。

 ソファの後ろには、先ほど"エマ"と呼ばれていたメイドが佇んでいる。

 すると初老の男が穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「どうぞ、おかけになってくださいな。アルフィリアもな」


 私はアルフィリアが、「失礼します」と言ってソファに座ったので、同じように「失礼します」と言い腰を下ろした。

 そして、アルフィリアがおそらく私を紹介しようとして口を開くが、声を発する前に向かいから声が響いた。


「もう!アフィったら!こんな素敵な恋人さんがいるのなら、もっと早く言ってほしかったわ!!」


 初老の女の方が発した声だった。

 少し白髪混じりの茶髪で、そこそこキツい化粧をしているが、それが似合っていて若々しさを感じさせる。これが俗に言う"美魔女"と言うやつだろう。白い肌はアルフィリアと似ている。

 すると次はその隣から声が響いた。


「そうだぞ、アルフィリア。こんなに素敵な女性は滅多にいない。早く言ってくれれば、早く婚約発表できたのに」

「そうよ、そうよ!というか、馴れ初めを聞かせてちょうだい!どこで出会ったの?どこに惹かれたの?」

「あ、ちょっとタリス。お客様がいる前だぞ」

「ああ、そうね!ごめんなさい」


 仲のいいようだ。おしどり夫婦というやつだろう。

 何をしたらいいか分からず、アルフィリアを見たが呆れの表情でため息をついていた。

 私はこういう時のことを二パターン知っている。一つは客人から名乗らぬと無礼になるもの。二つは許可されていないのに勝手に名乗って無礼になるもの。

 昔のある国の王城では、王に謁見した貴族が、客人であるのに先に名乗らず、無礼だと殺されていた。

 また昔のある国の横暴な貴族の屋敷に、平民が訪れ名乗ると、勝手に名乗るなと、殺されていた。

 尤も、最終的に殺したのは私なのだが。それにしても昔の人間は無礼な行動をした者を殺すのが好きだった。私の仕事が増えるからやめてほしいと常々思う。最近は昔より少なくなってきて嬉しい。

 私がどうしようかと固まっていると、初老の男性が私の方に目を向け、口を開いた。


「私はラルド・サージェリー。こっちは妻のタリスだ。この屋敷まで来てくれてありがとう。貴女のお名前はなんて言うのかな?」

「リヴィ…です?」


 妙な圧力のようなものを感じて、めんどくさい"敬語"というものを使ってしまったが使い方はこれであっているのだろうか。


「ははは、これは敬語が似合わないご婦人だ。かしこまる必要はない。息子と仲良くしてくれているのだからな」

「そう…」


 やはり私は敬語を使うものではないらしい。めんどいから助かった。

 すると、今まで呆れの表情で口を閉じていたアルフィリアが口を開いた。


「父様、母様。この方は俺の恋人じゃありません。先ほど俺が魔獣に襲われたところを助けていただいて、家も職もないと言うので人手不足のうちで雇えばいいと思ってお連れしたんです。大体、俺の恋人だという根拠はどこにもないではないですか。」

「そうなのか?ではなぜずっと手を繋いでいるんだ?」

「…は?」


 アルフィリアは手元を見た。森からずっと私と繋いで離さない手にやっと気付いたようだ。

 アルフィリアは、ハッとした表情をし、勢いよく私と手を離した。その表情はみるみる真っ赤になっていく。熟した林檎のようだ。

 アルフィリアは真っ赤にした顔を隠すようにそっぽを向いた。耳まで真っ赤である。ものすごくピュアなのかもしれない、この人。

 そっぽに向けた顔を少しこちらに向け、横目で私を見る。

 先程まで私と繋いでいた手は反対の手で押さえ、胸の前できゅっとしている。


「…ごめん、リヴィ。小さい頃兄さんとよく手繋いで散歩に行ってたから…」


 と小声で言われた。

 別に多少長く手を繋がれた程度で不愉快と感じる私ではないが、いつ離すだろうとは思っていた。どうやら無意識だったらしい。


「別に気にしないよ」

「…そう、よかった…」

「気にするの、めんどいもん」


 私がそう言うと、アルフィリアは一瞬驚いたような素っ頓狂な顔になった。

 だが、すぐに口元を軽く押さえてクスクスと笑い始めた。


「ほんっと、ものぐさだね。というかもっといろんな励まし方あるでしょ!」

「…あー言うと顔の赤み、引くかなーって」

「ふふっ、なにそれ」


 火かよ、と思うほど赤かったアルフィリアの顔は一変、先ほどの素っ頓狂な顔から赤みが引いていた。

 アルフィリアは私のものぐさを面白がっていたので少し、実験をしてみた。アルフィリアは面白がってくれたが、予想通りの私にはさほど面白くない。

 でも、変に気を遣ってくる神たちよりもこっちの方がやりやくて助かる。私の反応を見ながらびくびく話されてもこちらが申し訳なくなる。やはり神たちも少しは人間を見習ってほしいものだ。

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