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前座

「……さながら、アニメの登場じゃん」


「あぁあぁ」と気分を落ちつかせに瞬きを繰り返すホロウの隣で、アイリーンは既に有名カフェのカフェオレをしばいている。

 撒くのが速すぎるという言葉は、もう褒め言葉にすら当たらないだろうか。

 最早、今まで何を見ていたんだと怒鳴られる側だ。

 

 今の時代にしては排気ガスの騒音がバリバリうるさい大学生バイクのマフラー並の車は、見ての通り乗り心地も良いとは言えない。

 しかし脱出成功という一旦の危機回避にホロウも肩の力を抜いた。

 イルサが通話を切ったと見せかけて繋ぎ続けていたのは気づいていたから、あの散々長い通話相手はこの運転手だったのだろう。

 会話を盗み聞き、タイミングを見て車をかっ飛ばしたようだ。近くまで来ていたのならさっさと助けろよと言ったら「親子の共闘を見たかったんだよ」と言われてしまった。


 そういえば、火消しのブランド名なんてどこに書いてあったのだろう、と握りしめていた金色の裏やら中やら覗いてみるが名前の印字なんかはない。形状だけでブランドを見抜けるほどに分野に目の肥えた警官だったのだろうか。

 アイリーンとの騒がしい雑談に花を咲かせ始めていた運転席に、ホロウはそれを乗せた手を伸ばした。

 

「ねぇ、これってどこのブランドの?」

「なに、火消し?そんなのどこでも売ってるやつだろ」


 バックミラー越しに中々失礼なことを抜かす運転手に眉をひそめる。

 

「いや、良い値段したよ。フランスでも買える?」

「買えるさ。なんだ、壊したのか?」

「……やられた」

「あーあーホロウ。キミいつの間にスモーカーだったんだい?」


 笑いながら野次を飛ばすアイリーンを睨みながらも、軽率なリアクションだったと酷く反省する。

 つまり、警官の日本製という切り口は真っ赤な嘘だということだ。

 ここにいる3人揃ってヘビースモーカーなのだから、フランスでも易々買えるという運転手の話は本当なのだろう。

 娘側の動揺を誘うと同時に罪状をでっち上げとっ捕まえるつもりだったのか。

 スタンガンまでやってきた理由はもうそっち側の理由しかない。


「アイリーン。バレてたんじゃない」

「そういうことかな。あらあらまあまあ」

「軽率な」

「また鼻で笑われてんよ」


 運転手が今度はアイリーンに野次を飛ばしそちらも笑いを溢す。

 警官らの真の目的は、ホロウの未成年喫煙を咎めることでも、急行列車脱線の犯人を捕まえることでもない、もっと深く。


「バレてるどころじゃない。ほら、号外だ」


 どこで捕まえてきたのか今し方の時間が記された新聞が後部座席に投げられる。

「さっさとフランスは出て行くんだよ。パスポート作り直すなら早めに言ってくれ」と付け加え、号外に目を通すよう運転手は促す。


『Deus Code アイリーン フランス発急行列車をハイジャックか』


「バッッレバレじゃねぇか」

「うんうん。随分と注目されてるねぇ、ボクたち」

「何が()()()()。あんただけだよ」


 夢かっとばして号外の一面を飾ったのは、盛大に脱線事故を起こした急行列車の画像とこの文字。

 勿論、数分間までイルサとホロウのいた場所の事故の報道であり、犯人と言及されている組織の女はこのお隣にいる。


「黒髪にアジア系の顔立ちの女がフランス・パリを出発した急行列車オブソンに出現。発車2時間後女は車内をジャックし暴れ、脱線事故を引き起こしたと警察は説明。また女の正体は犯罪組織Deus(デウス)Code(コード)の大怪盗アイリーンとも警察は推測しているようだ。アイリーンは国際指名手配のかかった女怪盗でありフランス警察は周辺国と連携を取り国境を取り締まった」


「よし、永住しようか」

「どこにだよ」


 アイリーンののんびりとしたボケを成敗し、ホロウは記事を続ける。


「尚、この事故事件による被害者は540名にのぼり、うち現在確認されている限り130名が死亡、300名近くが重軽傷を負った。しかし怪盗が列車ジャックを犯した真意は不明であり損傷により盗品の確認は未だ出来ていない」


「多いねえ」

「当初の計画より遙かに多い。怒られるよ」


 運転手の一層冷ややかな忠告に、アイリーンは自分でなくホロウを頭を突き出した。

 弁明するつもりらしい。



「今回のはボクじゃない。娘だよ」


 荒野を抜け車道に入ったところで信号に捕まり、運転手は後部座席を見つめた。

 白けた顔で視線を逸らすホロウの頬を掴み前を向かせると目を丸くした運転手が尋問した。


「なんだって?」

「……車内が火薬の臭いで充満したから脱線させて誤魔化した」


 あっけらかんと度肝を抜かれた運転手はホロウとアイリーンを交互に見やる。

 が、当の首謀者も肩をすくめホロウを真似てか視線を逸らしてみる。


「初めて使ったシングルライフルが、思ったより変な匂いで臭かった……」

「珍しい型なのか」

「……そうだよ」


「だから大破させて別の煙と誤魔化したって?」

「…………そうだよ」


 後ろに並ぶ車からクラクションを鳴らされ、運転手はやっと車を走らせる。

 ホロウは未だに合理的な判断だと思っている。

 言った通り、アイリーンは毎回使用する武器を変え、同サイズの拳銃すらもあからさまに見た目が違うほど型を変える。

 それ故に様々な犯行のどれもがアイリーン、同一人物だと判断されづらい要因の一つを担っているのだが、当然今回の任務も今まで使用したことのないシングルライフルで応戦していた。

 それがどうやらかなり古い型だったがために、発砲後の残り香がキツく特殊だったがためにホロウは脱線を選んだと。

 物流は足がつきやすい。

 運転手の問いの通り、珍しい型ならば余計に購入元がアイリーン、あるいは組織であるとバレる確率があがる。

 首謀者はアイリーン。これを隠蔽するためにホロウが独断で起こした大胆な脱線事故がそもそも組織からアイリーンに課せられた任務内容とは完全に離別しており、尚且つ既に警察に正体が割れていたがために意味の無いものだったとなればどうだろう。

 残念ながら被害者の大半は意味ない死を迎えてしまったということになる。まさにアイリーンか、あるいはホロウは無差別大量殺人鬼へと成り上がったということだ。

 

「アイリーーンーーーー」

 

 欧州圏でのアイリーンの活動をサポートする役目を担う運転手はその名を呼んで嘆く。

 今回の件がボスからしばかれるとすればアイリーンか運転手の二択であるが、アイリーンはほとんど本部に戻らずメンバーに会うこともないため、必然的に運転手がその対象となるだろう。

 ちょっと申し訳ない気もするがアイリーンを死守できたことはホロウの功績である。


「そうだよ。ボクは初めて娘に守られたのだよ。よくやった、ホロウ」

「フッ。そういうことだよ運転手」

「くそ親子め」


 そのへんのペットボトルのジュースを口にしながら得意げに煽るホロウを、アイリーンはよしよししてくれる。

 アイリーンはこの半年間の任務ほぼ全てにホロウを同行させ、そのいずれもで傷一つ負わせずによしよしで終えてくれた。

 ぐっと引き寄せ短い髪から耳までを覆ってくれる彼女の左手に毎回惚れたものだ。

 これが母親かと錯覚こそしないものの、確かに実感しているホロウもいた。

 

 しかし、この頃は実に意味もなく生きていた。

 あの日、あの死を目の当たりにしてから、何かが変わった。

 死への感覚の変化でもなく、ただ自分が生きるということへの楽しさ、娯楽への目つきが変わった。

 生きている魂ごと、何代も先のホロウを受け取ったような感覚だった。


 これは、いつかの弟子がこの世から消えた、その後の物語である。

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