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3 多難な高校生活

 僕の通う高校は、家から徒歩で二十分ほどの町のほぼ中央にある。

 徒歩二十分――それこそが僕がこの高校を選んだ唯一最大の理由だった。

 僕の住む町、塚森町は東西に長く、西側は昔ながらの長閑な田園風景が残っているが、僕の家がある東側は隣の納田市のベッドタウン化が年々進んでいた。町が梃入れした宅地開発が功を奏し、住宅が増えて子供の数が増加した結果、僕が中学に入学する年に中学校が新設され、校区の改正が行われた。

 それによって僕は、今まで通りなら歩いて通える中学から、遠い新設中学へ通学しなければならない破目になった。僕の家があと二十メートル西側に建っていたら歩いて十分の中学へ行けたのに、片道三十分以上かかる自転車通学。朝は早く起きなきゃならないし、帰りは遅くなる。雨の日は雨合羽が鬱陶しい。暑い日は暑い。寒い日は寒い。

 三年間自転車通学の苦労を強いられた僕は、高校は歩いて通える学校と決めた。

 それには町でただ一つの、森ノ宮高校しかなかった。

 森ノ宮高校の制服は男子は黒の学生服、女子は紺のブレザーと膝丈の濃緑のチェック柄のプリーツスカートとデザインが古臭いためか、合格率が同じならほとんどの子は納田市にある見栄えの良い制服の高校を選ぶ。でも僕にしてみれば制服の格好良さなんて所詮個人の好みによるものだし、制服の良し悪しのためだけにバスで一時間近くもかけてまで納田市の高校へ通う意義はなかった。それよりは家に近い学校の方が便利でいいと決めた高校だった。

 中学での友達はみんな納田市の高校へ行ってしまったので、僕にはまだ学校に友達と呼べる人間はいない。入学してまだ三日目で、しかもその内一日は死んでいたのだから無理もないとしても、生き返りなんて特殊な経験をした僕に普通の学校生活が待っているかどうか疑問だ。

 高校が近くなるにつれて、制服が目に付くようになった。気のせいか周りから見られているような気がする。変な奴と噂されているのだったら辛い。

 教室に入る時は、途方もなく勇気がいった。昨日葬式だった奴がもう登校してきてドン引きされないだろうかと心配しながら教室に入ると、一斉にクラス内の注目を浴びた。

 僕の机の上には白い花が生けられた花瓶が。


「……これってイジメかな」


 呟いたつもりだったが思わぬ大声になる。

 危ない。呟きでこれなら気を抜くと大変なことになりそうだ。

 大声のせいか、それともいじめのターゲットとして僕を注視しているのか、クラスの視線はまだ僕に集まったままだった。

「あ、いや、何でもないです。独り言です」

 愛想のように笑って慌てて手を振った僕に、

「――違う。違うから。片付け忘れただけだから」

 近くにいた男子生徒の一人が僕以上に慌てて首を振った。

「だってまさか、今日学校に来るとは思わなかったから」

 言い訳して、花瓶を教室の隅へ片付けてくれた。

「もう学校に来て大丈夫なのか?」

 男子生徒の一人が近づいてきたのをきっかけに、教室内にいた他の男子生徒たちも僕の周りに集まってきた。

「だ、大丈夫です。検査してもらったけど、異常なしって言われました」

 固い奴と思われないように、先んじて僕が敬語でしか話せない訳を『臨死体験のストレスによる情緒不安定からくる症状』と説明すると、

「無理しない方がいいぞ」

「具合悪くなったら言えよ」

 みんなして僕を気遣ってくれた。

 入学早々イジメの標的になってしまったかとビビッたが、とんだ早とちりでこのクラスの男子はみんないい人だった。死んで休んでいた日の授業のノートを貸してくれた人もいれば、課題を丸写しさせてくれた人もいる。下校中に急に体調が悪くならないか心配だからと家まで送ってくれる人までいた。

 珍しい体験をした奴として面白がられているのだと思うが、他のクラスの男子たちも友好的に声をかけてくれる。

 家に帰ってからも電話やメールをくれる人もいて、僕はちょっとした人気者の気分だった。

 が、ただ一つ不満がある。全然女の子と話せないことだ。

 僕の周りは常に男友達がいる。その中にいる僕にわざわざ話しかけようなんていう奇特な女の子はいないし、僕も自分から女の子に気軽に話しかけられるような性格じゃない。

 男友達といるのは気楽で楽しいけど、できれば女の子とも話したい。

 家に帰れば母さんと姉ちゃんたちはいるが。

 あれは女じゃない。



 いくらのんきな僕でも、おかしいと感じ始めたのは一週間ほど経ってからだった。

 大した取り得もない僕が、こうまで同性に人気があるのは普通じゃない。それに、男友達の誰もが僕に笑顔で話しかけてくるけど、どこかそわそわした空気が漂っている。

 疑問が解けたのは、入学後初めて体育の実技授業に出た時だった。

 通学し始めても体育だけはしばらく様子を見てからの方がいいという医者のアドバイスでずっと見学だけにしていたが、どうやら大丈夫そうなので実技に参加することにした。

 体育館の更衣室でクラスのみんなに混じって着替えを始めると、途端にうめくような声が上がり、周囲の空気がざわついた。

 何事かと僕が振り返ると、みんな一斉に不自然に目を逸らせた。僕がまた着替えを始めると、不穏な空気と視線が背中に突き刺さる。

「……あの、僕の背中に何かついてますか」

 隣で着替えていた男子に聞くと、

「いや! 何も! 何もついてないよっ!」

 かん高く裏返った声で、叫ぶような返事。

 彼は耳まで真っ赤になり、息も荒く顔を逸らせた。

 何なんだ? これは。

 僕は着替えながらそっと背後を窺った。

 更衣室にいる男子全員が、僕を見ていた。ただ見ているだけじゃない。ある種の欲望にまみれた視線で。

 僕は更衣室にいる男子みんなから欲情されていた。

 ――男があんたを見ればグラマラスな美女を見た時と同じ興奮を

 それまで僕が完全に失念していた、閻魔様のもう一つの罰。

 今の僕は男の中でナイスバディの女の子が生着替えしているに等しいのだ。

 全身に鳥肌が立った。急いで着替えて更衣室を出たが、気持ち悪くて眩暈がした。

 体育の時間中、何かにつけて視線が僕に集まるのを感じた。生徒だけじゃなく、教師までが妙な視線を僕に向ける。体育が終わっての着替えの時など更衣室の中はもんもんとした空気が立ち込めて居たたまれず、シャツも上着もボタンを留めない内に外へ出た。

 僕の受難は始まったばかりだった。



 例えば、月のウサギ。サンタクロース。

 僕に楽しい夢を見させてくれていたからこそ、月の表面の写真を見た時の、親がプレゼントをくれていたと分かった時のショックは相当なものだった。

 真実は常に人を傷つける。知ることはある意味呪いだ。

 アダムとイブが食した知識の実が、二人を幸せにしなかったように、僕もまた自分の置かれた現実に気づいて不幸のどん底にいた。

 同性に性的興奮を与えるという閻魔様の罰のせいで、僕はグラビアアイドル的な人気の中にいる。そそる体のお姉さんを見て男が頭の中で考えるのと同じことを、周りの男友達が僕を見て考えている。僕も男だからリアルに分かるだけに気持ち悪いことこの上ない。

 思い返してみると、休日に遊びに行こうと何人もの友達に誘われていた。自分の家に招待したいという友達もいた。しかし、事故にあった事を心配した親戚が見舞いに来る予定と全てかぶってしまっていたので、親戚がくれる見舞いという名の小遣いに目が眩んだ僕は友達の誘いを全て断ってしまったのだが、今思えばそれが幸いだったかもしれない。

 それに、友達や男性教師に肩や背中を意味もなくよく触られたような気がする。さすがに胸や尻は触られなかったけど、僕が置かれた立場が分かった上で思い出すと鳥肌が立つ。閻魔様の部屋にいた男の人が、言動に気をつけろと言った意味がようやく分かった。

 翌日から僕は、周りをその方面で刺激しないよう気を遣うようになった。

 もう男子更衣室でみんなと一緒に着替えはできないので、体育の授業は全て見学に切り替えた。僕が事故で運び込まれた病院へ行き、体育の授業に出た後体調が悪くなったのでしばらく体育の実技を休みたいと相談すると、あっさり一学期中の体育の実技を控えるよう書いた診断書を出してくれた。

 僕への誤診 (本当はそうではないのだが)が相当尾を引いていて、これ以上の問題が起こらないようよう不安要素を排除したかったのだろう。

 放課後は、一緒に帰ろうと誘ってくる者を振り切るため、病院にカウンセリングに通うため親が迎えに来ると言って走って学校を出る。せっかく歩いて通えて友達と寄り道もできる高校に入ったというのに、まるで無意味だ。

 毎晩のように誰かからかかってくる電話は「電話で話している時間が多すぎて親に怒られ、家に帰ると母親に携帯を取り上げられている」と周囲に告げて夜は電源を切りシャットアウトし、休日の遊びの誘いは医者から保護者が同伴でない休日の外出は当分控えるように言われたと断った。

 自分でも自意識過剰ではないかと思うほど男友達の視線が気になって、日に日に学校へ行くのが嫌になってきていた。

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