フツーのヤキソバ
ヤキソバというのはいいもんだ。
何か食べるが、特に何かという考えがないとき、ヤキソバを選んでおけば、だいたい間違いはない。
餡にどれだけ化学薬品が入っていようと、海鮮とは名ばかりでくるっとねじれたオキアミがひとつ入っているだけであろうと、なんとなく満足できる。
ヤキソバとはいいもんだ——と、三日前まで思っていた。
―――C・飯・T―――
鏡がないから、いまの自分の姿が分からん。
ただ、拾い屋どもはおれを見ると、ビックラこいて、腰を抜かし、ゴミの山を転がるように逃げていった。
これまで分かっていることは
・警戒ドローンに九ミリ・サブマシンガンで撃たれても平気。
・手足の指を動かす感覚で十本の腕と七本の触手を動かせる。
・おれのうち、生体組織での疑似ホルモンが乱高下を繰り返している。
・頭はふたつ生えていない。
人間が人間以外の姿になれるこの現代でも、おれに対する呼称は〈バケモノ〉だ。
機動執行隊や企業傭兵にロケット弾をぶち込まれるのも面白くないので、市内底部にある廃棄場に逃げ込んで、ほとぼりが冷めるまで隠れることにした。
原因は分かってる。あのヤキソバだ。
―――C・飯・T―――
幟には〈フツーのヤキソバ〉と書いてあった。
ヤキソバのフツーってなんだ?
好奇心コマンドが意識スクリーンにバシバシぶち込まれた。
ヤキソバはそれぞれ特徴がある。
ソース・ヤキソバ。塩ヤキソバ。海鮮ヤキソバ。静門風ヤキソバ。肉ヤキソバ。五目ヤキソバ。餡かけヤキソバ。強刺激ヤキソバ。執政官ヤキソバ。串焼きヤキソバ。ファイナル激辛ヤキソバ。ヤキトリ・ヤキソバ。バイオファイバー・ヤキソバ。糖質カット・ヤキソバ。薄味ヤキソバ。具なしヤキソバ。切り刻みヤキソバ。ヤキソバ・ライス。薬膳ヤキソバ。軍用ヤキソバ。トロピカル・ヤキソバ。ヤキソバ・パン。シャリャーピン・ステーキ・ヤキソバ。リサイクル・ヤキソバ。カミナリ・ヤキソバ。天の川ヤキソバ。ミルク・ヤキソバ。カレー・ヤキソバ。ヤキソバ・ストロガノフ。から揚げヤキソバ。ヤキソバ鍋。心肺組成用カプサイシン添加ヤキソバ。にんにく増し増しヤキソバ。
全てのヤキソバに個性がある。
そんなヤキソバのフツーとは何か?
たぶん、塩ヤキソバかソース・ヤキソバだろうなと思いながら、暖簾をくぐった。
モヒカンの女が油をひいた鉄板の上で黄色い麺をかき混ぜている。
食券販売機がなかったので、誰とも隣り合わない席に座った。
メニューがない。
フツーのヤキソバしか出さないわけだ。
言っておくが、具なしヤキソバだって、個性だ。
モヒカン女は、おう、とも、ああ、とも言わず、おれのヤキソバを炒めた。
黄色いままの麺に茶色と赤と緑の細く切られた具材が入っていて、いいにおいをさせている。
確かに際立った個性がない。
具材は若干少なめで、麺は点々と焦げがある。
一切のヤキソバ・バイアスを封印し、赤子のごとき無垢でヤキソバを食べた。
普通だ。
これまでの既存の、どのヤキソバにも含まれない、フツー。
まずくもないが、うまくもない。
また来たいとは思えないが、絶対に来ないとも思わない。
具材は肉と野菜だが、何の肉で何の野菜なのかが分からない。
麺はおこげがちょっとうまい。
総合的な評価は、ヤキソバが食べたいと思ったときに、これがあれば、ヤキソバ欲は満たされる。
計測機器ではじき出したようなヤキソバ。
こんなヤキソバもあるんだなと感心しながら、店を出て、最初の散歩で体の半分が変質し、二十歩歩くまでで完全にバケモノになっていた。
―――C・飯・T―――
悔しいのはバケモノにされたことではなく、あれがフツーのヤキソバではなかったことだ。
食った客をバケモノに変えるなら、メタモルフォーゼ・ヤキソバじゃねえか。
だまされた!
さて、バケモノにされ、おれはとりあえず、ヤキソバの効果が切れるまで廃棄場に隠れている。
ゴミの沃野には五百個くらい拾えば、三十クレジットくらいになる素材が転がっている。
拾い屋は壊れた家電を針金でよみがえらせ、ホルモン素材を煮詰め、ヒューマノイドからパーツ取りをしている。
連中はトンネルや壊れた自動車にトタンのドアをつけて、家と称している。
そして、そんなゴミ小屋を三十余り集めて、村と称していた。
村の真ん中には四方向を向いた旧型のスクリーン・タワーがあって、気をゆるすとすぐ燃え出すバッテリーにつながっていて、ニュースとスポーツと映画とクイズ番組を放映していた。
村の祈祷師兼村長が市内バスの廃車に住んでいて、村民たちが何かあるたびに集まって、神に対し、ギャアギャア叫び声をあげる。
拾い屋にとって神とはゴミを捨ててくれる全ての存在だ。
産廃業者が捨てていくゴミで命をつないでいると宗教が終末論的なものになっていくらしく、バケモノなおれはその終末の前座にされていた。
次は隕石でも落ちるかして、文明が滅亡するんだろう。
拾い屋とトラブルつもりはないから、おれは十本か十三本だかの腕で塹壕を掘り、そこに潜んで、ヤキソバの効果が切れるのを待つことにした。
ところで、ゴミ捨て場で暮らして分かったことは、この巨大都市は思ったほどゴミを出さないことだ。
残飯フライにして食って暮らす人間は大勢いるし、家電製品だって、スラムにはそれをいい加減に直して売る人間が大勢いる。
化学薬品や遺伝子素材はおれみたいな〈素材屋〉がカネにするわけだし、このいかれた金欠世界には無駄に捨てられるもんは存在しないのだ。
おれが穴のなかで文明生活への帰還を願っていると、小さなガキんちょがやってきた。
段ボールでできた服を着て、切ったタイヤに工業繊維を結びつけたサンダルを履いて、ガキはとことこ歩いてくる。
垢と煤で汚れた顔に大きな目をぎょろぎょろさせたガキの話では、こいつはおれへの生贄だそうだ。
「なんで、生贄なんかよこすんだよ?」
「世界を滅ぼさないためだってさ」
「おれが世界を滅ぼすように見えるか」
「オトナどもの考えることは分かんないね」
「おれはホントはPSーInbだ」
「古いヒューマノイドだ」
「うるせえな。おれがこんなになったのはフツーのヤキソバを食ったからだ」
「遺伝子書き換えられたのけ?」
「ヒューマノイドに遺伝子なんてない」
「それもそうだ」
「お前、名前はなんていうんだ?」
「オモだよ」
「じゃあ、オモ。村に帰って、おれには構わないでくれって言っとけ。お互い不干渉条約を結ぶんだ」
「議会がないよ」
「なに?」
「条約を批准するには議会がないと」
「知るか、そんなもの。こいつは男と男の約束みたいなもんだ」
「自分たちが助かるために真っ先に子どもをイケニエにするようなオトナのなかに男と男の約束を結べるようなやつがいるかい?」
「いねえだろうな。とにかくだ。おれはここで元に戻るまで、じっとしていたい。お前らはおれにとって食われたくない。つまり、利害は一致してる」
「してるね」
「じゃあ、帰りな。オトナどもによろしくな」
次の日、ガキがひとり増えて、戻ってきた。
「オトナたちはイケニエが足りなくて怒ったと思ってる」
ふたり目のガキはメスガキで、青いビニールシートでつくったワンピースみたいなものに綿がこぼれたジャンパーを着ていた。
顔はガキ一号のオモによく似ていた。
「おれとオマは一卵性双生児なんだよ」
「おれには六百万体の兄弟がいるよ。大人どもは何考えてんだ?」
「オトナたちは欲深なんだ。自分たちが欲深だから、相手も同じように欲深だって短絡的に考えるんだ。まったく違った考え方をしているかもしれない可能性を除去するんだ」
「おれが直接言ったほうがいいか?」
「やめたほうがいいよ。オトナたちは一度だけ使える傭兵ブザーを持ってる。捨てられたのを直したんだ。これを鳴らせば、企業傭兵が呼び出せる」
「じゃあ、ふたりで帰りな。そして、二度と生贄なんて二度と派遣するなと言っておけ」
「無理だよ。オトナたちはおれとオマに二度と帰ってくるなって言った」
「親は何してるんだよ?」
「親がそう言ったんだ」
結局、おれのそばで暮らすことになった。
メシは自分たちで用意すると言っただけのことがあって、トタン板二枚で小屋をつくり、カバンに入れていた空き缶で粉末スープを煮ながら、卵クラッカーをかじり、夜になると兄妹で身を寄せ合って寝た。
こいつらは人生に対して求めるものが少ないので、最低限の生活で満足できる。
これは人生の裏技だ。
たいていの人間やボットは得られるものと欲しいもののあいだで帳尻を合わせられず、欲求不満をため込むか、取り返しがつかないほど卑屈になっていく。
「セトさんもスープほしいけ?」
「バケモノになってから、空腹コードがシャットアウトされてる。それにバケモノ状態が終わったら、まずヤキソバを食うって決めてるんだ」
「ヤキソバのせいでこなんことになってるのに?」
「ヤキソバの貸しはヤキソバで返させる」
「旧式ヒューマノイドのいうことは分かんね」
「旧式っていうな。二世代前なだけだ」
―――C・飯・T―――
「釣りに行かないけ?」
オモが言うには、この廃棄場には雨水でできた池があり、相当の栄養が廃棄物由来で染み込んでいるらしい。
ヤキソバの効果切れを待つのもヒマだったから、ついていくことにした。
釣り竿と疑似餌を持ったオモ、オモそっくりで一度もしゃべっているのをきいたことがないオマ、そして、まだPSーInbなはずのおれの順でゴミ山の尾根の道をとっていく。
おれたちの上では大工場と中小企業、空飛ぶオフィスのごたまぜが地平線まで続いていた。
日光はみんなそいつらのプリティな観葉植物に吸い取られて、廃棄場はプリティに暗い。
触手と指が分かれていない足をもぞもぞさせながらついていくのだが、歩く速度が一定にならない。
おれの複数本の足はキャタピラみたいに回転して推進力を得ている。
ただ、そのとき、最前列にいるのが触手なのか足なのか、そのどちらでもない形容しがたいぶよぶよなのかで、速度が段違いになるのだ。
速度を一定にする進み方はあるのだが、それを意識してやると、今度はまっすぐ進めなくなる。
現在のおれは間違いなく進化の失敗作であり、別に隕石が当たらずとも、エサ取りでライバルたちに出し抜かれ、数千年がかりでひっそりと絶滅していくだろう。
これで口から炎が吐ければ、まだチャンスはあるんだがな……。
カビまみれの道や亜鉛合金の墓場、捨てられて半壊した村を横目にずんずん歩くと、鉄骨の入ったビルをそのまま落としてできたらしいグシャグシャの丘があり、その丘をまわったところに池があった。
それは土手に囲まれたクレーター池だった。
廃棄物のなかにヤバイ爆発物があったのだろう。
ダージリン色の錆が浮いた水はピクリとも動かない。
岸からかなり離れた沖には、死体がひとつ浮いていた。
死体は錆にはめ込まれていて、首には取っ手をつけた絞殺用のワイヤーが深く食い込んだままからまっていた。
相当なデブだったのだろう、腹がポッコリした島に見えた。
「あの腹のなかはたぶんむさぼりドジョウでいっぱいだね」
オモが言った。
むさぼりドジョウというのは、その名の通り、皮を破って、死体のなかに入り込んで(生きたやつにも入り込むことがあるらしい)、肉と内臓をむさぼり食う、『こんな死に方したくないランキング七位』の魚だ。
「あれがもっと近いところにあれば、むさぼりドジョウをつかまえて、生餌にできるんだけど」
「なあ、お前、この池には廃棄物から栄養が染み込んでるって言ってたよな」
「言ったさね」
「ひょっとして栄養を沁み込ませる廃棄物って、死体のことか?」
「その通りだよ。死体はむさぼりドジョウに食われて、むさぼりドジョウはギンザメに食われる。食物連鎖さね。栄養が切れる心配は全然なぁよ。あの池にはマフィアか、マフィアから委託された闇業者がしょっちゅう死体を捨てていくんだね。警察はこんなところまで死体探しに来ないし、死体だって捨てればすぐに錆に覆われて、むさぼりドジョウに食われちまあ。業者はむさぼりドジョウが大好きなにおいのエキスを持っていて、それを死体の顔と指とIDチップの埋め込み部分に念入りに塗るんだ。だから、あのデブっちょがマフィアたちを悩ますことはないわけ」
オモはゴミのなかから見つけたカーボンロッドに純正品の釣り糸をつけ、自作した釣り針に餌をつけた。
餌は紫色の液体が詰まった小瓶から引っぱり出した、紫色の皮で、たぶんここに捨てられた人間の皮膚なんだろう。
亜鉛の板オモリと発泡スチロール製の浮きをつけて、岸辺の深みに放った。
待ってるあいだ、退屈だったから、おれはもう何本生えているか分からない手で石や金属片を拾い、池に浮かぶデブを狙って投げた。
投げ方には振りかぶって投げるストレートと下から放り投げるアンダースローがある。
まるで、おれは宇宙艦隊の提督みたいに情け容赦なく砲弾を浴びせた。
石が死体にぶつかると、皮が裂け、腐敗ガスが抜けた。
手ごたえあり。
さらなる砲撃。
ボン!
腹がはじけて、ゆっくり沈んでいき、錆に閉じられた水面だけが残った。
おれが海軍ゲームをしているあいだ、オモはギンザメを釣り上げた。
それはこの廃棄場で最も輝いた生き物だった。
大きな口に噛まれたら損害賠償ものの鋭い歯を並べた不細工なツラの、尾びれが尖った、分厚いひれをした生き物だが、体が唾で磨いたシルバーバックルみたいにギラギラ輝いていた。
オマがそばにあったコンクリートブロックでギンザメの頭をたたき割ると、オモがポケットサイズのレーザー装置で火を起こし始めた。
頭とひれを叩き切られ、内臓とえらを抜かれたギンザメは不気味さがなくなって、アッパーミドルクラスの食材に見えた。
それをキューブサイズの化学調味料と一緒にアルミ箔でくるんで、焚火に放り込み、高度五十メートルの位置で飛び交う書類配達ボットたちの社畜暮らしを眺めた。
ヒューマン=ボット憲章の支持者たちはおれみたいな危ない稼ぎ方をしているボットに、カタギのボットになれというが、そのカタギの暮らしがあれだ。
メールで済ませられそうな仕事をわざわざさせられる、いつお払い箱になるのか分からなくて、住宅ローンも組めやしない。
人間にしろ、ボットにしろ、カタギたちは自分たちが没個性のフツーな存在というが、とんでもない嘘だ。
あいつらはフツーじゃない。無事、発狂済みだ。
でなけりゃ、あんな往復運動に我が身を投じられるはずがない。
おれなど書類を持って飛ぶボットが同じルートを十往復するのを見ていたら、気持ち悪くなってきた。
一日じゅうなんて、無理で、ある意味尊敬に値する。
そのあいだにギンザメのアルミホイル焼きが出来上がった。
アル中の肝臓みたいに黄色くなった湯気があがる。
アルミホイルに皮がくっついたので、アルミを剥がすと皮も剥がれて、ほくほくした白身が出てきた。
それをオモとオマはうまそうに食っている。
おれもこんなじゃなけりゃ、ご相伴に与ったんだが。
「そんなこと言わず、一切れ食ってみ?」
食ってみたが、うまい。
水産会社で口伝で語り継がれる極意『ブスな魚ほどうまい』をまさに体現している(確かにあの銀色はきれいだったが、形はひどく不細工)。
腹がくちくなると、オモとオマは古いマットレスを見つけて、そこに転がって寝た。
たった数秒で熟睡状態に陥るところなど見ると、居住地を追い出された割に深刻さを感じさせない。
おれみたいな自営業は他人がさぼっているのを見たら、倍働かないといけないのだが、あいにくおれはカタギじゃないし、現在、社会の構成員にカウントされてすらいない。
つまり、おれも昼寝をするということだ。
おやすみなさーい。
楽しいお昼寝はどこかのクソがやらかしたホバリングで起こされた。
マフィアが死体を捨てに来たのかと思ったら、おれたちの頭上三十メートルに武装エア・シップが飛んでいる。
拾い屋に人権はないから人間狩りをしてもいいと思っている金持ちかもしれない。
だが、よく見ると、ブラック・ガーディアン社の、城なのか兵隊なのか分からないブラックなデザインのマークが見えた。
企業傭兵が何の用だ?
まさか、ギンザメが食いたくなったわけでもあるまい。
オモとオマは我関せずでぐうぐう寝ている。
昇降口が開いて、反重力ライトがカイシャイン一名と武装傭兵二名を廃棄場に降ろしてきた。
「PSーInb52型。通称、セトさんですね?」
カイシャインはスプレーで固めた不自然極まりない、おれがサツなら職務質問の嫌がらせをしたであろうオールバックのオツムを持っていて、左右にパワードスーツを着た番犬に守らせていた。
「セトはおれだな」
「この女性がつくったヤキソバを食べましたか?」
カイシャインの端末からフツーのヤキソバをおれに売ったモヒカン女の映像が出てきたが、それが警察で撮る逮捕時のものだった。
「彼女はメシ・テロリストです。あなたがこのような変貌を遂げたのは彼女のせいなのです」
「まるで自分の会社には一切責任がないって言ってるみたいだな。まだ、どんな会社か知らんけど」
カイシャインはお辞儀した。
「そうであれば、話は早い。もし、あなたがソロモン・アンド・ロイスドリアン社を訴えないと約束してくだされば、あなたを元のPSーInb52型に回復するために最善の措置を取ることをお約束します」
そう言いながら、カイシャインは胸ポケットから万年筆を取り出した。
電子署名もまた電子マネーと同じ時期に信用を失ったもののひとつだ。
問題はおれの手の指がタコの手みたいになっていることだった。
絶え間ない努力と挑戦、そして小粋な知恵を使って、万年筆を握り、〈PSーInb52型 セト〉と署名したかったが、署名欄にあるのは見ていると不吉な気持ちになる黒ミミズだった。
結局、ソロモン・アンド・ロイスドリアン社が未開のジャングルの部族から土地をだまし取るときに使うやり方――ただの×を書くだけで勘弁してもらった。
あとで知り合いのパラリーガルからきいた話では二本の腕の他に触手が十本以上伸びている生体パーツ使用ヒューマノイドはどんな書類にサインをしても、精神異常を理由に無効化できるらしい。
オモとオマがようやく起きてきた。
「よお、起きたか。突然、何だが、おれは帰るぜ」
「そりゃあ、よかった」
「お前らはどうする? 一緒に来るなら、まとめてどこかの孤児院に放り込んでやるよ」
「いや、おれたちは大丈夫だよ。あんたさんのおかげでね」
「なんで?」
「おれたちふたりはイケニエになっても食われなかった。それどころか、あんたさんはおれたちについていって湖まで行った。つまり、おれたちはあんたを操縦できるみたいにオトナたちに見えたはずさね。となれば、おれたちは一転、あんたさんを鎮めた英雄ってわけだ。あの村の司教になること間違いなし。ここじゃあ、司祭は神さまみたいなもんさ。おれたちはおれとオマをイケニエにした父ちゃんと母ちゃんに三べんまわってワン!ってさせることもできるわけ」
「ワン!」
オマが鳴いた。
これがおれがきいた最初で最後のオマの発言だった。
―――C・飯・T―――
元のヒト型に戻ると、なんだか失った手足や触手が惜しい気がしてくる。
ガラスビルの巨大スクリーンは例のモヒカン女を追って、警察が給料分の仕事をしていると視聴者を納得させようとしていて、おれはというと、宙に浮かんだ遊歩道でクライアントと大喧嘩をした。
おれは〈素材屋〉であって、ドラッグディーラーじゃない。
ヤクを運ばせたいなら、別をあたれってんだ。
……まあ、素材のなかにはヘロインなんかよりも質の悪いものがあるのだが。
ともあれ、入る予定のカネが入らなくなった。
より一層の資金倹約が要求される状況だ。
そして、そんなとき、頼りになるのが、ヤキソバだ。
安い、速い、そこそこうまい。
新メニューはないかなとうろついていると、〈産地直送〉の旗が立った屋台を見つけた。
ギンザメ・ヤキソバ。
……司祭ってのは廃棄場からスラムに上がるくらいのカネは稼げるらしい。
「おう、オヤジ」と、オヤジではないと知っている店主に、できるだけ横柄にきこえるよう注文した。「ギンザメ・ヤキソバ一丁」
ワン!と少女が鳴いた。