フライド・グリーン・バナナ
レオが死んだ。場所は南大陸のどこか。
軍政局が戦死時の具体的な状況は機密なので教えられないとほざいた。
おれとカロが引き取ったレオは体の左半分がなかった。
「わっかんねえなあ」
おれはフォークの先に突き刺した不稔性バナナをじろじろ見た。
まだ、青々としていて、まるできゅうりだ。
「なんで、レオのやつ、こんなもんが好きだったんだろ?」
カロが首をふった。
「僕にも分からないよ」
―――C・飯・T―――
「だまされたと思って食ってみろ」
「だまされたくねえから食わねえよ」
「カロ、お前は食うよな?」
「僕も遠慮するよ」
「お前らなあ、バナナは黄色いときしか食えないなんて思い込み、さっさと捨てねえと人生損するだけだぞ」
美少女アニメのプリントがされたエプロンをつけたレオがマッチをすった。コンロに火がぐるりとまわった。
「こんなシャクシャクしたバナナの何がうまいんだよ」
「塩、ちゃんとふったか?」
「ふったし、チリソースもかけたが、ちっともうまいとは思えねえ。タコを揚げろよ、タコを」
カロはレオの命より大切な美少女フィギュアのコレクションを興味深そうに眺めていた。
棚にはセンサーがついていて、誰かがフィギュアを盗もうとしたら、天井についている円形弾倉付きのショットガンの全弾発射がコソ泥を細切れにする。
「盗みに来た人はいるのかい?」
「おれがパブロフ戦線に行ってるときに盗もうとしたクソがいた。帰ってきたときは首だけになって転がってたが、まだ生きてたもんで、ジャングルブーツでキックオフしてやった」
おれはマグナム型リモコンを拾い、壁に貼られた極薄テレビシートを狙って、チャンネルを次々と変える。
「アニメチャンネルしかないぞ」
「驚かないよ」
見たら、スカートの短さが陰売並みの美少女キャラが不細工なブタ怪人にかかと落としをお見舞いしているところだった。
映像倫理委員会という検閲ファシストをかわすため、パンツは見えないよう、うまく描いていた。
「性欲を手っ取り早く処理するってんならポルノ映画のほうがいい気がするな」
「水族館は?」
「なあ、カロ。お前は背が高くて、ハンサムだ。腰まで伸ばした髪を後ろでくくるのが何の嫌味もなく映える。性格もイケメンだ。だから、おれの忠告をきいとけ。水族館はやめとけ。動物園もだめだ」
台所からはまな板の上の不稔性バナナを煮え立つ油のなかに根こそぎ落とした音がする。
「緑のトマトを揚げたのを食ったことがある」
「それで?」
「うまかった」
「どうしてバナナではうまくいかないんだろう」
レオが声をあげた。
「うまいんだって!」
おれは窓を開けた。
ごわん、ごわん、ごわん。
この団地はすり鉢みたいな形になっている。
四方から迷い込んだ騒音がルーレットみたいにぐるぐるまわって、どん底にたまり込むのがきこえた。
ドリルの鋳型みたいなこの公営団地は緩やかな坂になっている通路とそこに並ぶ小さな部屋で構成されている。
通路を下り続ければ、どん底にいつかたどり着く。
「どん底には何があるんだ?」
「知らねえよ」
「行ったことねえのか?」
「なんで行かないといけないんだよ」
「好奇心」
「カロ、いいこと教えてやる。戦場じゃな、好奇心のあるやつから死ぬんだ。『痛覚コード塞いでるけど、これって本当に効いてるかな? 撃たれても痛くないのかな?』って試して自分の腕を撃って、本当に痛くないって感動して、ケツだの腹だのを撃ちまくって、自分を蜂の巣にして死んだやつを知ってる」
「愉快な話じゃねえか。寡兵所にそのエピソードをミニドラマにして流したら、志願兵が増えるぜ」
「大佐からギガノトサウルスになったら、手当をつけるって言われてんだけどよ、恐竜になっても、バナナってうまいかな?」
「知らねえよ」
「肉食恐竜だから肉しか食べられなくなるんじゃないかな」
「あのクソ職業軍人。危うくバナナの楽しみを没収されるところだったぜ。あの野郎、前線に来たら、せいぜい背中に注意するんだな」
「バナナのフライはそこまでする価値があるか?」
「あるね。最高じゃんか」
「じゃあ、そこの美少女フィ——」
「フィギュア」
「あ、そこは譲らないんだ」
「おれのかわいい娘たちにはバナナを超える価値があるんだ」
「価値っていうと、プレミアがついたやつがあるのか?」
「もちろんだ。いまじゃ一体二十万クレジットになった娘もいるんだぜ。――おい、セト。おれの娘たちをそんな目で見るな。換金できるブツを見る目を向けるな」
「ちょっとネットにつなげて、見積もりしてるだけだ……おお、すげえな。そこのガキんちょ、八十万もする」
「ほんとに?」
「URL送るから見てみろよ」
「どれ……うわ、本当だ。泥棒が狙うわけだね。僕には分からないな。フィギュアと違って、魚は食べることができる。僕にはそれがカニバリズムめいた快感をくれるんだ」
「食おうと思えば、フィギュアも食えるかもしれん」
「おい! おれの娘たちをそんな目で見るんじゃねえ! ほら、バナナが揚がったぞ! これ食ったら、とっとと帰れ!」
―――C・飯・T―――
真っ暗などん底には神社があった。
何もない空っぽの神社は人が街を空に飛ばす前から略奪を食らったらしい、金欠の気配を漂わせていた。
すぐ横の柿の木が神社を斜めに傾けて、枝と根で押しつぶしそうとしていた。
ぐおん、ぐおん、ぐおん。
都市の騒音が空気の歪みで螺旋を描きながら響いてきて、神社の空っぽに呑み込まれた。
歪みではものの見方が斜めにかしいでいて、試しに木切れをその歪みにあててみたら、木片がはじけ飛んだ。
カロが古く白々とした石に刻み込まれた文字を呼んだ。
「八幡……軍神を祀っていたみたいだ」
「レオには何の役にも立たなかったな」
「そもそも、ここに祈りに来たことはあったのかな」
「そんな時間があれば、アニメ見てたんじゃないか?」
レオは自分が死んだときのことをおれとカロ宛に頼んでいて、やつのコレクションは美少女アニメの博物館に寄贈された。
「ほら、バナナが揚がった」
カセットコンロの鍋をおろして、さえ箸で揚げたバナナをひとつずつ、〈ヒカリ新聞〉の上に並べた(ここまで降りる途中、こいつが二週間分散らばったドアがあり、たぶん孤独死してんだろうなと思って、郵便受けに突っ込まれていたのを一部取った)。
教祖さまをペドフィリア扱いした知識人たちへの呪詛がびっしり印刷された第一面の上に揚げたてバナナを置いていくと、教祖さまは呪い返しでも食らったみたいにまがまがしく黒ずんでいった。
カロが三つのグラスにテキーラを注ぐ。
「レオに」
「レオに」
青臭いテキーラをひと息で飲み干し、熱いバナナをかじる。
油と熱と未成熟でバナナがわけの分からないことになっていた。
寒々とした風がめぐった。
酸性雨で痛めつけられた土から粉が舞い上がり、おれたちはバナナが汚れないように高く持ち上げた。
「もうちょっと薄く切れば、ポテトチップスになれたかな?」
「まずいな。テキーラのつまみにいいかもしれないと思い始めたおれがいる」
土が落ち着くと、おれたちは腰を下ろし、テキーラを注いだ。
「レオに」
「レオに。バナナがペニスの隠語であることをたぶん知らないまま死んだ童貞のために」