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薄めて虹色に着色したケミカル糖液

 仕事日照りでカネがなくなった。

 大家には三か月分先払いしているから、住む場所には問題はないが、ゼニがないから一か月分だけ返してくれと言ったら、鼻で笑われた。


 非殺傷エネルギー銃でケツの毛に火をつけてやりたかったが、やつの従兄弟は地区のコミッショナーをしている。

 つまり、強いコネを持つ親戚がいるということだ。くそったれめ。


 別に食わずとも生きていけるが、創造主は感情と一緒に空腹感までよこしてきたから、食わないでいると、なんだか無気力になるし、空腹コードの赤い警告がスクリーンをいっぱいにして、うざったいことこの上ない。


 空腹コードにいじめられながら歩いていると分かるが、この世界には焼いたり揚げたり炒めたり煮込んだり隠し味をつけたりしたものが多すぎる。


「よう、セトじゃねえか!」


 見ると、ヌスがいる。モッズスーツを着こなした、クールでスリムな猫型ヒューマノイドで殺し屋だ。


「なんだよ、ヌス。いま、腹減ってんだ」

「おれも腹減ってる」

「お前も仕事日照りか?」

「そーなんだよ。つい、このあいだまではなんでもするから女房殺してくれってやつ見つけるのに苦労したことなんてなかったのによ、いまじゃ、みんなみんなマイ・ダーリン、マイ・ハニーでやがんの。人類愛バンザイ現象ってやつ? マジで廃業考えてるんよ」

「殺し屋やめるのは勝手だが、〈素材屋マテリアロ〉だけにはなるなよ。ぜってー後悔するから」

「そーだよなあ。なんだかんだで、ほら、殺しってさ、命取るわけじゃん。こいつはサンマの塩焼き前にして、いただきますって言うのと同じだろ? サンマさん、お命いただきますってわけ。相互の尊敬があるわけよ」

「おい、ちょっと待て。お前の言う通りなら、殺されるほうは殺すほうを尊敬しなきゃいけないのかよ?」

「ま、強制はしないけどさ。でも、そうやってお互いを尊敬して思いやってるから、社会ってもんが成立してるわけじゃん? あ、でも、おまわりは別。あいつら、きたねえよ。ワイロとか言って、おれの稼ぎの半分持ってっちゃううんだぜ。半分だよ、半分」

「それよりメシだ。さっきから空腹コードがうるさいんだよ」

「おれの空腹コードは猫缶型なんだぜ」

「どーでもいいわ」

「じゃあよ、一緒に歩こうぜ。うまくいけば、おれたちの頭のずっと上でどこかの水産会社のトラックが事故って、空から魚の雨が降ってくるかもしれねえじゃん?」


 ヌスと歩いていると、オネーチャンのアプローチをよく受ける。

 ヌスはモテるのだ。

 ただ、こいつの話す内容をきくとオネーチャンたちは離れていく。


「テレビのコメンテーターってすげーよなあ」

「なんで?」

「だってさ、どんなにくっだらねえ話ふられてもさ、『それって素晴らしいですよね』とか『今度うちでも使ってみます』とか言ってさ、なんかしらこたえないといけないんだぜ? 『知るか、カス!』ってこたえちゃいけないんだぜ?」

「あいつら、それでおまんま食ってるんだ。そのくらい当然だろ」

「でもさ、でもさ。職業選択の自由ってもんがあんじゃん。それでコメンテーターを選んじゃうんだぜ? どんなこときかれても笑ってへいこらしなきゃいけないんだぜ? おれなら、もうそいつロハでっ殺しちゃうよ」

「まあ、お前の言いたいことは分かる。テレビにはくだらない嘘つきが多すぎる。そんなもん見るくらいなら再放送のギャング映画見てるほうがいい」

「あんなんウソだよ。もし、ギャングどもがあんなに払いがよかったらさ、おれなんて今頃、本物のヴィクトローラの蓄音機で博物館もののレコードかけながら、最高に生かしたメス猫のおっぱいに挟まれて、ジャグジーなんて入りながら、ピザ食ってるよ」

「おい、ピザとか言うな。食いたくなっちゃうだろ」

「セト、ツケのきく店知らない?」

「おれに信用協定クレジット許す店があると思うか?」

「そりゃないよねえ」

「お前はどうなんだよ? 大物ギャングたちはみんな三ツ星レストランを経営していて、ついでにそいつでマネーロンダリングしてる。裏口に行けば、最高級残飯くらいくれるだろ?」

「それ、ヤバいかも。おれ、このあいだ、ペレイラ・ファミリーのNO.2(アンダーボス)殺しちゃってさ。睨まれてるんだよねえ。でも、おれ、スナイパーライフル使ったんだぜ。すっげえ遠くから撃ったんだぜ。なんで、おれだってバレたんだろ」


 直射日光の当たらない、青空を上に下にと配置した透明なブリッジを歩く。

 幅八十メートルの街区間連結街には栄養で頬がふっくらしてつやつやした連中が大勢いて、午後の仕事を頑張ろうとさわやかに決意している。


 まわりを見渡すが、一番マシなメシ屋でもガッデム軒のごった煮(チャプスイ)

 野菜はスーパーマーケットの廃棄直前のクズを底値で買っていて、とろっとした餡のなかには化学調味料が産業災害レベルで混ぜ込まれているが、空腹でいるよりはずっと健康的だ。


 次はジェネラル・タケダの海鮮スープカレー。

 ジェネラル・タケダが誰なのかは誰も知らない。

 ジェネラル・タケダが海鮮スープカレーにどんなかかわりがあるのかも知らない。

 ただ、このスープカレーに入っているシーフードを見れば、蟹にハサミが三つあったり、ウナギの尻尾のかわりにもうひとつ頭がついていることに気づける。

 このカレーとインポテンツのあいだには何らかの関係性があって、保健局が注意をうながしているが、いまどきクリニックに行けば、いくらでも新しいキンタマをつけてもらえる。


 あとはカスだ。

 こんなもん作って売っていることを恥じるべきだが、いまのおれたちはそんなカスすら買えない。


 つまり、カスよりも価値がないってことだ。


 おれにはメシ屋を選ぶときのルールがある。

 おれが素材マテリアルを売りつけた店では絶対に食べない。


 そして、このブリッジにはそんな店が十三軒もある。


「セト、お前、どんなもん運んでんだよ」

「顧客の秘密だから教えられない。でも、あそこのチゲ屋とハンバーガー、大根鍋は食べるな。頭がもうひとつ股から生えてくるからな」

「おれ、尻尾もう一本増やしたいんだけど、どこでメシ食ったら生える?」

「クリニック行けよ」

「注射怖い」

「人にブッチャーナイフ刺すのはできるのに?」

「人を刺していいのは刺される覚悟があるやつだけだとかいうやついるけど、そいつ死んだぜ」

「覚悟のないやつに刺されて?」

「覚悟のないやつに刺されて」


 ―――C・飯・T―――


 まさか炊き出しの世話になるとは思わなかった。


「あそこならタダで食べ物がもらえるぜ」

「教会の炊き出しだぞ? もらったら、教会で説教きかないといけない」

「そんなことないって。ほとんどのやつは無視して帰ってる」

「あいつらがもらってるの。なんだ? 濡れたボール紙か?」


 透明なガラスでできた蒸気機関教会のなかには巨大な蒸気オルガンがあり、特別な排気口で熱い湯気を外に吐き散らかしている。


 壁もガラスでできているから聖歌隊のガキどもが煙草を吸ってるのもバレバレだし、手癖の悪そうな浮浪者が聖具室の儀式用十字架を盗み出そうとしているのもバレバレだ。


 ここに素材を持ち込んだことがあるかどうかを考えながら、ヌスに引っぱられて列に並んだ。


 スニーカーの先から凝固した垢がついた指を見せた男が前にいて、発狂してエネルギー銃を乱射しないために嗅覚をシャットダウンしないといけなかった。


 ボロボロの上着にツバのくたびれた帽子をかぶった浮浪者たちは、なんとかして、もらった食事を酒に変えられないか必死になって知恵を絞っているもんだから、こめかみに青筋が浮かんでいた。


 だんだん列が進んでいくにつれ、いろいろ分かってきた。


 炊き出しのメニューはベーコンのスープとケミカル糖液なのだが、ベーコンのスープにおいて、ベーコンは形而上学的要素――つまり実在していなかった。

 そのかわりに豆が入っていた。安いのをいいことにぐちゃぐちゃになるまで豆を入れ、スープは流動性を失って、ボール紙食って吐いたゲロみたいなもんになっていた。


 で、問題はだ、ゲロを配膳してくれるのがキレ―で若いオネエサンで、ケミカル糖液を配っているのがガマガエルみたいなババアだってことだ。


「元気出してくださいね」と、オネーサンはきったねえ浮浪者の手を握って励ましてくれる。

 ババアは愛想がない。


 正直、薄めたケミカル糖液がほしいが、オネーサンに手を握ってもらいたい。

 オネーサンがケミカル糖液を配ってくれればいいのに。


 でも、それをやったら、スープがさばけない。

 だから、ババアがケミカル糖液を配っている。


 この采配の影に智将の存在を感じた。


 結局、喉を通りそうにないので、ババアの列に並んだ。


 ちょっと小金を貯めれば、クリニックでそれなりの美容改造が買えるのに、ガマガエルで居続けるというのは何かの信条だろうか。


「ふごっ、ふごっ」


 ばばあはこっちをにらみながら。鼻を鳴らした。

 そして、プラスチックの透明カップに薄めて虹色に染めたケミカル糖液を入れて、殴るみたいに突き出した。


 薄い。ほろ甘い感じだ。

 たぶん、おれの製造者の趣味だろうが、これを飲むと懐かしい感じがする。


 神輿みたいな、お囃子みたいな。


 リンゴ飴や射的の屋台、バナナチョコの前に神社でお参り。

 あなたのシマではっちゃけますって。


 浴衣姿でヒーローもののお面を斜めにかぶって。


 おれは中学生で、おれはクラスで一番美人のクラスメートと手をつないでてさ。


 ふたりで花火を見るわけよ。


 クラスメートがそっとおれと手をつないでくれる。


 おれはドキッとする。


 肩にそっと頭を寄せてくれる。


「あ、あの、〇〇さん……」


 おれはドキドキしながら、彼女のほうに頭を寄せる。

 ど、どんな顔して、寄り添ってくれてんだろうかと気になって、ちらっとクラスメートを見る。


 そこにはキス待ちしているガマガエルババアの顔があった。


 ―――C・飯・T―――


「うぎゃあああ!」


 くそったれめ。ケミカルでラリッてたみたいだ。


「おいおい、どうした、セト?」

「バッドトリップした。そっちは——クソまずそうだな」


 ヌスは再利用樹脂スプーンでボール紙をすくって食ってる。


「まずいけど、美人のよそってくれたボール紙だ。それだけでも価値がある。そっちは?」

「ケミカルで認識モジュールをやられて、ババアが肩によっかかってきやがった」

「空腹コードはとれたんだろ?」

「とれたけど、虹色に光るババアがこっちに口をちゅーしてくる動画が意識スクリーンに侵入してくる」

「ファックだな、そりゃ」

「ファックだよ、ちくしょう」


 ―――C・飯・T―――


 ちなみにババアは低所得ボット向け診療所インファーマリーでなおしてもらうまで、一か月もスクリーンに残りやがった。くそったれめ。

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