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バカルディ・ホワイトの冷茶割り

 市は毎年、大枚をはたいて、ヴール・ロドフ緑化を叫んでいるが、実際は天下り先の確保のために、環境コングロマリットに公共事業を投げているだけだ。


 ところが、何事にもあまのじゃくの反逆根性に恵まれた区画がある。


 フランシスコ・デ・ケヴェード区がそれだ。


 と、言っても、そこで生えているのは大量のヤツデで、園芸愛好家発狂物の無秩序が建物と街路と複雑な利権が絡む自動販売機リース会社を飲み込んでいた。


 緑化事業の担い手たる偽善者たちの考える緑化は花にあふれるイングリッシュガーデンなのだが、フランシスコ・デ・ケヴェード区は葉緑素さえあれば文句はないだろ?というヤツデたちの挑戦状になっていた。


 市の緑化官僚たちは景観がよろしくないといい、ジャカルタ条約をぶっちぎりで破った化学攻撃を何度か仕掛けたが、まわりの街区の地価が暴落しただけで、フランシスコ・デ・ケヴェード区はピンピンしていた。


 フランシスコ・デ・ケヴェード区に行くにはふたつ。

 行先を告げずにエア・タクシーを捕まえて、乗り込んでから、フランシスコ・デ・ケヴェード区に行けと言って、さんざん言い争いしたあげく、乗り賃を十五パーセント上乗せする形で納得させるか、木造舟ウッディに相乗りする。


 木造舟ウッディというのは、ドラム缶入りの豆腐の搾りかすや軟体動物の塩辛を満載した木造エア・シップで、なぜ運輸局の車検がこれを通したのか、いくら頭部の有機体CPU(アタマ)をひねっても分からない。


 木造舟ウッディの相乗りはタダだが、途中で舟が割り箸でも割るみたいに真っ二つになりかけることがよくある。

 すると、船頭がビニール紐を引っぱって、離れないようにする。

 そして、また操縦に戻るのだが、そのあいだも舟は割り箸みたいに裂けようとし続ける。


 木造舟ウッディに乗るたびに、次は自分の車で行こうとするが、桟橋についてしまえば、なに大したことはない。

 タダで乗せてくれるんだから、このくらいの危険はあるだろうが、危険は男をかっこよくする。


 それにもし自分の(ベイビー)を使って、ヤツデに呑み込まれたら?


 それこそ大損だし、死ぬより辛い。


―――C・飯・T―――



 空中桟橋に綱をもやった木造舟ウッディの群れが舳先アタマケツをぶつけ合っていて、まるでオカマが乳繰り合ってるようだった。


 労働者たちが塩辛の壺を積載して、トタン板の倉庫と舟を往復していた。

 うわぐすりをかけた壺は中身の塩辛よりも高価そうだし、労働者たちよりも高価だろう。


 トミタ・アーケード街の看板が頭上にあるが、柱は風化して消えていて、この看板を空中に固定しているのはヤツデだ。


 正確に言うと、ヤツデを乾燥させて圧縮機に放り込んで作ったヤツデブロック。

 ここではこれが家をつくり、看板をつくり、なんならエンジンなんかも作る。


 ヤツデの軋みをききながら、はやく来過ぎた時間をパチンコ店で潰す。リールがまわる。三十年前の名前の分からないエロアニメとコラボしたパチンコがきらきらびかびか、スクリーンからあらわれた美少女がエッチなポーズをする。

 八十代の入れ墨が寄れたヤクザが海苔をつまみにカップ酒を飲んでいて、マンボウみたいなツラをした工業用ボットが大当たり。

 だが、誰もうらやましそうな顔をしない。玉ひとつ0.001クレジット。十万発あてて、やっとキャンディが買える。


 腹が減って、ハイエナに当たり直前の台をくれてやり、向かいのコンビニに入った。


 音程が気持ち悪く外れた来店チャイムが鳴るが、カウンターにいる苦学生ボットは本から目を離さなかった。


 売っているのはクソ雑魚エネルギー銃、そのエネルギー銃を防げない防弾チョッキ。あとはラベルの色褪せたガラス瓶入り洗剤――中身は凝固した人間の血液みたいになっている。


 カウンターのおでん鍋は空っぽ。肉まん保温箱も空っぽ、食用電池のコンセント棚も空っぽ。


「なんか食い物、売ってないのか?」

「お米なら売ってます」


 おれはそれをおにぎりと解釈し、賞味期限からの多少の経過は勘弁してやろうと思ったが、苦学生ボットがカウンターに置いたのは、数年前に食糧局が放出したバイオ備蓄米三キロ。


「炊飯器ある?」

「あれば、まだここに住もうとする気が起こるんですが」

「なんだ、その本?」

「害虫学会の会報です」

「このヤツデを食いつくせる、有望なニューフェイスは?」

「無理ですね。一番いいバグでも食害速度がヤツデの成長スピードの三分の一です。でも、僕はヤツデと五分で戦える害虫をつくりますよ。それでこの土地を出ていくんです」


 ヤツデがなくても、ここは住みたいと思える区じゃないということだ。


―――C・飯・T―――


 釣り餌用のミュータント胚をつくっている町工場の横に瓦屋根の日本家屋がある。


 タナとスコの盆栽店。


「タナ? いるか?」


 タナはおれの知っている戦闘用ボットのなかで西オーストラリア戦役に参加しながら、人型のまま帰ってきた唯一のボットだ。他の連中は戦車かティラノサウルスになっていた。そいつらは生き残るためとか、人間という存在に絶望したからとか、いろいろ言っていたが、実際は高額の特別手当とセックスボットを優先的に利用できるからなのは秘密だ。


「いないなら勝手に上がるからな」


 敷地にはセンゴクダイミョウの名を冠した盆栽が並べてあって、目に見えない電磁シールドが庭をヤツデから守っていた。


 勝手知ったるなんとかで冷蔵庫を開けてビールを取り出そうとしたが、冷蔵庫にキーがかかっていた。

 ハッキングできる電子キーではなく、いかつい鉄製の錠だ。

 この手の錠には持ち主の絶対にくれてやらんという気概を感じる。


 あと、ビールのあるところと言えば、仏壇だ。

 タナは別にブッダを信じているわけではないが、戦友を弔う祭壇のようなものが欲しくて、たまたま売っていたから買ったのが、このこじんまりとした仏壇だった。


 金箔も塗られていないし、自動開閉装置もついていないし、眉唾ものの幽霊センサーもついていない、ただの漆仕上げの箱。


 叩くと音が鳴る銅のお椀を叩き、その音が長く響いているあいだに、ブッダ信者がするみたいに手を合わせた。


 タナは生きて帰れたら、二体ふたりで盆栽店をやろうと約束していた。

 だが、スコは地対空ミサイルを食らって、バラバラに吹っ飛び、残ったのは愛用の復刻版アンティーク・リヴォルヴァーだけだった。

 そんなわけで大きな銃が仏壇に転がっていて、そこにノースキャッスルがひと缶、捧げられていた。


「ランディラじゃないのかよ?」


 缶に触れて、温度をはかったが、二十九度。


「やっぱりぬるいなぁ」


 戦闘ボットに魂があると主張する輩がセントラル・ステーションの出入口に陣取って、聖書を配っているが、それは魂ではなくて、削除を忘れたデータだと思う。


 ただ、ビールが生ぬるく、お供えされているのは心が痛む。

 そこでスムージーなんかを入れる大きなプラスチックのコップに製氷機の氷を目いっぱい入れ、ノースキャッスルを突っ込んだ。


「何をしている?」

「ビールを冷やしてるんだよ。なんで冷やしてないんだ?」

「生ぬるいのが常態のビールがあるとスコが言っていた」

「そりゃスタウトの話だろ? ノースキャッスルはスタウトじゃない。ところで、おれも喉が渇いている」

「持ってこよう」


 タナは戦争には生きる方法を教える力があると言ったことがある。

 生きる方法というのはビールが来ると思われる場面で、冷え冷えのホワイトラムをペットボトル入りの緑茶で割ったものを持ってくるという思考プロセスのことだ。

 ヤツデの蒸し暑いジャングルではビール以上にありがたい。


 つまり、生き方とは他者に思わぬ喜び、棚からぼたもちをもたらすことだ。


 残念ながら、そこに行くまでに大半は戦死してしまう。


 人も、ボットも。


 風鈴のなる居間で庭の盆栽を見ながら、ホワイト・ラムの冷茶割を飲む。


 ラムの甘味と冷茶の甘味が喧嘩せず、スピリッツの意地は喉の検知デバイスを刺激することなく、さわやかな飲み口として、エネルギー導管へ落ちていく。


「レイプの味がする。この飲みやすさで十八度か」

「センサーをメンテナンスに出せ。十八・一五度だ」

「小数点一位なんて切り捨てちまえよ」

「これが一番の濃度なんだ。それに戦場で司令官に切り捨てられて以来、何かを切り捨てることは一切しないと決めている」

「でも、盆栽ってのはいらん枝、切っちまうだろ?」

「わたしは切らない」

「それじゃ、店は流行らない」

「いいんだ。どのみち、軍用ボット年金で暮らしている」

「おかわり」

「自分でつくれ」


 製氷機の内側にへばりついた氷を扉からぶら下がったマイナスドライバーでコップのなかに削り落とし、バカルディのホワイトを度数十五前後を考えながら注ぎ、ペットボトル入り緑茶を注ぎ、マドラーで混ぜる。


「おっ。まろやか」


 戻ると、タナが畳の上で大の字になって寝ていた。

 身長一九〇センチを超える図体は部屋の四隅へ手足を目いっぱい伸ばしていて、目を開けたまま、吊り下げライトを眺めている。


「戦場に戻る気になれないな」

「召集令状が来たのか」

「いや、来ていない」


 おれはグラスを手に取った。


「まあ、飲めよ」

「そこに置いておいてくれ」

「氷が溶けるぞ」

「かまわない」

「おれはおかわり」

「自分でつくれ」


 今度はラムをかなり増やした。

 他人の将来について、いい加減なことを言っても、屁でもなくなるくらい強く。

 その結果、恐ろしくキレがよくなった。

 だんだん飲む酒から飲まされる酒になってきた。


 タナは起き上がって、あぐらをかいていて、手にスコの形見の銃。


「戦場には戻る気になれない」

「生きる方法は学びつくしたわけだ」


 おれはグラスを傾けて、氷を鳴らした。


「なんだ、その、生きる方法とは?」

「お前が言ったんだぞ? 戦争は生きる方法を教えてくれるって」

「たぶん、戦地から帰ったばかりで自分では洒落ていると思って、馬鹿げたことを言ったのだろう。実際、そういう帰還者は多い」

「いい言葉だと思うけどな。おかわりはいるか?」

「ああ、頼もう」


 台所でポケットをまさぐると、何かの取引の残りか何からしいカプセルが見つかった。

 小さな識別コードを読み取ると、ビンゴ。中身は冷凍睡眠用の安静ナノマシンだ。タナの冷茶割りにカプセルの中身を全部開けた。


 おれが戻ると、タナは撃鉄を上げたまま、スコの銃を曲芸師みたいにくるくるまわしている。

 少しでも引き金に指を触れたら、ズドン。弾はタナに当たるかもしれないし、おれに当たるかもしれないし、ミュータント胚をつくってる工場に飛び込んで、割っちゃいけない培養槽を割るかもしれない。


「まあ、飲めよ」


 タナは暴発寸前の銃を自分の頭に突きつけてた。

 発射すれば再生不可能な絶妙な位置に。


「戦争に戻る気にはなれない」

「じゃあ、賞金稼ぎでもやればいい。戦争より安全で、何よりカネになる」

「他には?」

「蕎麦屋のジェット出前とか」

「違う。賞金稼ぎの長所だ」

「長所? あと、は、そうだなあ。盆栽屋と二足の草鞋を履ける」

「他には?」

「ライセンスは取るのが簡単。ジェット・カブの免許取るより軽い」

「他には?」

「他に? このくらいのもんだ」

「凶悪犯を捕まえて、ヒトから感謝されるとか」

「それ、長所って言っていいのか?」

「セト。お前と話していると好奇心を刺激されるよ」

「おれ、五年前にドアの隙間から召喚状を放り込まれたとき、罪状にただ『好奇心』って書いてあったことがあったんだよ。いまだに無視してるから、どっかの法廷じゃ裁判官と陪審員がまだ、おれのこと待ってるんじゃないかな」

「召喚状に乾杯」

乾杯スランチ


 タナは〇・二三秒でぶっ倒れた。

 その手からスコの銃をそっと取り上げて、撃鉄を指でしっかり押さえてから天井へ向けて引き金を引き、ゆっくりと撃鉄をセーフティな位置に降ろした。

 銃身を折ってから抜いた弾は庭にまき、仏壇のオークでつくった台座に銃をきちんと戻す。


 第五次人間=ボット進歩宣言でヒューマノイドが感情を持つことを許されたとき、人間は与えた感情のなかにトラウマの原型をコードにして埋め込み、機体に負荷がかかり過ぎたら発動するようにした。


 人間のなかにヒューマノイドには()()()()()()()()()があるとマジで考えたやつがいたのだ。


 戦地から戻ってきたとき、タナは強制投与された実験用ドラッグと無機性PTSDのせいで有機CPU がゆでだこになるくらいに過熱し、狂ったケダモノみたいになっていて、暴れさせないためには軍用の拘束モジュールを三重にかけないといけなかった。


 一か月にモジュールをひとつずつ外して、三か月後には街にリリースしてもいいと、復員局がスタンプをおしたが、まだトラウマが完全に抜けたわけではない。


 リノからそれをきいて、様子を見に来た。


 押し入れから布団やら座布団やらを適当にタナの上に乗せたら、タナの家に置いてあった黒電話でリノの番号にかけた。


「どうだった?」

「戦争に戻りたくないってさ」

「そう」

「なんだよ?」

「いや、危なかったなって」

「だから、何が?」

「キミが行くのが、あと少し遅れたら、タナは戦地に戻ってた」

「でも、戦争はもうこりごりだって言ってたぜ」

「ボクも兵士だから分かるんだ。タナの感覚スクリーン(ココロ)のがらんどうが」

「なんだよ、そりゃ? 職業差別かよ? ああ、そうさ。お前ら兵士は何でも分かってら。んで、おれはちんけな〈素材屋マテリアロ〉だから、クソしたくなっても便所がどこにあるかも知らなくて、親指しゃぶりながら、もう一方の親指をケツの穴に突っ込んで、栓するしかないバカ野郎で――」

「男のヒステリーはみっともないよ」

「ヒステリー? だってよ、喉がかわいたつったら、ビールを飛び越えて、緑茶で割ったラムを出すヒューマノイドがよ、こんなんなっちまってるなんてさ、いろいろ間違ってるだろ?」

「まあ、とにかくさ、今日はセトはいいことした。ルウに自慢していいよ」

「三キロ痩せるまでは会いたくねえってんだ、ルウがさ」


―――C・飯・T―――


 三か月後、マシューZ街区の赤線地帯にうまい八宝菜を食わせてくれる店があるときき、路地裏を歩いていたら、ホールドアップを食らった。


 ポケットには八宝菜の代金である五百三十クレジットしかない。


 ――が、わたすこともないんじゃないかって気もする。


 相手はちびの人間で顔のつくりなんかは人を脅すのに不向きだった。


 厚すぎる唇で隠しきれない反っ歯。


 まともな歯科医、いや、まともじゃない歯科医モドキだって簡単に矯正できるのに、それをやらないあたり、こだわりなのかもしれないなと思いつつ、左手は上げたまま、右手でポケットのなかの小銭を差し出したところで、タナがあらわれて、強盗の頭にきついフックを見舞った。


 人工皮膚をかぶせていない鋼材剥き出しの拳は強盗の左のこめかみを見事にとらえ、強盗は右方向に吹っ飛び、壁にぶつかり、跳ね返る。


 その先に待っていたのはタナの右エルボーだった。


「この一か月、ずっとこいつを探していた」

「こいつにカネでも貸してたの?」

「マシューZの切り裂き魔(リッパー)だよ」

「マジ?」

「顔を変えているが、間違いない」


 そう言って、タナはリッパーだという強盗の冴えないナップザックをむしり取り、中身をひとつずつ、真四角のゴミタンクの天板に並べた。


 ロープ。カミソリ。レンチ。電気メス。ガラスの小瓶。ワセリン入りの容器。手術用の薄い手袋。


「おいおい、マジかよ。こいつの狙うのって外見設定年齢十六歳以下の娼婦ボットじゃないのか?」

「ああ」

「おれ、十六歳でもないし、娼婦でもないんだが」

「たまにゲテモノが食べたくなる日もあるのだろう」


 タナは変態野郎を後ろ手に手錠をかけた。


「こいつ、どうするんだ?」

「警察に持って行ってカネにするつもりだ」

「タナ、お前、賞金稼ぎしてるのか?」


 そう言うと、タナはおれのことをメモリー不足の端末かタッチパネルでも見るような目でおれを見てきた。


「お前が言ったんだ。賞金稼ぎでもどうだと」

「覚えてないなあ。んなこと言ったか?」

「ああ」

「まったく覚えてない」

「そうか。なかなか、いいアドバイスだと思ったんだがな」

「それより、タナ、この馬鹿を突き出した後、行くとこあるか?」

「家に帰るだけだ」

「じゃあ、八宝菜食いに行こうぜ。変態野郎の毒牙から、おれのプリティなケツを守ってくれた礼におごるよ」

「ああ、馳走になろう」


―――C・飯・T―――


 まあ、これ、大丈夫だろ。

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