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ヴィーガン判定アウトの歩くモロヘイヤ

 緑化ボットのヒナが空を舞い、300×500×500mのジェファーソン空域で育成スプレーをまいている。

 狙いは錆びたフェンスに絡みつく枯れた蔓草の再生。


 何が入っているのか知らないが、さっき浴びせたばかりなのに、もう芽が吹いて葉が広がっている。

 そのヤバい成長剤はジェファーソン空域の空中街路を歩いている人間やボットの頭、もしくは頭と言えないこともない部分パーツにもふりまかれている。


 頭から芽が生えて、根が脳みそに食い込み、植物に操られるのは極めて前時代的なSF映画の杞憂であるとはいうのがヴール・ロドフ市公園局の公式な声明だが、おれはそれを信じる気にはなれない。


「でも、本当に害はないのです。わたしは毎朝、スムージーにして飲んでいます」

「あんたは特別発注モノの浄化ユニットが組み込まれてるから大丈夫なんだよ。カトやコモは口開けっ放しにして歩いたら、後ですげえ(カートリッジ)を下したって」

「そうですか。とても体にいいのですが。残念です」


 ヒナの機体コンセプトはずばり緑の天使。

 性悪人間どもが枯らしたこの星を復活させる自己犠牲の天使だ。

 翼は羽根でできていない。枝とコカの葉そっくりの葉肉でグロく見えないようデザインの魔法で仕上げてつくったボタニカル・ウィングだ。


 市当局はヒナを緑化アイドルにして、市民の支持を手軽く得ようとしているのだが、きっとあの成長剤がろくでもないもんだから、保険をかけているんだろう。


「それで、頼みましたものは手に入りましたでしょうか?」


 おれはヒナにブツを渡そうとするわけだが、ヒナは魚龍街の上へ上へと積み上がった看板集合体から飛び出た鉄骨の上に腰かけている。

 そこが巣なのだ。実際、登記もそうなっているとか。


 ヒナはその〈巣〉から飯店、寿司バー、ラーメン屋、宅配サービス一切無しの気取ったピザ屋を積み上げるだけ積み上げた陳腐なタワーを等しく見下ろせる。売上と高度には比例関係があるという馬鹿げたコンサルが流行った都市計画の末路だ。

 よく見るとコンクリ構造の市民プールもあり、近所のガキどもがメチャクチャな飛び込みをしている。


 この立地は飛行機能抜群の緑の天使ならリスクゼロだが、二世代前のPSーInbにはリスクのゼリーのなかをさまよっているも同然だ。


 行きたくないが、しかし、ヒナの腰かけた鉄骨のまわりで細い蔓が生まれては枯れていくのを繰り返しているのを見ると、街中に連れて言ったら、ザワークラフト・ピザからゴボウが生えるのを見させられるかもしれない。


 まあ、どうってことはない。

 男には黙って、全世界の人間とボットが負うべきリスクをひとりで背負うときが来る。

 それ背負ったところで誰にも称賛されないが、それがなんだ?

 足を滑らせたところで、ここから五百メートル下を飛んでる低所得者向け住宅ボルボックスにぶつかって、粉々になるだけじゃないか。


 おれは途中、風にあおられて、本気で「あ、落ちたな」と思うこと、八度、なんとかヒナの隣に来て、今回の素材ブツを入れた、口紅くらいの大きさの、艶消し加工済み金属円筒を手渡せた。


 中身は種だ。その昔、コーヒー・モノカルチャー国家を五つも潰した害草の種だ。

 三百年くらい前に「殺せ!」を「Matar!」と叫ぶ連中が絶滅させた植物だが、それがいま、ヒナのほっそりとした指から手のひらへを転がり落ちた。


「一応言っとくけど、現在のコーヒーでそれに負ける品種はないぞ」


 ヒナはふふと笑うのだが、さすが市の公園局が将来の責任逃れのためにつくったボットだけあって、その笑顔にちょっとグラッときた。

 いや、ほんとにグラッとしたら、落ちて死ぬん(再起不能)だけど。


「供養をしてあげたくて」

「種の? こう言っちゃなんだけど、そいつ、土に埋めればすぐ生えるよ?」

「でも、多くの人たちに憎まれました」

「まあ、カネ払うのはそっちだから気にしないけど」

「報酬と一緒に受け取ってほしいものがあります」

「誰かの汚職の証拠とか?」

「キャンディです。ほら」


 そう言って、ヒナは肩下げカバンから、緑色の光沢紙に包まれた丸っこいキャンディを取り出して、手のひらにのせた。


「ささやかですが、わたしの気持ちです」



―――C・飯・T―――



 ぶちゅ。ぶちゅぶちゅ、ぶちゅちゅちゅちゅちゅ。


 パウチを握ると、白くて小さなプラスチックの出口からゼリー化したサラダが皿の上に流れ落ちていく。


 ぶちゅちゅちゅちゅちゅ、ちゅちゅ。ぶちゅ。ぶちゅ。


 その昔、考えなしの阿呆どもが「食い物なんて腹に入れば一緒だ」とヘラヘラ吹聴した結果行きついたのが、この音だ。


 李緑(リー・アンド・)樹公(グリーンウッド)(・カンパニー)はこのジュリアス・シーザーズ・サラダ・ゼリーはゼリーであるにも関わらず、食感はシャキシャキお野菜そのものの革新的サラダであるとほざいている。


 だが、巷ではルビコンを渡るつもりで食えと言われている代物だ。


 もちろん、こんなものは選挙で吐かれる嘘と比べれば、かわいいもんだが――。


「ねえ、セト。サラダ、まだ?」


 ――ベッドで寝転んでいる恋人(ルウ)が震えながら、これにぞっこんになっている場合、それはかわいいでは済まされない。



―――C・飯・T―――



 ルウはパウチから直接すすり出したいといったが、おれとしてはプライドの問題からそれを却下した。


 見た目はエロくていいが、サラダ・ゼリー相手にそこまで落ちるつもりはない。


「うーっ、サラダ! サラダがほしい! 我慢できない!」


 ルウが薬物撲滅パンフレットのイラストみたいになってる原因は、お気づきだろう。

 あのボタニカル・キャンディだ。


 あれはやっぱりヤバいブツだった。


 ルウにはいくらメンテナンスしても消えない欠点がいくつかあるが、道に落ちているものを拾って食べるのもそのひとつだ。


「だって、床の上なら三秒ルールが適用されると思ってー!」


 おれの上着のポケットから落ちたキャンディを三秒ルールで拾い上げて食った。


 ルウにはいくらメンテナンスしても消えない欠点がいくつかあるが、キャンディをなめずに速攻でバリボリ噛み砕いて食べるのもそのひとつだ。


 ちなみにキャンディの包み紙を広げたら、思いっきり『極秘試作品』と書いてあった。


「なんで止めてくれなかったのよ!」


 おっと、理不尽。

 だが、心配ご無用。

 女ってのは、こういうとき絶対に言うんだよ――なんで止めてくれなかったのよ!


「こんなんじゃ全然足りない。セト。いまから、野菜食べに行こ」

「どこに?」

「全自動モロヘイヤ工場」

「なに?」


 ルウの差し出した端末には遺伝子組み換えで足が生えたモロヘイヤたちが自分で肥料添加シャワーを浴びに行進する動画が流れていた。


「これ、食べて大丈夫か?」

「このくらい遺伝子組み換えないとコクが出ない。いまのあたしはブロントサウルスだって、ここまでは食べないってくらい食べ――」

「アパトサウルス」

「は?」

「アパトサウルスだ。ブロントサウルスってのはいない。本当はアパトサウルスで――」

「もー、そんなんどうだっていいから! 食べに行こ!」

「おれはやだな」

「今度、口でイカせてあげるから」

「うそだ。そう言って、あとで口でやらせてくれって言ったら、ぶん殴ったじゃねえか」

「じゃあ、いま、ぶん殴るよ!」

「だって、そんなの……ああッ、ちきしょう……だから、ジャンキーは嫌なんだよ」


―――C・飯・T―――



 おれはセックスした次の日の朝は思考スクリーンを真っ白にして、B級映画専門チャンネルを見るのが好きだ。

 昔は流せたけど、いまは遺伝子改造的弱者への配慮から流せなくなったドラマの再放送や、払い下げのパイロット版、字幕がなきゃ分からないのに字幕がない外国製のカー・レースもの。


 そういうデータに我が身をのんべんだらりと浸す。

 ボット一流の休日だ。


 それが何の間違いか、おれは歩くモロヘイヤ工場にいる。


 モロヘイヤには種のころから足が生えている。


 植物ホルモンの分泌に必要な光量を自分で浴びに行き、夜モードになったら、自分でケージに入って、呼吸をする。


 作物が自分で歩くことによって、ベルトコンベアやロボット・アーム、オペレーション・システムなんかがなくなって、その分、コストカット。

 弊社としては将来的には歩くキャベツや歩くスイカ、歩く高麗人参を作りたいと思っております。


 そのとき、ひとりの、着るものに化学繊維も動物性繊維も一切使っていない女が何か叫び出した。


 ポケットから妨害因子グレネードを取り出して爆発させると、過激ヴィーガンのアジ動画がおれのスクリーンに無理やりねじ込まれた。


 おかげで三十分間、『歩く野菜を守れ!』のバーチャル横断幕がおれの感覚を離してくれなかった。


 女は警備員に引きずられて、おれたちは三十分間、休憩になった。


 ガイド・ボットは弊社の商品を無料でお試ししていただきたい、と言って、おれたちを金庫みたいな部屋に連れて行った。

 壁の片方一面には目いっぱいの映像シールが貼ってあって、クラマンゾ海峡の日の出と日没を繰り返し放映している。


 床ギリギリにはカートゥーンのネズミ穴みたいなものがふたつ開いていて、ガイドがずっと小脇に抱えていた端末を指で撫でると、穴からモロヘイヤたちが二列縦隊で行進してきた。


 さらにもう一度撫でると、部屋のちょうど真ん中の床がぐぐっとゴムでできてるみたいに盛り上がり、硬化してスムージー用のミキサーがあらわれた。

 ミキサーには小さな階段がふたつついていて、モロヘイヤたちはこの階段を上って、ミキサーにダイヴするらしい。


「なあ、ルウ」

「なに?」

「いまって『1984年』か?」

「違うでしょ」

「でもでも、こりゃ、どう見たって『1984年』だぜ」

「知らないってば。うー、モロヘイヤ食べたい」


 ガイド・ボットはこのモロヘイヤのディストピアに見学客たちがビビるのを見るのが楽しいらしい。

 企業イメージは二の次の技術重視の会社(テクニコ)がいくつもあるが、どれも小さなディストピアをこさえていて、それがいつ、社会の中枢に流れ込んで、本物を味わうハメになるかなんて考えもしない。


 とはいえ、素材屋マテリアロというのは、社会が若干ディストピアに寄ったほうが儲かるので、線引きが難しいところだ。


「ちょっと、あなた!」

「ん?」

「あなたのお連れさま、どうにかしてください!」

「どうにかって――ゲッ」


 ルウがミキサーの前に座り込んで、歩くモロヘイヤを片っ端からつかんで、踊り食いにしていた。


―――C・飯・T―――


 いうまでもないが、出禁だ。


 さらにこのことは歩く植物業界に知れ渡って、歩くパイナップル工場や歩く「春の七草」工場からも出禁のメールが飛んできた。


 だが、それはもういい。


 ナノマシン・クリニックを三軒ハシゴして、ルウはキャンディの中身はきれいに洗い流した。


「うー、肉が食べたい!」

「道に落ちてるキャンディ食べたか?」

「食べてない。でも、野菜ばっか食べた反動でステーキとかハンバーガーとかしゃぶしゃぶが食べたい」

「そんな状態で食ったら、太るぞ」

「あ、ホットドック! セト、車止めて!」

「おれは知らないからな」


―――C・飯・T―――


 三キロ太ったって。


「なんで止めてくれなかったのよ!」


 おっと、理不尽。

 だが、心配ご無用。

 女ってのは、こういうとき絶対に言うんだよ――なんで止めてくれなかったのよ!

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